■ 自民大勝は当然の結果 ■
衆議院選挙は自民党が大勝しました。これは自民党に対する国民の信頼の現れでは無く、日本の選挙制度をテクニカルに運用した結果と言えます。
1) 組織票の盤石な自民党や公明党は低投票率で議席が伸びる
2) 1位得票者しか当選できない小選挙区制では組織票の影響が強い
3) 消費税増税延期という各党が支持せざるを得ない政策を国民に問う
4) 選挙の争点が不明確なので国民の関心が薄い
5) 野党が時期衆議院選挙に向けて再編などして国民の期待が高まる前に選挙を実施
安倍首相と自民党の「作戦勝ち」と言えばそれまでですが、本来2大政党制に適合した小選挙区制において対立政党が存在しないとどうなるかが如実に現れた選挙とも言えます。
■ 国民の半分が選挙に行かない国 ■
今回の選挙で反省すべきは、自民党の戦略に自ら乗ってしまった国民ではないでしょうか?投票率の推定は52.36%で戦後最低。
国民の半分が選挙に行かない国が民主主義国家と言えるかどうか疑問です。
■ 選挙に熱心なのは「満足した人々=既得権者」 ■
アメリカの制度派経済学者のジョン・ケネス・ガルブレイスはかつてその著書の中で次の様に書いています。(うる覚えです)
1) 「満足した人達」はそれを手放したくは無い
2) 「満足した人達」は既得権を守る為に政治や選挙に熱心になる
3) 「満足しない人達」は生活が苦しく政治に目を向ける余裕が無い
4) 「満足しない人達」は政治にも選挙にも関心が無くなる
5) 結果的に政治は「満足した人達」の意見を反映する様になる
6) 「満足した人達」はますます豊になり、「満足しない人達」はますます貧しくなる。
多分、1970年代に出版された本(題名は忘れました)に書かれた内要ですが、民主主義の本質を鋭く突いています。
民主主義の国民の意識が高いとされるアメリカにおいても貧困層は政治に興味は有りませんし、一方、議会は既得権者を代表するロビイストに支配されています。
■ 既得権者としての老人と、弱者としての若者 ■
日本において「満足している人達」の代表は比較的年齢層の高い人達です。特に、医療制度や年金制度という既得権の恩恵を最大限に受ける老人達はそれを手放したくはありません。ですから彼らは足しげく選挙に通います。(彼らの若かった時代に政治に関心があった事も影響していますが)
一方、貧しい若者は政治には無関心です。「選挙に行っても生活が豊かになる訳では無い」という短絡的な思い込みが彼らを政治から遠ざけています。
結局人間は「現在手にしている権利」に固執する生物なのでしょう。
■ 将来的不利益を理解出来ない若者 ■
老人達が守ろうとしている権利は現在の権利です。一方、それを支える為に増える負担は未来において増大し若者達の生活を圧迫します。
人間は「現在の利益」に敏感で、「将来の損失」に対して鈍感です。(投資行動はそれに支えられている)
選挙に行かない若者は、みすみす「将来の損失」を自分に課している事に気づきません。さらに、選挙権を持たない世代の若者達は、自分達の将来的な権利を守る手段すら持っていません。
■ 官僚政治によってそこそこの公平性が保たれていた社会主義国家日本 ■
安保闘争の時代は別にして、日本では国民レベルで政治的対立の小さな国です。
アメリカ人は共和党支持者と民主党支持者が酒の席で討論を始めたら、下手をすれば最後は喧嘩になります。ところが、日本ではその様な事は有りません。
日本は単一民族の国ですし、貧富の差や身分の差も従来目立ちませんでした。高度成長期からしばらくは「国民総中流」などと言われていました。
永らく続いた自民党政権は所得再配分に介入する事で利権を確立しましたが、優秀な閣僚達が全体のバランスを取る事で、社会の公平性をある程度保っていました。言うなれば戦後日本は世界で一番成功した社会主義国家であると同時に、発展途上国同様の利益誘導型の土建国家であったのです。
この様なシステムにおいて、利益は都市から吸い上げられ、地方に分配されます。この場合、地方が既得権者となるので、地方の住人は選挙に積極的に参加し、都市部の人達は選挙に無関心になります。
■ 民主主義の暴走は「ネジレ」が止める ■
この様に議会制民主主義は多くの欠陥を持ち、必ずしも民意を反映させるのに最適なシステムとは言えません。
「ネット時代だから直接民主主義も可能だ」との意見も良く目にしますが、そもそも有権者は自分に不利な政策には賛成しません。例えば増税には絶対賛成しません。ですから直接民主主義が機能するのは、選択の結果の影響を等しく共有する小集団のみとなります。村の中での事ならば村人の総意で決めたら、その結果を村人が等しく受ける事になります。しかし、集団が大きくなると、影響の偏在によって直接民主主義は機能しなくなります。
多くの国で議会制民主主義が採用されている理由は、無知で身勝手な国民よりも、政党や政治家の方が大局を見た選択が出来ると考えられているからです。
しかし、議会制民主主義を採用し、そのルールを厳格に運用していたドイツでもナチ党による独裁が生まれましたし、日本においても大政翼賛会が生まれました。これらは国民が望んだ選挙の結果とも言えますが、一方で国民はメディアの煽動に乗せられ易く極端な選択をし易いという根本的欠点を持っています。
民主主義において2院性が採用されているのは、移り気で、熱狂し易い国民の間違った選択に対するブレーキの意味合いが大きいと思われます。
上院と下院、衆議院と参議院の議員の選出方法や任期、選挙の実施日が異なるのは、世論の偏りの影響は排除する目的なあるのでしょう。
日本は永らく「衆参のネジレ国家」によって「決められない政治」が続いていました。これは一見、日本の変化を抑制してしまう様に思われがちですが、アメリカの要求をやんわりと退ける事に貢献していました。
この様に民意が極端に偏ると「独裁」を生み出す民主主義の制度的欠点を、2院性や「ねじれ」によって抑止する機能が議会制民主主義には備わっています。
しかし、それが上手く機能しない状況が生まれた時、例えば衆参両院で1党が単独過半数を占めた時に、民主主義はブレーキを失い、独裁に変わります。
■ 自公で2/3以上の議席を獲得した意味 ■
今回の選挙の結果、自公は衆議院で2/3以上の議席を獲得しました。これにより、仮に参議院で否決された議案でも、衆議院で再議決する事が可能になります。
要は、自民党と公明党が支持をすれば、ほとんどの法案が可決出来る状況になったのです。この事は既に日本において議会が機能していない事を意味します。
今後、安倍政権は様々な重要法案を国会に提出し、それがほとんど可決されるでしょう。
その内要は「第三の矢」に分類される規制改革や構造改革の法案になるのではないでしょうか。
■ 既得権者が既得権を失うかも知れません ■
一部の熱狂的安倍ファンを除き、今回も自民党を支持したのは地方の既得権者や老人達でしょう。彼らは既得権を失わない為に自民党に投票しました。
しかし、今後安部政権の推進する構造改革や規制緩和は、これらの既得権を制限する方向に動くはずです。
例えば年金制度が改正されて年金が減額されたり、TPPによって農家がグローバル競争に曝されたりするはずです。
今回の選挙は日本の選挙制度の問題点を上手に利用して、既得権者に既得権を放棄させるという見事な戦略が隠されていたのかも知れません。