■ 親は子供の成長を通して自分の成長を追体験する ■
娘が大学生になってアパート暮らしになったので、家の中でオタクトークをする相手が居なくなりました。すると、不思議な事で、アニメを見ても面白く無い・・・。結局、アニメは親子のコミュニケーションツールだったのだなと思うと同時に、親というのは子供の成長と共に、自分の成長を追体験するのだと、しんみりと実感しています。
思えば、日曜日朝の戦隊物が面白いと家内が観だした事をきっかけに、『メガレンジャー』や『仮面ライダー・クーガ』『ウルトラマン・ティガ』『おじゃ魔女ドレミ』などを子供達とワイワイと楽しんだ時から随分と時間が経ちました。
かつてはゴールデンウィークには映画館に『クレヨンしんちゃん』を観に行くのが家族の楽しみでしたが、今では新宿武蔵野館の映画を娘と観に行く様になりました。まさに私の大学生時代はミニシアターブームで、タルコフスキーやゴダールお映画を訳も分からず観ていました。
そんなこんなで、購入する漫画も、大人向きに少しずつ変化しています。本日は最近読んだ漫画の中から大人向きの作品を何冊か紹介します。
『ゴロンドリーナ』 えすとえむ

闘牛士同士のホモセクシャルを描いた『愚か者は赤を嫌う』という作品に何度手を伸ばしたか分かりませんが、やはりホモセクシャル物は敷居が高い。
『ゴロンドリーナ』はレズビアンの少女が彼女に振られた事で自暴自棄になった所を、かつて闘牛士のスターを育てた男に拾われ、闘牛の世界に魅せられて行くというお話。少女は振られたショックで命など惜しく無いと思っています。だから牛の前に立っても怯む事はありません。闘牛場で華々しく死んで、別れた彼女に見せつけるという歪んだ願望が彼女を闘牛の世界に駆り立てます。
私達日本人には馴染の薄い闘牛の世界を克明に描いて興味深い作品ですが、とにかく鋭敏に切り込む表現が素晴らしい。作品自体がカッターナイフを振り回すかの様な痛々しさと、激しさを持って読者の心に切り付けてきます。動きを描くのが苦手の様ですが、それを逆手に取ったモンタージュの連続による表現に魅力を感じます。ある意味、ヨーロッパ映画の様な作品です。
今、一番インパクトのある作品です。
作者のえすとえむはBL物の多い作者の様ですが、オーダーメイドの靴職人の世界を淡々と描く『IPPO』という作品を現在ヤングジャンプで連載中です。一足の靴にまつわる人間模様を丹念に描く作品で、こちらも読みごたえがあります。こちらもオススメ!!
『IPPO』 えすとえむ

『鉄楽レトラ』 佐原ミズ

相場ちゃんが主演したドラマ『マイガール』の原作者、佐原ミズが描く異色のフラメンコ作品。実はストーリーテーリングがあまり上手く無く、話の進行が良く分からない作品なのですが、表紙の素晴らしさに騙されて毎刊買わされてしまいます。
学校に馴染めない不器用な男子高校生が、ふとした切っ掛けで手に入れた女性用のフラメンコの靴に導かれる様に、フラメンコ教室の門を叩きます。老齢のダンサーの手ほどきで、少しずつフラメンコに興味を示しますが、クラスメイトのこれ又不器用な男子二人も何故だかフラメンコに興味を持ち・・・そんなイケていない高校生の日常がダラダラと続く作品。オススメかと言えば・・・NO。
しかし、『ゴロンドリーナ』が闘牛の知られざる世界を見せてくれる様に、こちらはフラメンコの知られざる世界を垣間見せてくれる興味深い作品です。
実は、ウエットでカビが生えそうなナイーブな表現が私的に苦手な作家です。もっと少年らしくイキイキと描写されていれば大変魅力的な作品になたのでしょうが・・・。素材としてはスペシャルに面白いので・・・残念。
『ユレカ』 黒沢要

こちらは酔っぱらって近所のダイエーの本屋で買ってしまった一冊。表紙からしてBL物の匂いを感じますが、『鉄楽レトラ』同様に、非常に鋭く切れ込みのある描線に我慢出来なくで買ってしまいました。70点位の作品ですが・・・でも面白いです。
吸血鬼を父親に持つ青年と、500年を生きる吸血鬼の交流の物語。アン・ライスの1979年の小説『夜明けのバンパイア』以降、吸血鬼物はモダンファンタジーに磨きが掛っています。ブラム・トーカーの『ドラキュラ』から始まる吸血鬼作品ですが、もともと気品とエロティシズムに溢れたジャンルでした。「吸血」という行為は「SEX」のメタファーですがで、「吸血によって仲間を増やす」という行為は「生殖」を意味します。
しかし、「SEX]や「生殖」を「吸血」という行為に置き換える事で、吸血鬼というジャンルはエロティックでありながらも高貴で清廉な雰囲気を手に入れる事に成功します。
これがBL的な匂いを発し始めたのは前出の『夜明けのバンパイア』からでしょうか。レスタトという魅力的なキャラクターを排出した事で、このジャンルに新たな地平を築きました。
『ユレカ』は死を望むが故に吸血鬼となった男と、吸血鬼を父に持つが故に迫害されて来た青年の交流と救済の物語です。BLジャンルを私達男性から遠ざけている「男同士のSEX」シーンが「吸血」に置き換わる事で、男性読者も嫌悪感が少ないのでは無いかと思います。
この作品自体がどうのこうのと言うよりも、BLというジャンルに腐女子が萌えるのは何故か・・・という興味に答える作品と楽しめました。
実はBL作品はオノナツメの『クマとインテリ』など、現代の最高水準の表現が沢山隠れているジャンルですが・・・このジャンルから前出のえすとえむなど優れた作家が一般作品で能力を発揮し出した事は非常に喜ばしい事です。
『うせものの宿』 穂積

『式の日』があまりに素晴らしかった穂積の新連載。
省略の美学としての短編・・・『式の前日』 人力でGO 2013.04.20
前作のゴッホとその弟の関係を描いた前作『さよならソルシエ』がいささか尻すぼみだったのは、この作者の長編の構成力が足りないからかなと・・・・。ただ、もともと短編の名手だけに、1話完結の連作として描かれる『うせものの宿』は、この作者の魅力が全開です。
人知れぬ宿に導かれ、或いは迷い込む宿泊客は、この世に未練を残して死んだ人々。彼らの未練は極些細な事ですが、それ故に「うせ物」は見つけ難く、彼ら自身、自分の未練が何であるのかに気づかずに居ます。
そんなこの世とあの世の境にある宿の主は、少女の姿をした「おかみさん」。彼女も又未練を残して死んだ存在かと思われますが・・・・。
穂積の作品の魅力は「思わせぶり」な所。セリフの表面的な流れと、絵の流れに少しずつズレが有ります。それが積み重なって、心に引っ掛かりを残す作風とも言えます。誰でも読みやすい作品なので、『式の日』とセットで是非!!
『水域』 漆原友紀

年末にブックオフに要らない漫画を売ったら1000円分のクーポンを貰いいました。それで買える作品を探していて見つけた上下巻。
『蟲師』の漆原友紀の作品です。
部活の練習中に熱中症で倒れた少女。彼女は気づけば川のほとりに居ます。そして一人の少年に出会う。彼と父の住む村は、彼ら以外の住人の姿は無く、何故かいつも雨が降っています。
気付くと少女は病院のベットの上に居ます。彼女の見た光景を家族に話すと・・・家族の表情が変わります。彼女が夢で見た村は、かつて家族が住んでいた村。今はダムの底に沈んでいます。そして少年は死んだはずの母親の兄。そして父親は行方不明になっています。
雨不足でダムに沈んだ村が現れる事をきっかけに起こる様々な不思議な出来事が、家族の止まった時計を再び動かし始めます。
漆原友紀の作品は幻想的な物が多いおですが、こちらは現実とのブレンド具合が程よく、誰か実写映画にしてくれないかなと思える作品です。淡々と心のひだに沁み込んで来る作品です。少し前に刊行されたので、古本屋などで見つけたら是非手に取ってみて下さい。
『春風のスネグラチカ』 沙村宏明

異色のチャンバラアクション『無限の住人』で文化省メディア芸術祭の優秀賞を獲得した沙村宏明が、ロシアのロマノフ王朝のその後を描いて再び優秀賞を獲得した昨年度の作品。
革命によって死刑にされたロマノフ家に生き残りが居た・・・いわゆる「もう一つの歴史」に分類される作品ですが、ソビエト発足当時のソ連の政治的混乱と収容所や監視生活を緻密に描きながら、社会の激変の中に生きる人々の力強い姿をミステリアスに描く傑作。
沙村宏明特融のグロテスクな性描写も、物語の展開に深みを与えているという点において、彼の諸作の中でも「成功」した作品であると言えます。
もともと「知的な作家」ではありますが、それが嫌味では無く、エンタテーメントとして成立している点が素晴らしい作品です。大人の「漫画読書」に耐えうる一冊として必読です。
本日は、最近買った漫画の中から「大人の鑑賞」に耐える作品をまとめて紹介しました。本当はここに『マギ』を入れても良かったのですが・・・。