「お客を急いで入れるな」
一喝が厨房から飛ぶ。
「今食べてるお客様が大事だろう」
頑固そうな親父が外の女将さんを叱っている。
これは、クアトロの話では無い。
柏の増尾にある蕎麦屋での話だ。
正確に云うと、増尾に移る前の藤心の店でのことだ。
脱サラで始めた蕎麦屋だがすこぶる旨い蕎麦を食べさせる。辺鄙な場所で始めた夫婦で営む蕎麦屋だが口コミで客が増え昼時はごったがえす。
並んでいるお客さんに申し訳ないので女将さんは空いた席を急いでかたづけるが、親父はそれが気に入らない。今食べているお客さんへの心配りがおろそかになってはいけないというのだ。
今いるお客様にゆっくりと蕎麦を楽しんで貰って帰せ。それから次のお客様を迎えろ。それがこの蕎麦屋のモットーである。
お客様が帰る時は、忙しい時でも女将さんを店の外まで挨拶に出させる。
「女将さん、忙しいんですからお見送りはいいですよ」クアトロの父も、そう云った記憶がある。
クアトロの父は、この蕎麦屋の蕎麦が好きだ。腰のある緑色の吟醸の蕎麦は絶品だと思っている。この頑固親父も気に入っている。
しかし、クアトロもどこまでこの蕎麦屋を見習ったらよいものか、難しいところである。
※写真は、この蕎麦屋のものではありません。