アーケード・5
《家具屋のみーちゃん》
いいことがあったんだ!
花屋のあやめは確信した。
白虎フェスタで痛めた腰は、中学校の水野教頭からもらったドテカボチャのおかげでひどくなり、心ならずも薮井医院のけんにいにブットイ注射を打たれるハメになってしまった。
で、腰を労わるために始業式は早めに出た。しかし、けんにいの治療は効果的だったようで、学校には早く着いてしまった。
でも、自分より早く上野家具店のみーちゃんが登校していて、下足室入り口のところでピョンピョン撥ねていた。
「あ、おはよう、あーちゃん!」
振り返ったみーちゃんの瞳がきれいなブルーに輝いていた。
みなみのお父さんはアメリカ人で瞳の色はグリーン。ハーフのみなみは、普段は薄い鳶色の目をしているが、嬉しいことがあるとグリーンに、おもいっきり嬉しい時にはブルーに変わる。
先日、鎧屋の甲の具足駆けお祝いの時はグリーンだったから、今日のブルーは最上級の喜びなんだ。
「見て見てあーちゃん! 今年はみんな同じクラスだよ!」
みなみに引っ張られて、下足室のガラス戸に貼られた新学級表を見る。
「う、うそー!?」
商店街の7人の幼なじみは、幼稚園の時を例外にして(幼稚園は同年齢一クラス)全員が同じクラスになるということは無かった。
それが、相賀高校の新二年生になって初めて同じクラスになったのだ。嬉しくないわけがない。
でも、はしゃぎまわるのは下足室の前だけ。教室に入ってからは7人とも普通にしている。お客様あっての商店街なので、こういうところでは控える習慣が身に着いている。
ただ、みなみの瞳の色は隠しようもなく、控えめに幸せのシグナルを発し続けている。
「じゃ、学級通信第一号を配ります」
初めて担任になった三林桃代先生は、必要な話をし必要なものを配り終えると最後に学級通信を列ごとにまとめて置いた。最前列の者が後ろへとリレーしていく。
「エ、なに? この卵月号って?」
肉屋の遼太郎が素っ頓狂な声を上げて笑われる。
「たまごづきじゃありません、うづきってよみます」
桃代先生が、ちょっと傷ついた声で注意する。
「卯月って旧暦の四月の呼び名だわよ」
喫茶ロンドンの芽衣が注釈する。
「旧暦? ああ、オカンの旧姓みたいなもんだな」
「オカンを出さなくってもいい」
甲がたしなめて、遼太郎の頭を張り倒し、ゲラの文香が机をたたきながら笑い転げ、西慶寺の花子が「南無阿弥陀仏」と手を合わせる。
こういうところは実に連携の良い幼なじみ達である。
みなみは家に帰ってから、カボチャの煮つけを作った。
「どうだろ、お父さん?」
みなみは、父のジョージに味見をしてもらった。
「う~ん……ちょうどいいかな?」
「う~~~~」
「みーちゃん、牛になったか?」
「熱々でちょうどいいってことは、冷めたら濃すぎるってことじゃない」
「ハハ、許容範囲だよ。お祖母ちゃんの味付けはこんなだったよ、ねえ、母さん?」
「うん、どれどれ……」
ちょうど伝票整理の終わった母が味見に加わる。
「ほんとだ、お祖母ちゃんの味だわ!」
そう言われて、みなみはちょっと嬉しくなる。みなみはお婆ちゃんが大好きだ。
「じや、あーちゃんとこ持ってっていいかな!?」
「うん、いいお返しになるよ」
みなみは丼鉢に煮つけを入れて、フラワーショップ花を目指した。わずか30メートルほどだが、煮つけの良い匂いに買い物客の人たちが振り返る。みなみは、ちょっと得意になる。
「ありがとう、いい匂いね!」
店番をしていた桔梗が鼻をひくひくさせる。
「あ、ちょうどうちも出来たところだから」
奥から出てきたあやめがみなみをキッチンに招じ入れ、揚げたてのカボチャの天ぷらのお裾分けをする。
このカボチャは、一昨日あやめが中学校の水野教頭からもらってきた相賀カボチャである。
水野教頭は苦手だけど、相賀カボチャは人気のようだ。
商店街が、またホッコリとした。