アーケード・11
《バッジの穴》
「ノワーーーー!!」
まるでアニメのような声を上げてしまった。
学校から帰ると、団体のお客さんが帰った後で、店のテーブルには片付けなければならない食器が一杯だった。
で、芽衣はカバンを置いただけの制服姿で手際よく片付けにかかった。
そして最後のテーブルを片付けたところで、半分残っていたオレンジジュースのグラスをひっくり返してしまった。
「あらあ~……!」
お祖母ちゃんが飛んできて、お手拭きで叩くように拭いてくれたが後の祭りだった。上着は紺だから目立たないけどベトベトが取れない。スカートはチェックの明るい色のところが明らかなシミになってしまった。
「クリーニングに出しても明日には間に合わないね……」
もう半月あとなら合い服期間なので夏服を着ることができるが、まだ今の時期は冬服だ。
「担任の先生に言って、異装許可もらわなきゃならないかなあ」
お祖父ちゃん、そう言ったが、芽衣は「う、う……」唸るような声しか上げられなかった。
「そうだ、結衣さんのが残っているかもしれない」
お祖母ちゃんが手を叩いて、クローゼットの奥をひっくり返してくれた。
で、今朝は亡くなった母の制服を着て登校することになった。
「メイちゃん、どうかした?」
あまりに服を気にしているので、アーケードを出たところで花屋のあやめに聞かれてしまった。
「じつはね……」
昨日のことを説明すると、みんなが驚いた。
「メイちゃんのお母さん大事に着てたのね!?」
みなみが驚き、他のメンバーも感心したように頷いた。西慶寺の花子などは手を合わせて「南無阿弥陀仏」と唱えていた。
「この時代って、ウールの混紡だから生地がいいのよ」
履物屋の文香がガラに似合わず女らしいことを言うと、女の子たちが集まって「ドレドレ……」ということになってしまった。
「ほんとだ、手触りが違う!」
「今のよりもフワッとしてる!」
芽衣はモルモットになってしまった。
「メイ、パンツ見えてるぞ」
「え、え、もう、みんなあ~!」
遼太郎に言われてアワアワしてしまう芽衣。
「ハハ、りょうちゃんのハッタリだよ」
甲が言うと、遼太郎は女の子たちにボコボコにされてしまった。
芽衣自身は、母のお古という以外に、ほとんど自分の制服のように違和感が無かったが、1つだけ気になった。
ブレザーの襟のバッジを付ける穴が一つ多いのだ。
――校章と学年章……もう一つはなんだろう?――
「虫食いかもな」
遼太郎が余計なことを言うので、ふたたびアワアワしながら校門を潜ってしまった。
「あら、懐かしい制服着てるわねえ!」
廊下で家庭科の杉本先生が声を掛けてきた。
「え、分かるんですか!?」
朝からのことがあるので、芽衣は泣きそうな顔になってしまった。
「生地が違うし、ダーツの取り方なんかが微妙に違うのよ」
さすが家庭科である。と思っていたら、生徒会顧問の佐伯先生までやってきた。
「……そうか、これ小池が着てた制服なのか」
母の名前を旧姓で言うと、ちょうど目の前の生徒会室に入り、取り巻きの先生が5人に増えたところで戻って来た。
「ほら、これ見てみろ」
差し出された写真は、昔の生徒会執行部の写真で、端の方に芽衣にそっくりな17歳の母が写っていた。
「……あ、そうなのか!」
バッジの穴が一つ多い理由が分かった。
母の襟もとには、学年章の下に生徒会役員を示すバッジが光っていた。
そうして紆余曲折の1週間があって、芽衣は母と同じ生徒会の書記に立候補することになってしまった。