通学道中膝栗毛・22
ビラまきを終えると、お店に戻ってリボンさんからレクチャー。
「時間まで実地教育ね。お迎えとお見送り、ポジションはレジ横。カレンさんがやるようにやってればいいから」
ピュアは他店に比べると床面積が広く、レジカウンターの横に余裕で並べた。
「わたしがやるようにやればいいけど、時々正面の鏡みて自分でチェックしてね。ポイントはね……あ、おかえりなさいませご主人様~行ってらっさやいませ~お嬢様~」
カレンさんもたいしたもので、わたしたちにレクチャーしながらも、きちんと仕事をこなしている。
カレンさんにワンテンポ遅れながらもお迎えとお見送りはなんとかやれそう。
「でも、笑顔が硬いよ」
ビラまきではガチガチだった夏鈴が冷やかす。夏鈴は学校とかお店とか、一定のテリトリーが決まっているところでは平気なのだ。ま、いっしゅの内弁慶。
フロアーはリボンさんを入れて四人で回している。満席近くになると、ちょっと大変みたいだけど、さすがにメイドに徹した人たちばかりなので、焦ったりすることはない。実に手際よく、まるでお花畑を飛び回る妖精さんのように明るく無駄なく動いている。
まだフロアーの事はレクチャーされていないので、お客さんから声をかけられるのではとヒヤヒヤしたけど、あいにくというか幸いというか、突然テーブルに呼ばれるようなことは無かった。
「じゃ、今度はフロアーの子たちに付いてみて。ニコニコ笑顔で立ってりゃいいから」
リボンさんのアバウトな指示にも戸惑わなくなった、リボンさんはお客さんに対してはツインテールの妹系で、わたしが見ても可愛いんだけど、わたしたちには少々ツッケンドンで口数が少ない。
レジ横で見ていたので、だいたいの動きは分かった。
レジのカレンさんが「お席は、あちらになりま~す」と言うと、スタンバっているヒナさん、レモンさん、ココアさんうちの一人が、ごく自然にオーダーをとりに行く。わたしと鈴夏は、どちらかがくっ付いて行って、いかにも見習いという感じで控えている。
オーダーの取り方やお辞儀の仕方なんかは見て覚えられるんだけど、以下のことがやりにくい。
「呼び方のオーダーはいかがいたしましょう? ちなみに『ご主人様』の他に『旦那様』『~くん』『~ちゃん』『お兄ちゃん』『お兄様』など各種ございま~す♪」
「それでは、ご注文の品が美味しくなるお呪いをしたいとおもいま~す🎵 おいしくな~れ おいしくな~れ ラブ注入🎶」
「お兄ちゃんてばバースディなんだ! それじゃ、バースデイソング歌わせていただきま~す♡」
ほかにも何種類かあるんだけど、これは、ちょっと無理っぽい。
「そういうのはヘッドドレス替わってからでいいから」
「え、ヘッドドレス?」
リボンさんは黙って鏡の中の自分とわたしの頭を指した。
「あ、あーーー」
かたちはいっしょなんだけど、リボンさんのそれには淡いピンクのハートが付いている、わたしたちのも付いているんだけど、輪郭だけしかない。
「輪郭だけのは見習い」
なるほど、このハートマークでスタッフもお客さんも区別をつけていたんだ。どうりで難しい仕事が回ってこないわけだ。
「来週からはやってもらうから、これ読んで覚えてきて」
A4のプリントとDVDを渡される。パッケージには『ピュア スタッフマニュアル2018』とプリントされていた。
「きょうは、ここまで。まかない出るから食べてって」
控室で着替え終わると、リボンさんがトレーに載ったオムライスを持ってきた。
「おー、これ頂けるんですか!?」
「うん、はんぶん研修だけど。はい、ケチャップ持って」
「え?」
「ケチャップで文字書くのは必須だから」
なるほど、これはやってみなければコツとかは分からない。
「で、なにを書けば?」
「小山内はひまり、足立はひめの、名前のお尻にハートを書く。やってみ」
……やってみると、案外むつかしい。オムライスの上をケチャップまみれにして初日が終わった!