アーケード・23・芽衣編
《中略》
対立候補がいないので、ほとんど信任投票だった。
でも、信任投票であっても、自分なりの考えと学校への想いを知ってもらって投票してもらおうと思っていた。
だから一週間かけて、あーでもないこーでもないと推敲に推敲を重ねて演説原稿を考えて書き上げた。
でも、本番ではぶっ飛んで、真っ白になった頭で思いついた言葉を喋ってしまった。
原稿では、江戸時代の藩校から続いている相賀高校のすばらしさを語り、伝統を今の時代に合わせて発展させようということになっていた「古き良きお酒を新し器に!」がキャッチフレーズだった。
でも全部とんでしまった。「古き良きお酒」か「良き古きお酒」だったかで混乱。生徒会選挙に「お酒」というフレーズが相応しいだろうか? などとウジウジしていたら、勝負服の違和感と相まって、なにも出てこなくなってしまった。
気づいたら選挙管理委員長の『制限時間いっぱい』というカンペに驚いて、唐突に終わってしまった。
当選の知らせを聞いたのは保健室のベッドの上。
「めいちゃん、圧倒的多数の票で信任当選だったわよ」
はなちゃんが耳元で囁いてくれた。
「ほんと……?」
そう言ったきり再び意識が無くなった。
「では、めいちゃんの生徒会書記当選を祝して、かんぱーい!」
2日寝込んで危うく流れそうだったけど、あたしの当選を祝してくれて、うちのお店でお祝いのパーティーになった。なにか祝い事があると、みんなで集まって飲み食いするのが商店街の慣わしだ。つい先月、こうちゃんが具足駆けをやってお祝いをやったところだけど、こういうももは何べんやってもいいもんだ。今日は商店街の幼なじみのほかにもアーケーズの三好さん畑中さん大久保さん高階さんも来てくれている。
「まず、めいちゃん。当選の弁からお願いします!」
こうちゃんが張りきって言う。こういうお祝いの席は、前回お祝いしてもらった者が司会を務めることになっている。
「やだあ、本人の言葉は一番最後にやるもんじゃないよ!」
「今日は途中で抜ける人もいるから、最初にやってよ」
「仕方ないなあ……えと、応援どうもありがとうございました。本番はぶっ飛んで、原稿に書いていないことばかり喋りました。正直なところ体育祭の馬合戦復活は唐突過ぎて賛成してもらえないかなと心配でしたが、意外にたくさんの人にご賛同いただいたようで、ほんとうに嬉しいです!」
「あ、あれは唐突だったぜ」
りょうちゃんが実も蓋もないことを言う。
「そうじゃないわよ」
「だって」
「りょうちゃんは黙ってて」
「みんなの心にしみたのはね、馬合戦の前説で言ってたことよ」
「「「「「「「「「「そうそう」」」」」」」」」」」
みんなの声が揃った。
「え…………?」
「あたしらの相賀高校ってか相賀の街って、新旧の住人に、ちょっと溝があるって話」
ふーちゃんがしみじみと言った。
「あたしらのバレー部がパッとしないのは、そういうとこにも問題ありなんだと思い知らされた」
「わたしバレー部のことなんか言った?」
「直接じゃないけど、運動部の試合にも影を落としていることがあるって。凡ミスの原因の一つなんじゃないかって、バレー部でも話題になった」
「うん、めいちゃんの話って、半分以上は新旧の生徒の意識のずれのことだった」
「それが一々的確でさ。めいちゃんが、あんなに詳しく気が付いていたのは意外だったってか、尊敬したわよ」
「わたし全然覚えてないわよ」
「ハハハ、そうかもね。めいちゃんの記憶の中じゃ中略になってるもんな」
わたしは、この小説の前号を読み直してみた。確かに、わたしの演説は、その部分で『中略』になっていた。
※ アーケード(白虎通り商店街の幼なじみたち) アーケードの西側からの順 こざねを除いて同い年
岩見 甲(こうちゃん) 鎧屋の息子 甲冑師岩見甲太郎の息子
岩見 こざね(こざねちゃん) 鎧屋の娘 甲の妹
沓脱 文香(ふーちゃん) 近江屋履物店の娘
室井 遼太郎(りょうちゃん) 室井精肉店の息子
百地 芽衣(めいちゃん) 喫茶ロンドンの孫娘
上野 みなみ(みーちゃん) 上野家具店の娘
咲花 あやめ(あーちゃん) フラワーショップ花の娘
藤谷 花子(はなちゃん) 西慶寺の娘
三好さん、畑中さん、大久保さん、高階さん 商店街じゃないけどアーケーズの仲間