通学道中膝栗毛・28
芋清のおいちゃんが招じ入れてくれた横穴はモニターやらパソコンやらで一杯だった。
「昔は防空壕だったんだ、半分は芋の保管庫で、半分はわしの趣味の部屋なんだよ。こっちは簡易の防音になってるから少しは話ができる」
「あ、ありがとうございます」
かくまってもらった親切と、商売している時とのギャップに言葉が改まってしまう。
「追いかけてきた連中、訛のあるドイツ語だったね」
「ドイツ語ったんですか?」
「ああ、あれはフランスとの国境に近いノインシュタイン公国……先日国王が御逝去された」
「……」
なぜか夏鈴が目を伏せる。
「近所の様子を見てくるよ、いいといううまで出ちゃダメだよ」
「わたしのスマホに連絡してください」
「そうしようか、じゃ、番号を交換しよう」
おいちゃんは、意外なほど器用に自分のスマホを操作すると、地上へ上がっていった。
「焼き芋の続き食べようか……」
とりあえずの危機が去ると、猛然とお腹が空いてきた。夏鈴は焼き芋を手にしたまま俯いている。これは無理には聞きださない方がいいと思った。
夏鈴が口を開いたのは、わたしが三つ目の焼き芋に手を伸ばした時だ。
「KARIN……これが夏鈴の正しい書き方」
スマホに字を打って、ポツリと言った。
「ケーエーアールアイエヌ?」
「カーアーエルイーエヌ……ドイツ語じゃ、こう発音する、KARIN」
とてもうまい発音にビックリした。
「ちゃんと発音できるのは、名前の他は、ほんのカタコト」
「夏鈴……?」
「カリン・ノインシュタインというのがフルネーム」
「それって……?」
「ノインシュタイン公国国王の孫だと言ったら……びっくりするよね」
「……声も出ないよ」
「お母さんがヨーロッパに居たころ、仲良くなった男の子が、たまたま王子様だった」
「え、えと……お父さん?」
「うん……わたしが生まれてしばらくして亡くなってね……まあ、公式に認知された子じゃなかったから、お母さんは、そのまま日本に帰って、名前も漢字で夏鈴と当ててさ、ノインシュタインとは縁が切れていた。二重国籍だけど十八になったら日本の国籍だけにする予定だったんだ。王位はお父さんの従兄弟が継ぐことになっていたんだけどね……お祖父ちゃん、亡くなった国王がね、カリンを世継ぎにすると遺言して亡くなったの」
「それでお迎え……」
「二日前までは普通の高校生だったのにね……で、栞に相談しようと七時に待っていたら、あの人たちが来てしまって」
「わ、わたし余計なことした?」
「う、ううん。あのまま流されるのはやだったし」
「そ、そっか」
その時スマホが鳴った。
――スマホじゃ様子を伝えきれないから、パソコンのエンターキーを押してくれないか――
「はい、すぐに」
エンターキーを押すと、商店街の方から見た駅前の様子が映った。
――そこのコントローラーで操作できるから、商店街の監視カメラと連動してるんだ――
どうやらおいちゃんは、映像を観て、判断は自分で知ろという意味らしい。
三人の黒服の人たちが悲壮な顔であたりを探っているが、ほとんど途方に暮れている。駅前交番からお巡りさんが出てきて事情を聴きだす。正直には答えられないんだろう、身振りは大きいんだけど要領を得ない。お巡りさんが肩の無線機に話しかける。手に負えないので応援を頼んでいるんだろう。三人は必死で「大ごとにはしないでくれ」というようなことを言っている。
三人の一人の女の人が顔を覆って泣き出したように見える……そうとうテンパっている様子だ。
「や、やっぱり行くよ……」
「夏鈴……」
「きっと連絡するから……、じゃ、行くね!」
「待って!」
呼び止めたけど、言ううべき言葉が浮かばない……わたしは焼き芋の袋を差し出した。
「栞は、ずっと、ずっと友だちだからね!」
そう言うと、天井の蓋を開けて店の外へと飛び出していった。
やがて、モニターに夏鈴の姿が映り、女の人が駆け寄ってかき抱くようにして画面から消えた。コントローラーでアングルを変えたけど、ちょうど迎えに来た車に乗って行くところで、車はすぐに発進してアングルの外に行ってしまった。