アーケード・20・あやめ編
《え 赤いカーネーション?》
※ 順番が跳んだので、19回のあとに来る分です。
「え、赤いカーネーション?」
思わず聞き返してしまった。
お客さんが、どんな花を買おうと、けして聞き返したりはしない。花屋の仁義だ。
でも、めいちゃんは商店街の幼なじみなんで、思わず口に出てしまった。
めいちゃんのお母さんは、めいちゃんを生んですぐに亡くなっている。
だから、めいちゃんが母の日に買っていくのは決まって白いカーネーションだ。
めいちゃんにはこだわりがある。めいちゃんちは喫茶ロンドン。で、あたしは、お店に飾る花を週一回デリバリーしている。
だから母の日のカーネーションだってデリバリーの注文の中に入れておけばいいんだけど、めいちゃんは、母の日の朝に自分で買いに来る。
「ああやって、結衣ちゃん(亡くなったお母さん)との絆を大切にしてるのよ」
お母さんはしみじみと言う。あたしも、そのしみじみで納得していた。
それが、今日は「赤いカーネーションお願い」だったので、反射的に聞き返してしまった。
「あ……えと、お客さんに頼まれたの。う、うちのは当然白だから、白もお願いね」
「あ、そか。どうも、毎度ありがとうございます」
普段の接客モードに戻って、赤と白のカーネーションをめいちゃんに渡した。
ほんとうなら、これで済んでいた。
「あーちゃん、配達お願い、これね」
お昼ご飯にしようと思ったら、お母さんに頼まれた。お父さんはお姉ちゃんを連れて結婚式場の配達にいっているので、あたししかない。
「うん、分かった」
冷凍庫から取り出したばかりの大盛りナポリタンを戻して、伝票と白いカーネーションの花束を受け取った。
お母さんの手前、営業用の笑顔で受け取ったけど、原チャのハンドルを握るあたしは仏頂面だ。
なんせ配達先は清龍墓苑、つまり相賀市の墓地。でもって配達依頼人は相賀第一中学の水野教頭。入学式の飾り花で意地悪されたし、お礼に持たされた相賀カボチャでは、その重さのために行き倒れになって薮井医院でお尻にブットイ注射をされるはめになった。
「ああ、こっちこっち」
水野先生は、ハンカチで禿げあがった頭を拭きながら、三列向こうのお墓から手を上げた。
「毎度ありがとうございます。ご注文のカーネーションです」
さすがに営業用のスマイルでお花と代金の受け渡し。水野先生は、そのままお墓に活けて手を合わせたので、行きがかり上、あたしも手を合わす。
「そのまま、二列向こうのお墓を見てごらん」
先生が、小さな声で呟いた。
「え…………あ?」
二列向こうには、めいちゃんが赤いカーネーションを活けて手を合わせているのが見えた。
「百地くん、なにかあるんだよ。自然な形で声かけてあげてくれないか」
水野先生は在学中から苦手だったけど、ときどき、こういう鋭いところがある。
「やあ、めいちゃん」
声を掛けるところまでは自然にできたが、次の言葉を掛けようとして――グーーー――と盛大にお腹が鳴った。
で、大笑いになって、めいちゃんの喫茶ロンドンで、冷凍ものではない特製ナポリタンをゴチになった。
「そんなにタバスコかけちゃ口から火が出るよ」
あたしは辛好きなので、こうなっちゃう。
「辛い方がテンション上がるのよ」
そう言うと、ハハハと笑いながら、めいちゃんは、いきなり話の核心を吐き出した。
「あたし、お母さんは生きていると思うようにしたの。ううん、生きていることに気づいたの」
めいちゃんは、おだやかにパスタをフォークに絡めていった……。
※ アーケード(白虎通り商店街の幼なじみたち) アーケードの西側からの順 こざねを除いて同い年
岩見 甲(こうちゃん) 鎧屋の息子 甲冑師岩見甲太郎の息子
岩見 こざね(こざねちゃん) 鎧屋の娘 甲の妹
沓脱 文香(ふーちゃん) 近江屋履物店の娘
室井 遼太郎(りょうちゃん) 室井精肉店の息子
百地 芽衣(めいちゃん) 喫茶ロンドンの孫娘
上野 みなみ(みーちゃん) 上野家具店の娘
咲花 あやめ(あーちゃん) フラワーショップ花の娘
藤谷 花子(はなちゃん) 西慶寺の娘