アーケード・13・芽衣編
《え……なに?》
「佐伯が連絡してきたよ」
どこの佐伯さんだと思った。
「ほら、生徒会顧問の佐伯先生だよ」
こうちゃんがトイレから出てきて、おせんべいに手を出しながら言った。
「ちょっと、手洗わなきゃ!」
「あ、掃除してただけだから」
「そう言う問題じゃ……え、佐伯先生が写ってたの?」
「そうだよ、佐伯先生は、うちの卒業生」
「で、僕や結衣ちゃんとも同期。いっしょに生徒会やってたんだよ。甲、ちゃんと手洗ってきなさい」
「はいはい」
こうちゃんは、食べかけのおせんべいを咥えて洗面に戻った。
「メイちゃん、あの写真見て気が付かなかったのかい?」
「お母さんのことは、すぐに分かりました。なんだか、あたしそっくりなんで、ビックリして……」
「その右隣が佐伯なんだよ」
「えー、そうだったんですか!?」
「ハハハ、影の薄い生徒だったからな。で、左隣は誰だと思う?」
「え……えと、男の子だってことしか」
「それは残念……」
おじさんは、バリッとおせんべいを噛み砕いた。
「あれ、うちの親父だよ」
洗面から戻ってきて、こうちゃんが答えた。
「えー、おじさんが!?」
「そうだよ、真面目な文化部長さ。あ、そうだ……」
おじさんは、リビングの棚をゴソゴソしはじめた。
「え、その棚って、そんな仕掛けになってるんですか?」
棚の3段目がズリっと動くと、奥に引き出しが現れた。
「あ、この棚の仕掛けはナイショだからね。特にうちのカミさんには……あった、これだ」
おじさんが取りだしたもの。その一番上には佐伯先生が見せてくれたのと同じ写真が額に入っていた。
「……ほんとだ、おじさんも佐伯先生も面影がありますね」
おじさんはニヤニヤしている。気づくと、あたしの後ろで、こうちゃんもニヤニヤしていた。
「フフフ……もう一人いるんだけど、気づかないか、メイちゃん?」
「えー、もう一人って……」
「真ん中の……坊主頭」
「え……?」
30秒ほど見つめて、ビビッときた!
「こ、これって、お父さん!?」
「ピンポーン!!」
「いや、いや、アハハハハ!」
なぜかおじさんが照れ笑いしだした。
「これさ、芽衣のお母さん口説いてさ、ムクツケキ男子生徒たちが計画的に集団立候補したんだって!」
「そう、だから女子は結衣ちゃん一人だけなんだ」
「そ、そうなんだ」
あたしは自分のことのようにドキドキしてきた。
「もう昔の話だけど、みんな結衣ちゃんを狙っていたんだ。一番熱心だったのは佐伯だ」
「え、佐伯先生が!?」
「みんなで立候補しようって言いだしたのも佐伯だったしね」
「ど、どうしよう……」
「どうしたんだ、芽衣?」
「佐伯先生の授業、まともに受けられないよ」
「あ、それはあるな。芽衣、お母さんとよく似てるからな」
「ハハハ、もう昔の話さ。割り切ってなきゃ、佐伯も写真見せたりしないさ」
「そ、そうですね。やだ、あたしったら自意識過剰だ」
「いちばん醒めてたのが泰介、メイちゃんのお父さんだったけど、けっきょく泰介が射止めちゃうんだからな。世の中分からんなあ」
「そうだったんだ……」
それから、おじさんたちとお母さんの青春時代の話になって、立会演説の原稿の話はできなかった。
家までのアーケードをこうちゃんが送ってくれた。
「実は、親父も芽衣のお母さん狙ってたんだぞ」
「え、うそ!?」
「けっきょく振られたんだけどな。それでよかったんだよな」
「え、あ、うん」
おじさんの気持ちを思うと、ひどくあいまいな返事になってしまった。
「分かってんのか芽衣? もし、親父とお母さんがくっついていたら、オレも芽衣も存在しないことになっちゃうんだぞ」
「え、あ、そそそ、そだね!」
世の中って、きわどい偶然の上に成り立っているのだと思った。
「そうだ、これ」
「え……なに?」
こうちゃんは封筒を差し出した。
「え、え、え、これって……」
「バカ、なに赤くなってるんだよ。これ、芽衣のお母さんが立会演説で喋った元原稿、コピーだけどな。記念に親父もらったんだって。貸してやるから参考にしなよ」
「あ、ありがとう」
あたしは、20何年前のお母さんに助けられることになった……。
※ アーケード(白虎通り商店街の幼なじみたち) アーケードの西側からの順 こざねを除いて同い年
岩見 甲(こうちゃん) 鎧屋の息子 甲冑師岩見甲太郎の息子
岩見 こざね(こざねちゃん) 鎧屋の娘 甲の妹
沓脱 文香(ふーちゃん) 近江屋履物店の娘
室井 遼太郎(りょうちゃん) 室井精肉店の息子
百地 芽衣(めいちゃん) 喫茶ロンドンの孫娘
上野 みなみ(みーちゃん) 上野家具店の娘
咲花 あやめ(あーちゃん) フラワーショップ花の娘
藤谷 花子(はなちゃん) 西慶寺の娘