アーケード・6
《肉屋のりょうちゃんは『ドヘンタイ!』》
室井精肉店は、原道を挟んで喫茶ロンドンの向かいにある。
商店街では古参の部類で、西慶寺、鎧屋の次で喫茶ロンドンとほぼ同じ明治の中頃にから存在する。
四代目店主の室井清十郎は、看板を載せている唐破風と同じくらい風格のある人物で相賀郷土史会の副会長を務めている。
当然歴史への造詣が深く、生まれた息子たちには重々しい名前を付けた。
長男は潮五郎という。作家で史家の海音寺潮五郎からとっている。
潮五郎は父に似て思慮深い胆力の人物で、少年のころから「潮五郎さん」と名前で呼ばれていた。大学を出てからは五代目の風格で精肉店の切り盛りをし、郷土史会では若手のホープである。
歳の離れた次男が遼太郎。名前は司馬遼太郎からきている。
次男は「遼太郎さん」とは呼ばれない。商店街の他の子たち同様に「りょうちゃん」と愛称で呼ばれる。
にぎやかで軽々しく、ムードメーカーではあるが、調子に乗りやすく、イタズラやワルサがあると真っ先に疑われる。で、その疑いは80%の確率で当たっている。
去年はゴムボールに靴ひもを付け、休み時間の教室で投げることを流行らせた。投げている分には問題は無いのだが、口上が問題だった。
「精子発射!」
そう叫んで女子に当たると「お、~子妊娠!」と叫んで喜んでいた。
大抵の女子は「ドヘンタイ!」と非難しボールを力いっぱい投げ返す。この力いっぱいには容赦がなく、直撃を受けた男子にはアザが出来た。
少々セクハラじみて乱暴な感じはするが、明々としていて、相賀の村々で行われる豊作祈願の神事を思わせた。
相賀の豊作神事は稲わらで大きな男女の性器のシンボルを吊るし、男のそれを鐘木のように振りかぶって女のシンボルに潜らせる。
100キロ近くある男のシンボルは一本の縄で吊るされているだけで、振りかぶってもフラフラとして容易には女のシンボルを潜らない。これを囃し立てながら村々で競い合う。
相賀の人間には、この神事が刷り込まれているので、遼太郎のいたずらを、とことん非難する者はいなかった。
だが、東京から転居して相賀高校に入って来た女子に当たって問題になった。
その子は、ひどいセクハラのイジメと感じて親と担任に訴えた。果てはネットで流れてマスコミにも取り上げられ、相賀高校は凹まされてしまった。
遼太郎にはイケナイコトという実感が無く、この事件の後も、往々にしてやりすぎてしまう。
商店街の幼馴染み組が一まとめに同じクラスになったのは「りょうちゃんの暴走を封じるため?」なのではと、喫茶ロンドンの芽衣などは思っている。
「あ、りょうちゃん、また……」
芽衣は、店の飾り窓越しに不審な遼太郎を発見した。
朝の商店街は白虎駅への通勤通学路になる。商店街の子たちはたいてい地元の相賀高校なので、この通学時間には起きだして、朝食を取ったり店の準備を手伝ったりしている。
芽衣はモーニングサービスの時間なので、店を手伝っている。で、前の道をウロウロしている遼太郎を発見してしまうのだ。
遼太郎はスマホを弄る真似をした。数秒後、遼太郎の前を国府女学院の制服姿が通り過ぎる。国府女学院は、駅3つ向こうの女子高だ。
「りょうちゃん、分かりやすすぎ……そんなに見つめちゃバレバレだよ」
芽衣はテーブルを拭きながらため息をついた。
「あの国府女学院は東京の子だよ……」
祖父の泰三が呟いた。
「そうだよね……」
芽衣は思い出した、二三度親子連れで店に来たことがある、たぶん越してきたばかりのころと……あの時の様子や話し方は東京のそれであった。
「りょうちゃんは東京の女の子には理解されないよ」
去年のボール事件を思い出して溜息をつく芽衣であった……。