アーケード・24・花子編
《ちょっぴり変》
花子というのは、ちょっぴり変な名前よね。
太郎とペアになっていて、書類なんかの書式に山田太郎・山田花子などと並んでいたりする。
他に平成花子とか昭和花子、市役所じゃ相賀花子というのが書類の書き方見本の名前になっている。犬のポチ、猫のタマなどと同じで平凡の代表みたいなもの。
だけど、じっさいに花子という名前はめったにいない。
わたしが花子という名前に「あれ?」っと思ったのは幼稚園の時。
入園式のときに園長先生が「藤谷花子さん」と呼ぶと、参列していた人たちが一瞬注目した。「ん?」「え?」「そうなんだ?」てな感じ。でも一瞬のことで、園長先生は何事も無かったように次の園児の名前に移っていった。わたしの次の次の子が歩小鈴(ぽこりん)というインパクトのある名前だったので、花子はすぐに参列者の記憶から消えてしまった。
まあ、その程度に珍しい名前。
高校に入って間もなく、上級生の男子が用もないのに教室に来て「花子ってだれ?」と小さな声で廊下側の子に聞いたことがあった。
「あ……あの子です」
廊下側の子は、少しビビりながら答えて、3人の上級生の視線がわたしに向いた。
「お、けっこう……じゃん」
と言って帰って行った。
「あの人たち、なんて言ってたの?」
廊下側の子に聞いた。
「あ……けっこう美人なんだって」
どうやら花子という伝説的に平凡な名前はインパクトがあって「どんな子だろう?」と興味を持たせるようね。
「わたしって美人なんだろうか?」
そう呟いてガラスに映る自分の顔を見て、すこしだけつまらなさそうにため息をついておく。で、振り返って廊下側の子と目を合わせ「アハハハ」と照れたように笑っておいた。廊下側の子と周囲の子たちも「「「「アハハハ」」」」と笑う。
わたしは自分が美人であるという自覚がある。可愛いではなく美人。とくにパッと見にね。
だから「美人だあ」というような反応をされたら「アハハハ」とか「エヘヘヘ」といリアクションをしておく。このリアクションはほとんど天然なんだけど、少し計算している。美人だと思われたとたんに、相手と壁が出来てしまう。そんな壁がやだから、このリアクション、いまでは条件反射のようになっている。
この話をお父さんにしたら嬉しそうな顔になった。
「生まれた時にね『この子は美人になる』って、お祖父さんが言うんだ。で、名前は花子がいいって、満場一致で決まった」
「そうなんだ」と言っておいたが、なんの満場一致なのかは聞かなかった。
なにごとも少しボンヤリというのがわたしのコンセプト。
花子という名前は、ほんのりつや消しのコーティングなんだろうと思う。良い名前を付けてもらって感謝です。
ちなみに廊下側の子は野村颯太と言って、お父さんの転勤で相賀に来た男子。わたしの程良い友達になって、今度の生徒会選挙では副会長に当選しました。
※ アーケード(白虎通り商店街の幼なじみたち) アーケードの西側からの順 こざねを除いて同い年
岩見 甲(こうちゃん) 鎧屋の息子 甲冑師岩見甲太郎の息子
岩見 こざね(こざねちゃん) 鎧屋の娘 甲の妹
沓脱 文香(ふーちゃん) 近江屋履物店の娘
室井 遼太郎(りょうちゃん) 室井精肉店の息子
百地 芽衣(めいちゃん) 喫茶ロンドンの孫娘
上野 みなみ(みーちゃん) 上野家具店の娘
咲花 あやめ(あーちゃん) フラワーショップ花の娘
藤谷 花子(はなちゃん) 西慶寺の娘
ライトノベルベスト
『だるまさんがころんだ』
ぼくは、バカな遊びだと思っていた……だるまさんがころんだ、が。
小二のころだったかな、なんでか、だるまさんがころんだ、がはやりだした。
もう、はっきりおぼえてないけど、テレビのバラエティーでやっていた。
ただのバラエティーなんかじゃない。AKR48が楽しそうにやっていた。
ぼくの好きな矢頭萌ちゃんや、小野寺潤のオネーサンたちが、こどもみたいに楽しそうにやっていた。
オバカタレントなんかも混じっていて、地球がひっくりかえったぐらいのショーゲキだったんだ!
だってさ、だってさ、オバカとかわいい女の子がいっしょにあそんでいるなんてありえない。
すくなくとも、ぼくの学校ではね。
バカはバカだけであそぶ。かわいい女の子は、女の子だけであそぶ。これじょうしき。
だから、翔太と話したんだ。
だるまさんがころんだ、を、やったら女の子ともいっしょにあそべるぜって。
それで、学校のかえりみちでやるようになった。歩きながらやるんだぜ。
五人ぐらいで、オニも、それいがいの子も歩きながら。
「あ、翔太動いた!」
「ほら、タッチ!」
なんてやりながらかえるんだから、家につくのが、とてもおそくなる。
女の子たちも、しばらくはやっていた。やっぱりAKRのえいきょうりょくはすごいと思った。
でも、かえる時間がおそくなるので、女の子たちは、すぐにやらなくなった。
ぼくと翔太のたくらみのように、女の子がいっしょにやってくれることはなかった。
それは、まあ、いいんだ。ぼくの、ほんとのねらいはちがったから。
ぼくは、春奈ちゃんとやりたかった。
春奈ちゃんは、とくべつだった。
本がだいすきで、じゅぎょうが終わると、まっすぐ図書室に行って、なんさつも本を、かりる。
どうかすると、かえりみち、本を読みながら歩いていることもあった。
かみの毛をウサギみたいにくくって、長くたらしている。とおりすぎるといいニオイがした。
春奈ちゃんは、ぼくたちの、だるまさんがころんだをシカトしていた。おこっているみたいだった。
そんなの、通行のじゃまよ。そう言われているみたいだった。
じっさい、いちど、だるまさんがころんだで、わらいころげていたら、とおりすがり、小さな声で言われた。
「バカみたい……」
ショック! で、そんなこんなで、ぼくたちも、だんだんやらなくなった。
三年、四年と、春奈ちゃんとはべつのクラスになった。その二年間、ぼくは春奈ちゃんをまともに見られなかった。
そして、五年で、同じクラスになった。
春奈ちゃんはまぶしかった。背もぼくより少し高い。二学期には胸も出てきた。
で、あいかわらず本ばかり読んでいる。でも体育なんかは、口をきっとむすんで、じょうずにやっていた。
あれは、体育の日が終わったころだった。
「ねえ、亮介、だるまさんがころんだやろうよ!」
春奈ちゃんのほうから言いだした。
「え……」
ぼくは、あっけにとられた。
「やろう、亮介オニね」
春奈ちゃんの家は、ぼくより学校に近い。あたりまえなら十分ほどで帰れる。
それを、三十分、だるまさんがころんだ、を、しながら帰った。
ぼくは、いちども春奈ちゃんをつかまえられなかった。
だるまさんがころんだ。で、ふりかえると、春奈ちゃんは、いつも体育のときのようだった。
口をきっとむすんで、ぼくの目を見つめている。
ほんとうは、動いていたのかもしれない。
でも、ぼくは春奈ちゃんに見とれていた。だから見のがしたのかもしれない。
春奈ちゃんは、まじめな顔をしていてもエクボができる、新発見。
ぼくの背中をタッチしたときは、とてもうれしそうな笑顔。これも新発見。
家が近づき、最後のタッチをしたあと、春奈ちゃんは、こう言った。
「女だと思って、手ぬいたでしょ」
「ち、ちがうよ。ぼくは、ぼくは……ぼくはね」
ゆうびん屋さんが、ふしぎそうな顔で通っていった。
「いいよ、ありがとう。楽しかった、だるまさんがころんだができて。じゃあね!」
春奈ちゃんはとびきりの笑顔だった。そして、なんだか涙ぐんでいたような気がした。
なにか言わなきゃ。そう思った……。
春奈ちゃんは、勢いよくウサギの耳をぶんまわして、家の中に入っていった。
あくる日、学校に行くと、春奈ちゃんがいなかった。
「河村春奈さんは、ご家庭の事情で転校されました……」
先生は、そのあと「君たちも」とか「がんばろう」とか言っていたような気がする。
でも、ぼくは、先生のあとの言葉は聞こえなかった。
ぼくは、二度と、だれとも、だるまさんがころんだが、できないような気がした。