アーケード・8
《ゼブラのパンツにかけて》
履物店近江屋の末香(すえか)は小学一年生でスケバンになってしまった。
今日4月15日は入学以来初めての体育の授業で、末香は他の女子たちといっしょに体操服に着替えていた。
末香は姉の文香の影響で勝気な女の子だ。ただ姉と違って勝気さを表に出さないようにしている。
「ふーちゃんはやり過ぎだ」と思っている。
昨日も朝から肉屋の遼太郎を追い掛け回し「こらあ!!!」の雄たけびをアーケード中にこだませた。
「ああいうふうにはなりたくない」
だから先週の入学式から末香は大人しくしている。授業中に手を上げるのも微妙に遅らせているし、廊下だってけっして走らない。
で、末香の1年2組では体と地声の大きい森田綾香が女のボスになりつつあった。
それが、体育の着替えでひっくり返ってしまった。
他の女の子たちは、小学1年であるけれども、肌を見せないように着替えている。森田綾香でさえ、スカートを穿いたままハーフパンツを穿き、それからスカートを脱ぐ。上は体操服を被ってからブラウスを脱ぐ。
末香は違っていた。
さっさとパンツ一丁になり、ストレッチをやりながらユルユルと体操服を着る。姉の文香と暮らすうちに自然に身に着いた大らかさだ。
「「「「「「おー、末香ちゃん!」」」」」」
みんなが感嘆した。
潔い裸だけではない、末香のパンツは文香とお揃えのゼブラのパンツであった!
「え……あ……アハハハハハ!」
こういうときに頬を染めるような感性はしていない。両手を腰に当てて豪快に笑い飛ばす。これも文香とそっくりだ。
「そ、そんな裸になるなんてヘンタイよ! お、オトコオンナだわよ!」
綾香はなじったが、位負けしていて、勝負はついてしまった。
で、4時間目に、そのスケバンぶりは相賀の町中に響き渡ることになった。
「来週の月曜日からクラスが変わりますよー」
授業を半ばで終わって、担任の岩永先生がプリントを配った。プリントにはクラスが4っつ書かれていた。
相賀第一小学校は1年から6年まで3クラスずつの編成なのだが、1年は4クラスになるのだ。
「今のクラスは36人のお友だちがいますが、来週からは26人のクラス2つと、27人のクラス2つになりまーす。新しいクラスはプリントに書いてありまーす。みんな自分のクラスをさがしましょ~!」
岩永先生の明るい声で、クラスの子どもたちは自分の新しいクラスを探し始めた。
「先生、これはダメです!」
末香が手を上げてはっきり言った。
「え、どうしてですか沓脱さん? 新しいクラスになったら26人だし、先生の目も行き届いて、もっとしっかりした楽しいクラスになるんですよ」
「先週撮ったクラス写真はどうなるんですか?」
「それは新しく撮り直すのよ。だから心配はいりませ~ん」
「は~~~~?」
末香は停まらなくなってしまった。
「仲間って、そんなんじゃないです! クラス写真に写っていたのは仲間です! そんなんじゃないです!」
末香の頭には、姉のバレー部のことや商店街の仲間のことが浮かんでいた。仲間を大切にしなくちゃという気持ちが輝いていた。
ゼブラのパンツにかけて、そんなんじゃない! そう思った末香であった。
※ アーケード(白虎通り商店街の幼なじみたち) アーケードの西側からの順 こざねを除いて同い年
岩見 甲(こうちゃん) 鎧屋の息子 甲冑師岩見甲太郎の息子
岩見 こざね(こざねちゃん) 鎧屋の娘 甲の妹
沓脱 文香(ふーちゃん) 近江屋履物店の娘
室井 遼太郎(りょうちゃん) 室井精肉店の息子
百地 芽衣(めいちゃん) 喫茶ロンドンの孫娘
上野 みなみ(みーちゃん) 上野家具店の娘
咲花 あやめ(あーちゃん) フラワーショップ花の娘
藤谷 花子(はなちゃん) 西慶寺の娘
通学道中膝栗毛・11
更地にさしかかると、あの一年生たちも混じって、ちょっとした人だかり。
ちょっと恥ずかしいけど、人だかりの後ろの方に付いてみる。
更地にはなっているけど、瓦やタイルやコンクリやらの欠片が見えて、和風の家があったんだと偲ばれる。
家は土台ごと撤去されてしまって、和風と言う以外に偲ぶよすがはない。面積は学校のプールくらいだろうか、隅の方に四角い石積み。道路との境目には大きな石を撤去したらしい窪みが並んで、生け垣だったんだろか針葉樹の枝先みたいな緑がこぼれている。
ちょっとしたお屋敷だったようだけど、やっぱ見覚えが無い。
急だったもんね あれ産湯の井戸だよ 奥の離れ 相続したんだよね 帰って来るかなあ 知らなかったよ
人だかりからは断片的な情報が聞こえるけど、わたしの頭の中でイメージを結ぶことは無かった。
もういいや。
わたしの好奇心は長続きしない。
もともと鈴夏が気づいて、一年の子たちが立ち止まって、そういう人の好奇心に載っちゃったもので、更地そのものに興味があるわけじゃない。ただ、更地に何が建っていたのか分からないのが癪なんだけど、ま、夕飯のころには忘れるだろう。
「あの辺は和風のお屋敷ばかりだからね」
夕飯の手伝いをしながら話しているとお母さんが言った。
あ、それでか。
更地にばっかり目が行っていて、周囲の家は意識の外だったけど、そう言えば更地の周囲は和風ばっかだ。戦前に私鉄の百坪分譲で始まった街で、大半が和風の家だ。その中の一軒だから気づかなくても仕方がないよね。
でも、お風呂に入って思い至った。
当たり前のお屋敷なら、なんで、あんなに人だかり?
急だったもんね あれ産湯の井戸だよ 奥の離れ 相続したんだよね 帰って来るかなあ 知らなかったよ……
話の断片が蘇る。ただの更地に、あんな感想は出てこないよね。あの断片には意味があり過ぎるよね……。
しかし、それも風呂上り、冷蔵庫を開けると桜餅を発見――ああ、ひな祭りだったんだ――久々にひな人形飾りたくなったけど、たった一晩の為に押し入れの奥から出すのも躊躇われ、テレビの特番見ながらパクついてるうちに忘れてしまった。