アーケード・16・花子編
《月参りの代理》
国府寺の住職が亡くなった。
国府寺は奈良時代から続く華願宗で、この宗派は自分では葬儀はしない。葬儀は昔から浄土真宗のお寺が請け負う。
慣例に従って、西慶寺の住職と副住職が昨夜の通夜から出向いている。
住職の泰淳はわたし(花子)の父であり、副住職の諦観は兄である。
国府寺の葬儀のため、この日の月参りはわたしが務める。
今日のお参りは商店街の鎧屋と室井精肉店だ。
「ハナちゃん、お世話になるね」
玄関から入ると、くだけた言葉だけれど、小父さんが慇懃にご挨拶される。
ちなみに玄関から入るのは、今日のわたしは西慶寺の僧侶だから。いつもはお店の入り口から気楽に入る。緩やかだけれど、商店街では、昔からのけじめがキチンとしている。
仏間兼リビングの12畳には小父さんと小母さん、こうちゃん、こざねちゃん、お弟子のきららさんが神妙に並んでいる。
幼なじみのこうちゃんとこざねちゃんが神妙にしているのには未だに慣れない。
初めて月参りに来た時は、わたしの衣姿がおかしくって、こざねちゃんが吹き出して小父さんに叱られてしまった。なかなか使い分けは難しい。
でも、仏壇の前に座ってお蝋燭とお線香を点けるあたりから様になってくる。
他の宗派は、香炉にお蝋燭を真っ直ぐ立てるけど、浄土真宗では高炉の大きさに合わせて、2つか3つに折って寝かせる。
特に教義上の意味は無い。単に火の用心のため。中学に入ってお参りの作法をあれこれ教えられたけど、この火の用心のためというのには笑ってしまった。
お務めそのものはカタチなので慣れればノープロブレム。
困るのというか緊張するのは、そのあとのお話し。お参りなので基本的には法話なんだけど、わたしみたいな女子高生坊主が法話だなんてとんでもない。
世間話というか、檀家さんの生活や関心に合わせた話をする。
「来年は大祖父さまの37回忌ですね」
「きちんと、お寺でやるつもりだよ」
この返事には、すこし狼狽えた。別に催促したつもりはない。法事も37回忌になると月参りのついでにやるのが普通で、寺の本堂で本格的に営まれることは珍しい。
「祖父さんは、旗絡めの事故で亡くなったからね、旗絡めのためにもきちんとやっておきたんだよ」
わたしは息をのんだ。
旗絡めとは、秋に行われる馬揃えで、かつて行われていた勇壮な行事だ。勇壮なために事故が起こることが多く、怪我人が出るのは当たり前で、何年かに一度は死者まで出る。鎧屋の先々代は37年前の事故で亡くなっている。
旗絡め自身も12年前に廃止になっている。小中学校では旗絡めを模した騎馬戦が行われているが、東京などから転居してきた新住民の人たちからは「組体操同様に危険だ」と言われ、このジュニア版もいつまで行われるか分からない。
そう言う状況の中での小父さんの言葉に、静かだけどクッキリした想いを感じた。
次の室井精肉店では、もっと気楽にできた。
「ハナちゃん、噂になってないかい?」
小父さんの一言でピンときた。りょうちゃんが分かりやすくビクッとしたから。
「あ、国府女学院の……?」
居並んだご家族が、いっせいにため息をつき、その視線がりょうちゃんに集まった。
「いや、もう終わっちゃった話だからね!」
りょうちゃんが焦る。
「だいじょうぶですよ。その……りょうちゃんは商店街のマスコットですから」
「マ、マスコット?」
「ハハハ、遼太郎はマスコットか!?」
兄の潮五郎さんが笑う。
「いっそ、商店街のイメージキャラクターにして着ぐるみにでもなっちまえばいいのに」
小母さんが煽る。
「でもさ、商店街のイメージって言えば、ハナちゃんたちのアーケーズだろ?」
「おちゃらけキャラがあってもいいんじゃないかなあ」
「そうよ、着ぐるみにすれば可愛くなっちゃうわよ」
「じゃ、こんどの理事会にかけてみるか?」
「そうだ、原案用に写メを撮っておこう!」
「ちょ、ちょっと勘弁してよ!」
商店街の連休は賑やかになりそうだ……。
※ アーケード(白虎通り商店街の幼なじみたち) アーケードの西側からの順 こざねを除いて同い年
岩見 甲(こうちゃん) 鎧屋の息子 甲冑師岩見甲太郎の息子
岩見 こざね(こざねちゃん) 鎧屋の娘 甲の妹
沓脱 文香(ふーちゃん) 近江屋履物店の娘
室井 遼太郎(りょうちゃん) 室井精肉店の息子
百地 芽衣(めいちゃん) 喫茶ロンドンの孫娘
上野 みなみ(みーちゃん) 上野家具店の娘
咲花 あやめ(あーちゃん) フラワーショップ花の娘
藤谷 花子(はなちゃん) 西慶寺の娘