アーケード・7
《履物屋のふーちゃん》
「りょうちゃんのやつ、また……」
店の前を国府女学院と、その後ろを遼太郎が通るのを見て『履物近江屋』の文香はハタキを持ったまま飛び出した。
遼太郎の後ろの回ると、ハタキを逆さまにして、ポコンとやった。
「って! なにすんだよ!?」
「こっち来な!」
有無を言わさずお地蔵さん横の路地に引っ張り込む。壁に遼太郎を押し付けると「ドスン!」と音を立てて壁ドンをやる。
「ヒッ……」
175センチの壁ドンは迫力で、遼太郎はかすれたような悲鳴を上げる。文香は7人の幼なじみの中でも一番背が高く、その見かけだけではなく迫力がある。アタッカーとして相賀高校バレー部の次期キャプテンとの噂が高い。遼太郎は、いつも押されっぱなしである。単に10センチの身長差からではなく、人間としての迫力が違うのである。
「めいちゃんからも注意されただろうが、ストーカーするんじゃねえって!」
「し、してねえよ、ストーカーなんて」
「国府女学院の子付けてるじゃねえか!」
「いや、たまたま後ろ歩いてただけだし」
「毎日やってりゃストーカーだろうが!」
「いや、だって、あの子は気づいてないし」
「バカか、気づかれてからじゃ、こんな壁ドンじゃ済まねえだろうが!」
文香は右足を上げて、遼太郎の顔の横に壁ドンをやる。文香はガタイの割に体が柔らかい。
「あ……あ……」
「精子ボールで迷惑かけたの覚えてるだろ、あたしらにはシャレで通るけど、東京から来た子にはただのセクハラなんだ。こっぴどく叱られたの、ついこないだだろうが!?」
「わ、分かってるよ」
「あたしたちは『商店街の子』って冠が付くんだ、なにかあったら、店とか商店街が非難される。肝に銘じとけよな」
「う……うん」
「こんど7人が同じクラスになったのは、みんなでりょうちゃんのこと視とけって学校の意向なの分かってるだろが」
「え、そうなのか?」
「鈍感だな、おまえもこうちゃんも……」
なんで鎧屋の甲が出てくるのか不思議だったが、これ以上文香の機嫌を損ねたくなかったので言葉を飲み込んだ。
「分かったよ……」
「よし、もう学校に行く時間だし『御挨拶』だけやっとくか」
そう言うと、文香は遼太郎を連れてお地蔵さんの前に出た。
パンパンと拍手の音がアーケードに響く。
商店街の地蔵さんは『白虎地蔵』と呼ばれ、商店街ができるずっと前から相賀藩白虎口の守りとして祀られている。旅立つ者は旅の安全を、訪れた者は城下での安寧を祈念する。商店街の子どもたちは、悪さをしたり、誓いを立てるときに、この白虎地蔵に祈る。祈り方は、地蔵であるのにも関わらず、神道式の仁礼二拍手一礼である。
たっぷり1分を掛けて、2人は頭を下げた。
「よし、じゃ、学校行こうか!」
制服の襟を正して文香が言う。
「ふーちゃん」
「ん、なんだ?」
「制服の足で壁ドンは止めた方がいいよ」
「なんで?」
5メートルほど行って遼太郎は叫んだ。
「ゼブラのパンツまっるっ見え!」
「こ、こらあ!!!」
「ゼブラのパンツ!!!」と「こらあ!!!」が朝のアーケードを駆け抜けた……。
※ アーケード(白虎通り商店街の幼なじみたち) アーケードの西側からの順 こざねを除いて同い年
岩見 甲(こうちゃん) 鎧屋の息子 甲冑師岩見甲太郎の息子
岩見 こざね(こざねちゃん) 鎧屋の娘 甲の妹
沓脱 文香(ふーちゃん) 近江屋履物店の娘
室井 遼太郎(りょうちゃん) 室井精肉店の息子
百地 芽衣(めいちゃん) 喫茶ロンドンの孫娘
上野 みなみ(みーちゃん) 上野家具店の娘
咲花 あやめ(あーちゃん) フラワーショップ花の娘
藤谷 花子(はなちゃん) 西慶寺の娘