大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・アーケード・7《履物屋のふ-ちゃん》

2018-03-03 15:57:20 | 小説

・7
《履物屋のふーちゃん》



「りょうちゃんのやつ、また……」

 店の前を国府女学院と、その後ろを遼太郎が通るのを見て『履物近江屋』の文香はハタキを持ったまま飛び出した。
 遼太郎の後ろの回ると、ハタキを逆さまにして、ポコンとやった。

「って! なにすんだよ!?」
「こっち来な!」

 有無を言わさずお地蔵さん横の路地に引っ張り込む。壁に遼太郎を押し付けると「ドスン!」と音を立てて壁ドンをやる。

「ヒッ……」

 175センチの壁ドンは迫力で、遼太郎はかすれたような悲鳴を上げる。文香は7人の幼なじみの中でも一番背が高く、その見かけだけではなく迫力がある。アタッカーとして相賀高校バレー部の次期キャプテンとの噂が高い。遼太郎は、いつも押されっぱなしである。単に10センチの身長差からではなく、人間としての迫力が違うのである。

「めいちゃんからも注意されただろうが、ストーカーするんじゃねえって!」
「し、してねえよ、ストーカーなんて」
「国府女学院の子付けてるじゃねえか!」
「いや、たまたま後ろ歩いてただけだし」
「毎日やってりゃストーカーだろうが!」
「いや、だって、あの子は気づいてないし」
「バカか、気づかれてからじゃ、こんな壁ドンじゃ済まねえだろうが!」
 文香は右足を上げて、遼太郎の顔の横に壁ドンをやる。文香はガタイの割に体が柔らかい。
「あ……あ……」
「精子ボールで迷惑かけたの覚えてるだろ、あたしらにはシャレで通るけど、東京から来た子にはただのセクハラなんだ。こっぴどく叱られたの、ついこないだだろうが!?」
「わ、分かってるよ」
「あたしたちは『商店街の子』って冠が付くんだ、なにかあったら、店とか商店街が非難される。肝に銘じとけよな」
「う……うん」
「こんど7人が同じクラスになったのは、みんなでりょうちゃんのこと視とけって学校の意向なの分かってるだろが」
「え、そうなのか?」
「鈍感だな、おまえもこうちゃんも……」
 なんで鎧屋の甲が出てくるのか不思議だったが、これ以上文香の機嫌を損ねたくなかったので言葉を飲み込んだ。
「分かったよ……」
「よし、もう学校に行く時間だし『御挨拶』だけやっとくか」
 そう言うと、文香は遼太郎を連れてお地蔵さんの前に出た。
 パンパンと拍手の音がアーケードに響く。

 商店街の地蔵さんは『白虎地蔵』と呼ばれ、商店街ができるずっと前から相賀藩白虎口の守りとして祀られている。旅立つ者は旅の安全を、訪れた者は城下での安寧を祈念する。商店街の子どもたちは、悪さをしたり、誓いを立てるときに、この白虎地蔵に祈る。祈り方は、地蔵であるのにも関わらず、神道式の仁礼二拍手一礼である。

 たっぷり1分を掛けて、2人は頭を下げた。

「よし、じゃ、学校行こうか!」
 制服の襟を正して文香が言う。
「ふーちゃん」
「ん、なんだ?」
「制服の足で壁ドンは止めた方がいいよ」
「なんで?」
 5メートルほど行って遼太郎は叫んだ。
「ゼブラのパンツまっるっ見え!」
「こ、こらあ!!!」

「ゼブラのパンツ!!!」と「こらあ!!!」が朝のアーケードを駆け抜けた……。


※ アーケード(白虎通り商店街の幼なじみたち) アーケードの西側からの順 こざねを除いて同い年

 岩見   甲(こうちゃん)    鎧屋の息子 甲冑師岩見甲太郎の息子

 岩見 こざね(こざねちゃん)   鎧屋の娘 甲の妹

 沓脱  文香(ふーちゃん)    近江屋履物店の娘

 室井 遼太郎(りょうちゃん)   室井精肉店の息子

 百地  芽衣(めいちゃん)    喫茶ロンドンの孫娘

 上野 みなみ(みーちゃん)    上野家具店の娘

 咲花 あやめ(あーちゃん)    フラワーショップ花の娘

 藤谷  花子(はなちゃん)    西慶寺の娘

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高校ライトノベル・通学道中膝栗毛・10『思い出せない』

2018-03-03 13:27:43 | 小説3

通学道中膝栗毛・10

『思い出せない』        

 

 アレ?

 羽生選手の国民栄誉賞の話で盛り上がっていると、鈴夏が不思議そうな顔をした。

 え?

 鈴夏の視線の先は更地になったばかりの空き地だ。うっかり立ち止まると準急に乗り損ねるので、すこし首を巡らせただけで駅への道を急ぐ。羽生選手の話題で盛り上がってしまったので、脚が遅くなって準急に間に合うにはカツカツだということが知れている。次の各停でも間に合うんだけども、ギリギリっていうのは、わたしも鈴夏も性分じゃない。こういう生活のリズム的なことで気が合うのは友だち関係が長続きする大事な要素だと思うんだよね。

 あそこ、なにがあったんだっけ?

 鈴夏が口に出したのはホームへのエスカレーターに足を掛けたところだった。

 エスカレーターは立ったままなので、二十秒ほどのシンキングタイム。とにかく歩いている時に熱中するのは禁物だ。

 さあ……?

 一段上なので振り返って言うと、わたし達と同じ制服たちが立ち止まって更地の方を指さしているのが見えた。よほど興味があるのか肩を叩いたり、コクコク頷きあったりしている。眼鏡をかけてみると、ときどき見かける一年生だと分かった。

 大丈夫かな、あの子たち?

 ホームに上がると、ちょうど準急が入って来たところだ。

 アナウンスの後に、プシューって音がしてドアが閉まる。一年生たちは間に合わなかったよう。

 一時間目は美術の移動だったので、ピロティーを横切って芸術棟へ向かう。校門のところで遅刻者が指導されている。縮こまっている中に駅で見かけた一年生たちがいる。上級生の分別で遅刻しなかったことを密かに喜ぶ。

「栞、分かったわよ!」

 昼休みの食堂、鈴夏は鼻を膨らませてスマホを見せる。スマホの画面はグーグルマップになっている。わたしは感心した。グーグルなら、一二年前の状況が分かるんだ。

「これよ、これ」

 スマホの画面には戦前からあったんじゃないかと思うような二階建ての民家が映っている。鈴夏は、思い出した思い出したと興奮している。広瀬すずだったかが出ていたドラマにこんなのがあったということらしい。

「毎日通ってる道だけど、覚えてないもんだねー。ま、見れば、あーそうだったなんだけどね」

「あたりまえでしょ、頭の中にグーグルマップがあるわけじゃないんだから」

「そだね、地味な家だしね」

 そういうと、安心してランチにパクつく鈴夏。

 アハハと笑っておいたけど、スマホの画面を見ても、この家には覚えがない。通学路に何百何千とある建築物の一つだから覚えがなくっても不思議じゃないんだけど、鈴夏みたく「あーそうだった」が湧いてこないので気持ちが悪い。

 わたしと鈴夏は似た者同士だけど、こういう些細な違いは気になる。

 放課後、鈴夏は委員会があるので「じゃ、お先」と久々に一人で下校。電車の吊革に掴まりながら――よし、確かめてみよう――足を速めるわたしであった。

 

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高校ライトノベル・新 時かける少女・13〈柏木薫〉

2018-03-03 06:39:56 | 時かける少女

新 時かける少女・12
〈柏木薫〉



 わたしは、助けてはいけない女の子を溺死寸前に助け、代わりに命を失った。そのために記憶を失い、時空を彷徨って、いろんな人生を生きなければならなくなってしまった。

 自分は大正十三年四月四日の生まれである。

 柏木という華族の三男として生を受けた。名を薫という。日本古典文学の半可通であった父が、源氏物語にこと寄せて付けた名である。母が三宮の出身であることに引っかけたようであるが、源氏に出てくる薫は父の源氏とは縁が薄い。そこまでは知らなかった……あるいは、後妻である母への複雑な思いや、配慮があったのかもしれない。
 しかし、昭和の御代にあっては、この男とも女ともつかない名前に、自分自身は苦労した。学習院の初等科に入学したとき、あてがわれた席は笠松潤子の後ろ。すなわち担任が、名前を見ただけでの誤解であった。あとは推して知るべしの混乱が、この二十二年の生涯に幾たびかあった。

 一度だけ、自己確認のために記す。

 自分は、身体は男子なれど、心は女であった。もとより、それは隠しおおせてきたが、苦しいものであった。

 意識的に銃剣道に打ち込み、毛ほどにも女の心を持っていることは、悟られなかった。また、男仲間の中にいることは、自分の密かな喜びでもあった。海軍航空隊の士官となったのも、その延長線の上にあるのかもしれない。しかし、この乖離を解消するために、明日、自分は人生を終わる。むろん、この悪化する戦況において、日本人が日本人であることを後世に残し、再建される日本の心。そのささやかな柱石になれればという心があることも事実である。
 この世に完全などは存在しない。自分の心も、かくのごとくの混乱である。しかし、無理な心の整理などはしない。混乱、不純のまま自分は自裁する。

 一気に書き上げ、一読。納得した。エンカンに入れ燃やしてしまうと迷いも未練も無くなった。混乱、矛盾こそが、自分のありようなのだ。そう確認できただけでいい。

「下瀬さん。あなたの炸薬を試してみますよ」
 そう言うと、下瀬少佐は驚いた顔をした。
「柏木さん……しかし、終戦の詔勅から、もう十日にもなりますよ」
「だからこそ、米軍にも隙がある。今夜にも決行します。明日になれば、残存機のペラはみんな外されて飛べなくなってしまいますからね。整備は、間島整備長に頼んでおきました」

 下瀬少佐が作った炸薬はピカほどの力はないが、並の炸薬の十数倍の威力がある。二十五番(二百五十キロ爆弾)に詰めれば、大和の主砲弾並の力がある。当たり所によれば、一発で戦艦を沈めることもできる。

 機体はグラマンに外形が似ている雷電を使う。

「では、行ってきます」
「あくまで、柏木少佐が機体を強奪したということにしますので」
 整備長が、ニッコリ笑った。自分は、こういう男らしい笑みに弱い。思わず抱きしめたが、整備長は、男の感が極まった行為と受け止め、ハッシと抱きかえしてきた。
「では、行ってらっしゃい。残った者は殴り方用意……始め」

 男達が殴り合って居る間に、自分は発進した。これで、自分が機体を強奪した言い訳にはなるだろう。

 いったん箱根の山の間を抜けて、相模湾に出て、米軍機の巡航速度で高度をとった。そしてあらかじめ調べておいた米軍機のコードで無線連絡し、遭難機を装った。子どもの頃アメリカで暮らしていた英語が役に立った。ヨークタウンから着艦許可が出た。

 近づいて、シメタと思った。三百メートルほどのところに、ミズーリとおぼしき戦艦が停泊している。
「ラダー故障、着艦をやり直す」
 そう電信を打つと、左にコースをそらせ、そのままミズーリのど真ん中に突っこんだ。

 一瞬目の前が真っ赤になって、意識が途絶えた。

 刹那、兄のひ孫の想念が飛び込んできた。

――ミズーリ爆沈、乗員全員死亡。ヨークタウン中破、死者、負傷者多数――

 ミズーリにはマッカーサーが乗っており、ヨークタウンでは、ジョージ・ブッシュという若いパイロットが巻き添えをくって死んでいた。

 自分の、いや、わたしの時空を超えた漂流は、まだまだ続きそうだった……。

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