アーケード・10
《郷中》
まるで幼稚園の先生だ……神田校長が喋りだすと、花も甲も思った。
「小学校のクラスには定員があるんです。1クラス40人以下、一年生は35人以下。つまり36人を超えるクラスが出てくると、クラスを分割して35人以下にします。で、今年は4月の8日に転入生があって1クラスが36人になってしまいました。で、一年生全体をシャッフルし、それまでの3クラスを4クラスにしたんです。これは『公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律』に基づいています。ここまではいいかしら?」
神田校長はニッコリと花と甲の目を見た。
「先があるのなら続けてください」
「どうぞ」
「シャッフルして4クラスにすると、26人のクラス2つと、27人のクラス2つができます。でしょう? 36人のクラスよりもよっぽど目が行き届く……でしょう? つまり子どもたちの為になるということで~す! 法律どおりだし子どもたちの為にもなる! とってもいいことじゃありませんか~!?」
満面の笑みで神田校長は締めくくった。
「新しいクラスは、4つのクラスに均等配分されたんですよね?」
「ええ、若干の配慮や入れ替えはあるけれど、基本的にはそうですよ」
「じゃ、これを見てください」
甲は、元の3クラスと新しい4クラスの編成表をテーブルの上に置いた。
「元のクラスが分かるように色分けしました」
「あ……………………」校長は目が点になってしまった。
「お分かりになりましたか? 1~3組は元の先生が元の自分のクラスの生徒を18人もとっています。4組はその残りの子どもたちを集めた……いわば寄せ集めです。均等配分とは言えませんね」
「この寄せ集めのクラスの担任は、今年新採でこられた女の先生です」
「8日に転入の児童が居たので、10日付で加配の先生がこられてますよね?」
「つまり……このクラス替えは、子どもの為というよりは、先生たちの都合じゃないですか?」
「……………………………………」
校長室を重い沈黙が支配した。
「元のクラスに戻してください……校長先生」
「それは……もう決まったことだから」
あとの言葉を濁して、校長は頭を下げた。
「相賀の町は『組』とか『会』を大事にするんです。町内会とか商店会とか子供組とか、そういう結合が重なったところに相賀の街があるんです。これは学校のクラスもいっしょです」
「小学校は、東京や他府県から来た先生が増えてきてますが、相賀の……あり方というものも気にかけて……いただけると嬉しいです」
「えと…………………」
「「よろしくお願いします」」
一礼すると、甲と花は校長室をあとにした。
プッ、プップー。
校門を出るとクラクションが鳴った。
「ご苦労、乗んなさい」
相賀中学の水野教頭は、セダンの後部ドアを開けた。
「どうもありがとうございました」
お礼を言いながら花が乗り込むが、甲は一礼しただけで言葉が継げなかった。
「岩見君は一言ありそうだな」
「あ……」
「本来は郷中でやりたいところだったんだろうがな、よその人には分かってもらえないからな……気にするな」
「いいんですよ、こうちゃん頭硬いから。明日になったら納得してますよ」
「さすが藤谷さんは西慶寺のおひーさまだ。鷹揚だね」
「フフ、こういう性格なんです」
「岩見君は具足駆をやったんだってな、そろそろ大人だな」
「あ、ショッピングモールの客寄せレプリカでしたから」
「それでも、相賀の甲冑師岩見甲太郎の作だ。立派なもんじゃないか。殿さまからお墨付きはもらったのかい?」
「そんな大げさなことは」
「わたしからお話ししておこう」
「それはいいわ。わたしたちも具足祝いしてあげたんですよ」
「そりゃよかった!」
「御家老さまも、なにかしてやってもらえませんか?」
楽し気に花子が焚きつける。
「あ、相賀カボチャとかはけっこうですから!」
「ワハハ、先を越されたなあ!」
商店街に着くまでの間、セダンの中は二昔ほど前の相賀の空気に満ちていた。
※:郷中……旧藩時代から続く相賀の自治的な教育組織、10歳から20歳くらいまでの若者が所属、地域のことには大人と同等な発言力がある。緩やかに、今の相賀の町にも生きている。