大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・『さよならバタフライ』

2018-08-01 07:08:10 | ライトノベルベスト

ライトノベルセレクト
『さよならバタフライ』
         


 無数のチョウチョが、空中を舞って飛び去っていくようなイメージだった。

「金床、○分○○秒!」

 コーチの金丸さんの声が頭上でした。とても他人様に言える記録じゃないので、タイムは秘密。
 だけど、ボクが水泳部に入って、バタフライでは最速の記録だ。

 今日は、ぼくの水泳部最後の日だった。

 三年生の引退は早い。一応進学校であるうちの高校は二年生がピークだ。朝から夕方遅くまで一万メートルも泳ぐことは、時間的にも体力的にも、受験を控えた三年生には無理だからだ。
 ボクは、去年の地区大会自由形で二位にまでいけた。それで十分だった。

 もともと名前がいけない。金床碇(かなとこいかり)どう見ても水泳部向きの名前じゃない。

 ボクの家は祖父ちゃんの代まで、近くの漁師さんやお百姓さん相手に、漁具や農具を作ってきた野鍛冶屋だった。お祖父ちゃんは、特に漁具、その中でも碇を作らせたら県の中じゃ一番だった。

 その特徴は長持ち。金床の碇は一生物とか言われ、沿岸漁業がアゲアゲのころは大した羽振りで、女の人に入れあげては婆ちゃんを泣かせていたらしい。それでもアゲアゲだったから、親類も世間も、男の甲斐性だ。くらいに見てくれた。

 でも、地域の漁業が廃れる……とは言わないが、横ばい状態になるといけなかった。

 なまじ一生物なんてものを作る物だから、注文がほとんど来なくなった。で、昭和ヒトケタの祖父ちゃんは、生まれた初孫に「碇」という迷惑な名前をつけて、ボクが三歳のときに、あっさり死んだ。最後にお父さんに残した言葉が振るっている。
「腹上死がしてえなあ……!」
 病院のベッドで大声で叫んで逝ってしまった。狭い町なので、噂はパッと広がり腹上死の金床と、しばらく言われた。お父さんもお母さんも、婆ちゃんも恥ずかしそうにしていたけど、ボクは平気だった。だって、みんな明るく腹上死の金床と言うもんで、ボクは誉め言葉だろうと思った。事実お祖父ちゃんは町のみんなから愛されていたことは確かだった。

 しかし、ボクも小五で腹上死の意味を知ると、やっぱ恥ずかしかった。

 水泳部に入ったのは事故のようなものだった。

 教室のある三階の廊下からプールは丸見えで、水泳部の女の子たちが泳いでいるのを、一年のときニンマリ見ていた。すると、同じクラスのダボハゼみたいな野島春奈ってのに言われてしまった。

「さすが、腹上死の孫ね。あんなの見てニヤニヤ、ガチスケベ!」

 で、

「ちがわい、オレは水泳部に入りたいんだ!」

 ダボハゼが犬の糞を飲み込んだような顔をした。ダボハゼは幼稚園から高校まで同じという、どちらにとっても有り難くない存在だった。ダボハゼは、腹上死の金床を知っている珍しいガキだったし。ボクはボクで、小六のとき、ダボハゼが廊下を掃除していて、ちり取りをとったところで、派手にオナラをしたのを聞いてしまっている。

 とにかく水泳部に入った。

「おまえ、よくそれで水泳部入ったな」
 と、先輩にも仲間にも言われたが、コーチ一人が庇ってくれた。
「オレだって金丸。同じ金付きだ。オレが泳げるようにしてやる」
 で、ほんとうに、ある程度は泳げるようになった。クロ-ルでは、部内でトップクラスになった。でも、他の泳法はさんざんだった。特にバタフライがいけない。
「金床のは、テンプラ鍋に飛び込んだアマガエルみたいだ!」
 と、言われた。やたらに水しぶきは上がるけど、前に進まない。コーチには「腰が定まっていないからだ」と技術的に指導を受けた。
 しかし、今日で引退。もうみっともないバタフライを人に見られずに済む。

 でも……信じがたいだろうが、ボクのバタフライを誉めてくれたやつがいる。それもとても可愛い子に。

 あれは、二年の一学期の中間明けだった。水島洋子という、なんだか水泳部向きの名前をした一年生が見学に来た。

「金床さんですね。いつも三階の窓から見てたんです。先輩のバタフライいいですよ」
「ええ、どこが!?」
 同輩たちが一斉に叫んだ。
「あ、あの力強さが、なんだかタグボートみたいに元気いっぱいで」
「アハハ、タグボートはよかったな!」

 洋子は、瞬間怒ったような目になったが、すぐに元の穏やかな目になった。

 二日目には水着を持ってきて、自分から泳ぎだした。名前に負けずきれいなフォームだった……え、あ、正直に言うと体のフォームも泳ぎのフォームも。ね、正直だろ!

 二十分もたったころだったろうか、洋子が溺れた。コーチや女子部員が飛び込んで助けた。

「水島。おまえ、股関節……だろ」

 コーチが難しい病気の名前を言った。

「もう治ったと思っていたんです……」

 洋子は悔しそうにしていた。水から上がったばかりなのでよく分からなかったけど、あの子の頬をつたっていたのは水だけでは無かったと思う。
 その日は、お父さんが職場から、そのまま駆けつけてきた。その時の制服で、この町の近くにある海上自衛隊の幹部だということが分かった。

 洋子は、それ以来水泳部には顔を見せない。もう泳ぐのを諦めたんだろう。

 どうしてか、水泳部最後の日に洋子のことを思い出した。きっと、最後という言葉のせいだ。

 コーチや、みんなに挨拶して、その日は早めに自転車で家に帰った。海岸通りに出ると、ときどき横殴りの風が吹いてきて、体をもっていかれそうになる。前線が近づいているようだった。

 日の出橋まできて、異変に気がついた。橋の真ん中に自転車が倒れ、小学校の低学年とおぼしきガキが泣き叫んでいた。

「どうした、おまえら?」
「お、おねえちゃんが海に。あたしたちを除けようとして……」
 その時、また突風が吹いてきた。ガキの目線の先には……洋子が、ぐったりして浮き沈みしている。
「この風にさらわれたんだな!」
 橋は、船を通すために十メートル近い高さがある。一瞬ビビッたけれど、体の方が先に動いた。

 我ながらきれいなダイビングだったと思う。

 海に飛び込むと、数メートル潜った。そして水を蹴って水面に顔を出すと方角を確認。しかし、橋の上とは違い、沈みかけた洋子は見つからない。

「水島! 洋子!」

 すると、橋の上のガキたちが方角を示した。いったん潜って洋子を確認し、ボクは泳いだ、それも、こともあろうにバタフライで。

 クロール! と頭の誰かが叫ぶんだけど、体は拒否してバタフライになる。そして、それは今まで体験したことがないほどの速さだった。

 水面下二メートルほどのところで、洋子を掴まえた。浮上して洋子の体を確保しながら背泳ぎで岸にたどりついた。

 脈はあるが、呼吸をしていない。ボクは洋子に水を吐かせてから、人工呼吸をした。そのときは必死だったけど、マウストゥーマウスだった。

 病院で、うっすら意識が戻ったとき、洋子が言った。

「先輩のバタフライ……やっぱ、かっこいいです」

 洋子は、その秋に転校した。

 お父さんの転勤……お父さんは鈍足のタグボートの艇長だった。洋子の病気のために、移動の少ない船を選んだようだが、時代が、お父さんを必要としはじめていた。それに東京の親類に預け、治療に専念できる体制もできたようだ。

 ボクはというと、身の程知らずにも推薦をみんなけ飛ばし、センター試験をうけ某公立大学に入った。
 入学して半月、学食でランチを食っていたら、後ろから懐かしい声で、懐かしい言葉をなげかけられた。

「お、腹上死!」

 ダボハゼの春奈がランチのトレーを持ってニンマリしていた。

 春奈は、忘れていたが、高校でダンス部に入った。で、大学でも続けているようで、もうダボハゼの面影はニクソゲな言葉にしか残っていなかった。まあ、人魚姫の侍女ぐらいは勤まりそうだ。

 金床の青春、こんなもんだろう。まだ碇を降ろすには時間がありそう。

 とりあえず、さよならバタフライ……。
 

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高校ライトノベル・臨時増刊・SF&青春ラノベ『レイカの花・2』

2018-08-01 06:47:34 | ライトノベルベスト

臨時増刊・SF&青春ラノベ
『レイカの花・2』 
      


 顧問のヒメちゃん(田中 姫)先生が、グラウンドで基礎練やってる部員達の20メートル先で立ち止まった。

「ヒメちゃん先生……部活活動費のことですよね?」
 村長が、ストレッチを中断して、20メートルの距離を半分に詰めて聞いた。
「ごめん、粘ったんだけどね。軽音とダンス部にもっていかれて……」
 ヒメちゃん先生は、右手の指4本、左の指いっぱい広げてみせた。
「えー、45000円!」
 サンが一気に距離を2メートルにまで縮めて叫んだ。その後を、カンゴ。トロクサのあたしとユウ、ミサイルは名前の通り、一年ぺのくせしてあたしの前に立った。モグは、声の聞こえる場所で立ち止まって口をもぐもぐさせている。モグのもぐもぐは、食べてばかりじゃなくて、考え事したときに出るクセだということが分かってきた。

「ごめんね、わたしに力が無いばっかりに、予算とれなくて」
「いいっすよ。もとから、そんなに取れないだろうって、ハッタリかましてるから」
「でもね、村長。去年も中央大会まで出たんだからさ、満額とはいかなくても、せめて5万台には乗せたかったよ。軽音、ダンス以外で5万以上ってないもんね。5万は、大事なメルクマールだと思うよ」
「オレも、そう思う。ヒメちゃん先生には悪いけど」
「言うなよサン。高校演劇の値打ちそのものが、そんくらいしかないんだから、あとはうちらで頑張るっきゃないよ」
「ごめん、中央大会の時は、PTAの援助費出るように努力するから」
「それでいいよ、先生。あんまり自腹切らないように、安月給なの分かってるから」
 これは、あたしも頷けた。お母さんの給料もおっつかっつだもん。
「じゃ……」
「あ、先生、ちょっと待って」
「なに?」
「ちょい、失礼……」
 村長は、ヒメちゃん先生の後ろにまわって、髪をいじりだした。
「ポニーテールってのは、アゴ先と耳を結んだ線の先がスィートスポット。ここより下がると印象が暗くなるんだ」
「うん、そのくらいがいい!」
 カンゴがOKを出した。
「うん、なかなかいいね。一日学校にいたら自分の身なんか、構わなくなっちゃうからね」
「いつでも元気でカワイイ、ヒメちゃん先生でいてください!」
「ありがとう!」

 ヒメちゃん先生は、結い直したポニーテールを揺らしながら、校舎の中に消えていった。

「次は、ハナだ!」
「え、あたしですか!?」
「あんたは、トップすぎるの。背が低いの気にしてんだろうけど、顔が長く見えすぎ。この際イメチェンだ!」

 で、あたしは、タカミナもどきのチョンマゲアップをほどかれて、ツインテールにされた。
「うん、かわいいよ。アップにすると表情きつくなるからね」
 カンゴの意見で決定。ユウも笑っているから、まあいいんだろう。
「ハナさん、ビフォーアフターのシャメ撮っときましたから、あとで見てください」
 ミサイルが、画像を送ってきた。

 そのあと、基礎練の仕上げにグラウンド三周……で、二週目で膝に違和感を感じた。ほとんど瞬間なもんで、ちょっちガクってきたけど、あとは平気で走れた。

「ハナちゃん、足くじいた?」

 カンゴには見抜かれていた。カンゴは、お母さんもお姉さんもナースで、その方面には、よく気がつく。しかし本人は役者志望という争議中の家庭だそうだ。
「あ、ちょっとグネッタだけです」

 これが、ハナの大問題の発端になるなんて思いもしなかったので、本気で笑顔で応えた。
「気が早いようだけど、キャストの発表やるね」
 なんと、村長が、作品決定三日目にして、キャストの発表をおこなった。

「二班編制。一斑は3年主力で、文化祭めざす。すみれはあたし、かおるはカンゴ、由香はサン、看護婦はモグ。二班は2年主力。実力120%発揮! すみれユウ、かおるハナ、由香はミサイル、看護婦はモグ共通。いい、文化祭では二班がアンダー……」
「あの、アンダーってなにですか?」
 モグが素朴な質問をする。
「いつでも代役に入れる役者のこと。そうすることによって、コンクールへの意気込みも全然違ってくるからね」
「なるほど、上手いシステムですね」 
「そのかわり、コンクールでは一班が二班のアンダー、優勝がかかってるんだからね、気い抜いてると、いつでも降板させるから、そのつもりで!」
 三年の間では根回しはしてあるんだろうけど、このスピード感と気合いの入れ方は、さすが村長だ。
「それから、ハナ、ツインテールに慣れたら、お下げにしてこい。役者はナリからだからな」
 気がつくとカンゴは、もうお下げにしていた。もうまるで、小学校からお下げしてますって感じで自然だった。

 ハナは、ミサイルから送られたシャメを見て、ツインテールも馴染んでないなあと思った。キャリアの違いか、根性の入れ方か、

 ひょっとしたら、その両方かもしれない……。 


 つづく


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高校ライトノベル・秋物語り2018・13『そんなんじゃないんだってば!』

2018-08-01 06:26:36 | 小説4

秋物語り2018・13
『そんなんじゃないんだってば!』


 主な人物:サトコ(縮めてトコ:水沢亜紀=わたし) シホ(杉井麗) サキ(高階美花=呉美花)


「へえ、ほんとはサトコちゃんなんだ……そうだね、リョウのサトコと被るもんね」 


 静かに驚きながら吉岡さんが言った。

 吉岡さんは、大学院生で、週に二三度来る常連さん。

 幽霊の瞳さん事件の再検証が決まったころ、阿倍野ハルカスでばったり出会った。で、近くの喫茶店でお茶になっているという次第。
 最初、声を掛けられたときはびっくりした。わたしたちは、お店と、それ以外じゃ、かなりイメチェンしている。店外でお客さんに声を掛けられるのは初めて。

 吉岡さんは、お店に来ても、雰囲気を楽しむ人で、あまり喋ったことがない。いつもニコニコしていて、気が付くと帰っている。レジ兼オーナーのリュウサンに聞くと、だいたい一時間ほどで帰ってしまうらしい。
 一度、友だちを連れてきたことがある。ポッチャリ以上デブ未満という感じの良く喋るニイチャン。
「吉岡のオヤジって、○○会社の社長なんだぜ!」
 ニイチャンがそう言った時は、静かに、でも真剣に怒っていた。そのニイチャンは二度と店には現れなかった。
「トコちゃんは、独特の雰囲気があるからね、シャメとかならともかく、動いていたらよくわかる」
「え、どういうとこがですか?」
「うん、テンポが人とちがう。どっちかって言うとゆっくりめ。あまり自分から喋る方じゃないけど、人のことはよく見ている。お客さんとの会話でも、そういうとこ出てるよ。で、興味のあることには、とことん真剣になる」
「そうですか……」
 それから、店のメンバーの品評会になった。あまり喋らない人なのに、評が的確だった。
「うん、言えてる、言えてる!」
 って感じで、お店に来るときの何十倍も話した。
 でも、賑やかそうな男女四人組が来ると、二人とも話しに集中できなくなり、店を出た。

「週末と水曜は、だいたいこのへんの古本屋うろついてるから、見かけたら、また声かけていい?」
「もちろん。お店にも来て下さいね!」
「もちろんだよ、じゃあ!」
 吉岡さんは、そのまま行ってしまった。普通の男みたいにスマホの番号も聞いてこない。わたしは、吉岡さんが信号を渡って見えなくなるまで見ていた。こんなことって初めて。

 その日も、吉岡さんは、お店に来た。

 いつものように寡黙で、適当に女の子と話を合わせて、一時間ほどで帰っていった。せめて一言ぐらい声かけてくれてもいいのに。ちょっぴり寂しかった。
「あのニイチャン、珍しい、わしの料理、しっかり食べていきよった」
「きっと、おいしかったんでしょ」
「ハハ、他にも上手いもんはあるのになあ」
「え?」
 タキさんは、それには答えず、メグさんをからかって、コワイ顔をされていた。

 その二日後、開店前にリョウのサトコさんが真顔でやってきた。
「あら、珍しい、御本家サトコ、どうしたのよ?」
「さっき、サカスのユウコが引っ張られた」
 ユウコってのは知らないけど、サカスは知っている。リョウと肩を並べているガールズバーだ。
「容疑はなんや、客引きか?」
「客と寝たのを内偵されてたみたい。あの子パープリンだから、余計なことしゃべって、今夜あたり店のガサイレだろうね。あんたとこも気を付けてね。リュウさん、しっかりしてね」
 それだけ言うと、サトコさんは自分の店に行った。

 サトコさんの言った通り、深夜サカスに警察が踏み込んだ。容疑は管理売春ということらしい。問題は、そのトバッチリを受けて、リョウにも警察が顔を出したことだ。

「チ、無いこと無いことでケチつけよって、評判落として潰すつもりやな」
 シゲさんとタキさんが、揃って鼻の穴からタバコの煙を吐き出した、ポルコロッソとピッコロ社の社長みたいだった。
「サトコは体張ってるからね、『そんなんじゃないんだってば!』って、息巻いてるんだろうね」
 メグさんが、呟いた。
「今夜は、もう閉めよか?」
「ばかね、後ろめたいですって言ってるようなもんじゃないの。さあ、今夜はパーッといくよ!」

 その数日後、自分の身にふりかかってくるとは、夢にも思わなかった。

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