アンドロイド アン・9
『エマージェンシー! エマージェンシー!』
従兄妹同士の婚約者という噂は急速に収まった。
クラスが離れているし、特段イチャイチャするわけでもないので、みんなの関心が続かないのだ。
やっぱ、最初にカマシテおくというアンの狙いは正しかったのかもしれない。
ボム!
くぐもった爆発音がした、いつかネットで見た地雷の爆発音に似ている。同時にリビングの照明が落ちた。
マンガ読む手を休めて首をひねると、ソファーの向こう、キッチンの方で小さな原子雲みたいなのが上がっている。
「どうかしたか、アン?」
スーっと立ち上がると、ソファーの向こうに突っ張らかった形のいい手足が見えた。
「ア、アン! 大丈夫か!」
脚をも連れさせながら寄ってみると、ジューサーのプラグを持ったまま、白目をむいてアンがひっくり返っている!
「ア、アン、アンアン!」
ファッション雑誌のタイトルみたいなのをバカみたく繰り返すんだけども、オロオロするばかり。
「す、すまん、俺がジュースなんか作ろうって言ったばかりに、おい、アン、アン、アン、どうしたらいいんだよ!?」
ワイドショーでやっていたジュースが美味そうなので、いっちょ作ってみるか! と、思い立ち「それなら、作ったげる!」と、アンがキッチンに立った。アンに作らせたら間違いは無いし、栞を挟みっぱなしのマンガも読みたいし「じゃ、頼むわ」と返事したのが悔やまれる。
コンセントとプラグには黒っぽいホコリが付着しているところを見ると、どうやらトラッキングのようだ。
ジューサーも、何年かぶりで棚から下ろしたもので、チェックしなかったことも悔やまれる。
人間だったら救急車を呼ぶところだけど、アンドロイドを救急病院に搬送しても仕方がない。
「え、えと、えと……」
オロオロ狼狽えていると、開きっぱなしの白めに、なにやら虫が行列……と思ったら、白目の左から右へテロップが流れている。
――エマージェンシー! エマージェンシー! 緊急回復ボタンを押してください 急回復ボタンを押してください ――
「え、え、急回復ボタンて、どこのあるんだよ?」
―― 胸部のエマージェンシーパネルを開放し 赤いボタンを押す ――
「え、え、胸部?」
ためらいながら、アンのカットソーを捲り上げる。
人と変わらない白い胸がせわし気に息づいている。
「パ、パネルって、どこにあるんだよ?」
肌はバイオなんだろう、すべすべで、ちょっと触れるにしても罪悪感がある。しかし、事態は急を要する。
フニ
あーーー(ヾノ・∀・`)ムリムリ!
再び白めに目をやる。
―― パネルが見つからないときは マウストゥーマウスで息を吹き込む 空気圧で緊急回復ボタンを押せる ――
「マウストゥーマウス?」
去年、保険の授業でやった人工呼吸の要領を思い出す。
―― 人工呼吸の実施方法で可能 ――
「よ、よし、えと……まずは気道確保だよな……」
アンの顎に手を当てて、クイっと持ち上げ、鼻をつまんで口づけの要領。
―― や、柔らけ~ い、いかん、実施だ実施 ――
中略
三分ほど人工呼吸を続けると、白目のテロップが消えて瞳が回復した。
フーーーーーーーーーーーーーーーーーー
空気が抜けるような長い息をして、アンが蘇った。
ただ、時間がかかり過ぎたのか、俺の人工呼吸が不備だったのか、そのまた両方か、アンには後遺症が残ってしまった……。
主な登場人物
新一 一人暮らしの高校二年生だったが、アンドロイドのアンがやってきてイレギュラーな生活が始まった
アン 新一の祖父新之助のところからやってきたアンドロイド、二百年未来からやってきたらしいが詳細は不明
町田夫人 町内の放送局と異名を持つおばさん
町田老人 町会長 息子の嫁が町田夫人
玲奈 アンと同じ三組の女生徒
小金沢灯里 新一の憧れ女生徒
赤沢 新一の遅刻仲間