高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ
01『妹とは他人の関係』
妹と同じクラスだと言ったら「え?」だろうなあ。
いまどき、ラノベだって、こんなベタな設定はしないだろう。
ところが、俺と妹は、そうなんだから仕方がない。
一度しか言わないから、しっかり聞いてほしい。
俺は過年度生なんだ。
去年、別の高校に入学したんだけど、いろいろあって二か月で辞めた。
で、今年、改めて今の高校に入学した。こういうのを過年度生っていうんだ。
正直勉強はできない。
ま、勉強ができていても前の学校は辞めていただろうけど。
勉強できないから、次の学校は、アホ学校しか行けないだろうと覚悟していた。
妹は良くできる。俺とは内申成績でニ十点以上の開きがある。
そんなバカな俺が、出来のいい妹と同じ学校に入ったのにはわけがある。
「さっさとしろよな!」
「先に行ってろよ、戸締りはしとっから」
「あんたの戸締りは当てにならない、もー、朝飯は歩きながら食え!」
「ウォッ! なにしやがる!」
食べかけのお握りを持っていかれる。
玄関ポーチに置かれたお握りを掴んだところで、カチャッカチャッと二重鍵が掛けられる。
「閉めんな! 靴もカバンも、まだ中だ!」
「うっさい!」
パチコーーン!
舞の平手が、俺の左頬に炸裂する。
「な、なにしやがる!」
「カバンはそっち! 靴はそこ!」
カバンと靴は、玄関前の両側、犬小屋の中に放り込まれていた。
「くそ!」
「あんたの行動なんて、お見通し!」
「てめー!」
「ジャカマシーーー!!」
舞のハイキックが唸りを上げる!
「グホッ!」
「フン!」
鼻息一つ残して舞は表通りを目指す。
「ハイキックなんかすんな! パンツ丸見え!」
――――死ねえーーーー!!――
口の形だけで吠えると、飲み残しのペットボトルを投げてきた。
けっこうなスピードだけど、俺はハッシと受け止める。
ペットボトルでも、まともに当たればガラスが割れる。家を壊すわけにはいかない。
舞が右へ曲がったところを左に折れる。
いったん家を出れば、あいつは芽刈舞(めかりまい)、俺は新藤新介。
家の外では、あくまでも他人の同級生なんだ。
秋物語り・25
『なにかが違う・2』
主な人物:水沢亜紀(サトコ:縮めてトコ=わたし) 杉井麗(シホ) 高階美花=呉美花(サキ)
※( )内は、大阪のガールズバーのころの源氏名
教室に入っても江角が授業をしなかった、入学以来初めてのことだ。
江角というのは、デモシカだけど、妙にカタチにこだわるところがある。
たとえクラス全員が寝ていても淡々と授業はやる。少々内職していても叱るようなことはしない。ただ、授業妨害にはうるさい。授業に遅刻し、全然関係ない話で盛り上がっていた男子数人に向かってチョークを投げ、真っ青な顔で近寄り、有無を言わせず張り倒したことがある。
「わたしの授業を潰すんじゃない!」
「いきなり、シバいといて、叱るこたあねーだろ……」
「小城ママみたいな寝言じゃ無い。叱ってんじゃない……怒ってんのよ、あたしは! あんたらみたいなバカがどうなろうと知ったこっちゃない。授業邪魔する、あんたらが憎ったらしいのよ。あああっ!!」
そう言うと、遅刻した男子の机を持ち上げ、廊下に放り出した。
あの時、江角は切れていた。それ以来、陰でこそこそはやるけれども、授業妨害する者はいなくなった。
わたしは、ただのヒステリーだと思った。
最低のオンナだと思った。
でも、今日の江角はちがった。
「昨日ね、バカが一人死んだ。高校からいっしょでね、生徒手帳丸暗記して、よく先生にも生徒にも突っかかってた。大学でも同期……在学中に司法試験受かってしまうほどのバカだった。裁判官になってね、バカな判決ばかり出して、先週最後の裁判で判決出して夕べ死んじゃった……物覚えがいいだけのバカ、歩く六法全書……最後の判決? まるでバカよ。今時自衛隊は憲法違反だって判決。笑っちゃうよ。スカすんじゃないっつーのよ! そんな憲法とか法律ばっか大事にして『自衛隊は憲法の精神及び第九条に照らし合わせ、明らかに憲法に違反したものである』 アッパレ護憲裁判官の死……そう書き立てるA新聞、マスコミ。あいつの心には平和主義なんてかけらもないのよ……じゃ、なんでそんな判決? バカだからよ。死んで正解だったかもね……あいつ、憲法が改正されたら真逆の判決出してるわよ。日本の軍隊は合憲であり、集団的自衛権は個別的自衛権と並んで、車の両輪である……あいつのところに、日の丸やら君が代の訴訟がこなくてよかった……だって、法律で決まってるんだから、自衛隊とは真逆の判決出すわ……あいつにとって裁判は言葉遊び。中学生が証明問題に熱をあげるのといっしょ……答を出す情熱しかなくって、本当の正義なんて、あんたらの百分の一もない……そう、わたしはイラツイてんの! あいつの、そういうところ……学生のころから分かってた……だから、そこ直してほしくて……裁判官はね、一度人間になって、その人間を心の底に沈めて、そいで裁判官にならなきゃいけないのよ……そう、男の裁判官。それがなにか……?」
「先生、好きだったの、その人?」
クラスでわたしだけが質問した。
「どうだろ……どうなんだろ。ただ人間には成って欲しかった。大人の人間には……裁判は、中学生の証明問題なんかじゃないんだから。で、あの才能と情熱を……わたしは好きだった……そうよHクン。そう言う関係にもなったわ……その時、少しだけ人間的になった。でも朝になったら判例集読みふけっていた。わたしは嫌になった……辛抱が足りなかったのかもね、一度は変わりかけたんだからね……」
わたしは、江角のことを教師としては認めていない。でも、人間……オンナであるとは思った。
江角は、問わず語りに、自分にも、変わり目の時期があったことを認めた。わたしは、そう受け止めた。
江角は、死んだ裁判官をバカだと何度も言った。でも、あれは自分に対して言ってる言葉のように感じられた。
なんか違う……そう感じたとき、江角というオンナは飛びきれなかったんだ。わたしは思う。去年の大阪での一夏。わたしも麗も美花も飛んだんだ。今思えば「なんか違う」と感じていたんだ。
そして、今、わたしは次の「なんか違う」にぶつかっていた。
江角のように簡単に逃げたりはしない。
その試練は、秋の実りをとりいれるように、忙しくやってくることになる……。