立花麗花は、ガキンチョの頃から麗花という名前が嫌い。だから自分でも人にもハナで通していた。改まったときには「花」 お調子者のハナは中学からの友だち優香とともに神楽坂高校の演劇部に入った。部長が「村長」以下、サン、カンゴ、ミサイル、モグと変なニックネームと個性の仲間のなかでも「ハナ」と呼ばれた。今年の作品は『すみれの花さくころ』に決まる。そんな中、ハナは右の膝にかすかな違和感を感じた。
村長は、微かに鉄の焼けるような臭いをさせていることがある。特に月曜なんか……。
「あら、やだ。あたしって家の臭い付けたままだった」
「あ、ああ、そんなことないですよ」
モグが慌てて否定した。
「気を遣わなくてもいいわよ。モグ正直だから、顔に出てるよ。うちね、鉄工所だから、ちょっと手伝ったりすると、鉄の臭いがついちゃうのよね……」
そう言って、村長は芳香性のある消臭スプレーをかけた。
「どーよ、あたしだって、こうすると、かなりイケテんでしょ」
村長は、そういうと悩ましく髪を掻き上げ、首筋にもスプレーした。ハナは、改めて村長の魅力を思い知った。ハナは意識的にゲンキハツラツして7。村長先輩は、ただでも10。こんなふうにされると、女の自分でも鼻血ブーの20ぐらいになってしまう。
「じゃあ、今日も張り切って、基礎練習から!」
というわけで、ストレッチ、軽いランニング、発声練習、無対象演技、そんで最後に、シメのランニング。
基礎練なんで、ゆっくりいきゃあいいんだけど、レイとは中学以来のデコボココンビ、遅れるわけにはいかない。そこに後輩のミサイルが、名前の通り、最終コーナーで追い上げてきた。
「くそ、ミサイル!」
そう言って、スパートをかけたところだった。右膝に激痛が走り、ハナは悲鳴をあげてひっくり返った。
「靱帯とか、肉離れじゃないわね、多分骨だわ、サン、養護の先生とこ言って救急車呼んでもらって、村長はヒメちゃん先生に連絡。ミサイルとモグは優しく、患部に手を当ててやって。あたしは担任の藤田さんとこ行く!」
すばやくカンゴは、皆に指示を与えると、テキパキ動き出した。ハナは呻きながらも、演劇部のチームワークのすごさを実感した、でも……痛ったいー!!!!
でも、そのときは、降りかけた雨が気になったが、そんなに凄いことになっているとは夢にも思わないハナであった……。
「結論を申し上げて、お嬢さんは骨肉腫です」
ドクターは厳しい顔でハナの母親に告げた。それ以上の厳しい結果を告げるため。
「骨肉腫……若い子に多いんですよね」
「このCT画像を見てください……この白く写っているのが病巣です」
母は、息を呑んだ。白い病巣は、膝だけではなく、その下のスネや足首の関節にも小さく転移していた。
「これが、全部……骨肉腫なんですか」
「非常に珍しい病例です。このCTで分かるだけでも膝を中心に、8カ所病巣が確認できます。明日から精密検査に入ります……一般的には、患部を切除し、人工骨に置き換え、残りの小さいのは放射線治療で、90%は完治します。しかし、最悪の場合膝から下を切除しなければならないかもしれません」
ドクターは、試すような目で、母の顔を見た。
「切除って、足を切るってことですか……」
「むろん、これは最悪の状況を申し上げているだけで、上手くいけば完治します」
「最悪じゃんかよ……」
村長は、パソコンの画面を落とした。村長は、昼の間に、診療室にてんとう虫形の超小型カメラを仕掛けておいたのだ。扱い慣れた軍事用の、それである。
そのとき、村長の耳に直接ミッションが飛び込んできた。
――緊急招集、尖閣にC国の特殊部隊が潜水艦で上陸の予想、ビレッジメイヤーは直ぐに立川基地へ――
「ち、こんなウィークデイにかよ」
ボヤキながらも、戦闘服に着替えると、窓を飛び出し、向かいのビルの屋上にジャンプ。装着式のジェットに点火した。
「不憫なやつだ、友子も……」
還暦を過ぎた父一人が、工場の窓から娘の出撃を見送った。
――ブラボー・1から、ブラボー・2へ、タカは飛び立った、タカの背中に乗れ――
「ち、アクロバットかよ!」
五分後、箱根上空で、F4ファントムとランデブーした村長は、F4が失速寸前の40ノットまで速度を落としたところを見計らって、後部座席に収まった。
「まったく、あたしのスクランブルのために、こんなクラシック残してんじゃないでしょうね!?」
「半分当たり」
「あとの半分は?」
「日本人の物持ちの良さを世界に宣伝するため」
半世紀前に採用されたロートルは、それでも1時間ちょっとで、日本海上空を飛ぶオスプレイとの二度目のランデブーに成功した。
「これだけのマッチョ揃えて、か弱い少女をこき使おうっての?」
村長は、馴染みの海兵隊のカーネル(大佐)に嫌みを言った。
「3年ぶりだな、メイヤー。あいかわらずのキュートさだ」
「嫌みね、あたしが歳とれないの知ってて言うんだから」
「気に障ったらごめんよ。無骨なもんで、女の子の誉め言葉には慣れてないもんでね」
「カーネルは来年退役でしょ。フライドチキンでも売ればいいわ」
狭いオスプレイの機内が爆笑に包まれた。このカーネルは、匍匐前進も満足にできない新兵のころからの知り合いだ。米軍でも、村長のことを知っている、ほんの僅かの一人である。
「えー、こんな格好でヤレっていうの!?」
尖閣の南小島に着いた村長は叫んだ。なんと上下ショッキングピンクのビキニを着せられた!
つづく