妹が憎たらしいのには訳がある・7
『幸子の首席合格』
幸子の路上ライブは動画サイトにアップロ-ドされてしまった。
幸い、東京の中学の制服の上にダッフルコート。恍惚として唄う表情は、いつもの幸子とは違ったもので、ケイオンのみんなも気が付かずじまい。アクセスも、一日で八百ほどあったが、それに続く情報が無いので、しだいに減ってきた。
ボクは、お父さんが言った「過剰適応」という言葉にひかかった。
多分心理病理的な言葉だろうと、当たりをつけて検索してみた。
――過剰適応症候群(over-adjustment syndrome)とは、複数の人間の利害が絡み合う社会環境(職場環境)に過度に適応して、自分の自然な欲求や個人的な感情を強く抑圧することで発病する症候群のこと――
……少し違うと感じた。
幸子は、まだ、俺の真田山高校に受かったわけでもなく、ケイオンに入ったわけでもない。単に半日体験入学をしただけで、加藤先輩たちにノセラレただけである。複数の人間の利害が絡み合う社会環境にあるとは言えない……でも、深く考えることは止めた。
その日以来、幸子はギターに見向きもせず、受験の準備にとりかかり……というか、佳子ちゃんといっしょに参考書や問題集に取り組みながら、お喋りしていることが楽しいらしく、佳子ちゃんと楽しく笑っている声や、熱心に勉強している気配が幸子の部屋からした。
まあ、その分、俺への憎たらしい態度は、少しひどくなり、一日会話の無い日もあった。それでも、俺がリビングでテレビを見ていたりして気配を感じ、振り返ると、幸子が無表情で立っていたり……でも、根っからの事なかれ人間の俺は、こんなこともあるだろうと、タカをくくっていた。
そして、入試も終わり、合格発表の日がやってきた。
まあ、偏差値56の平凡校。幸子にしてみれば合格して当然。
「あーーーーーー!! 受かってるよ、佳子ちゃん!!」
今や親友になってしまった佳子ちゃんの合格のほうが、よほど嬉しかったようだ。佳子ちゃんは、人柄は良い子なんだけど、勉強、特に理数が弱く、この数週間、幸子といっしょに勉強したことが功を奏したようだ。
幸子のことで驚いたのは、その後である。
合格発表の午後、合格者説明会が体育館である。校門から、体育館までは、部活勧誘の生徒達が並ぶ。ケイオンは祐介を筆頭に一クラス分ぐらいの人数で勧誘のビラを配っていたが、幸子を見つけると、みんなが幸子を取り巻いた。
「ねえ、サッチャン。もう部員登録してええよね。君は期待の新人なんやから。こないだ、学校見学にきたとき……」
「ごめんなさい。わたし、演劇部に決めちゃったから」
え!?
ケイオンの一同が凍り付いた。
「え、演劇部て、もう廃部寸前の……」
「部員、二人しかおらへんよ……」
「わたしが入ったから三人で~す!(^0~)!」
明るく言ってのけた幸子に部員は言葉もなかった。
幸子は涼しい顔で、お母さんと体育館に向かった。その後、俺が、部員のみんなから、どんな言葉を投げかけられたかは……伏せ字としておく。
ほんとうに驚いたのは、帰宅してからだった。
「なんだか、新入生代表の宣誓することになったわよ、幸子」
お母さんが気楽に言った。
「それって、入学試験のトップがやることになってるんだよ!」
祐介からもメールが入っていた。
――サッチャン首席。それも過去最高の成績らしい。この意味わかるやろ!?――
吉田先生が、常々言っていた。「三十年前に、府立高校の入試で最高点出した奴がおった。そいつは、国語で一カ所間違えただけで、ほぼ満点やった。そいつは……いや、その方は、いま国会議員をしておられる」
だから、過去最高というのは、入試問題全問正解……たぶん、大阪府下でも最高だろう。
「あ、そう」
佳子ちゃんの合格祝いから帰ってきた幸子はニクソイほどに淡泊だった。一時間ほどは……。
幸子の部屋から、聞き覚えのある歌声が聞こえてきた。
「またアップロードされてる……」
幸子のパソコンのモニターからは、あの駅前路上ライブの動画が、再編集されて流れていた。音声も映像もいっそうクリアになっている。
そして、それを見ている幸子の目は潤み、発作のようにガタガタ震えだした……。