妹が憎たらしいのには訳がある・9
『幸子 事故に遭う』
その日は言い出しかねた。
入学式の入学宣誓は、同席したみんなが驚いた。
宝塚のスターのように堂々とした宣誓は大評判で、参列した指導主事(府教委から派遣された監視役)が、ぜひ、府のネット広報にアップロードしたいと申し出があった。アップロ-ドするということは、誰かがビデオ撮影していたということだけど……まあ、俺は、そういうことは深く考えない。
要は、話しかける隙がなくて幸子にケイオン入部の申し入れができなかった。
「ドンクサイねんから、太一は。アタシがさっさとOKとっといた。演劇部とも話ついてる」
「え、いつの間に!?」
「ダテに三年生やってへんで。演劇部は木曜休みやから、木曜はベタ、あとは気の向いた時に朝練しにきたらええ……という線で手ぇ打った。まあ、演劇部は、一学期には壊滅するやろから、実質ケイオン専門になっていくやろけどな。アハハハ……」
高笑いを残して、加藤先輩は行ってしまった。
明くる日から、幸子は俺のアコギを担いで学校にいくようになった。
「朝練に使うの、終わったら部室に置いとくから。ギター遊ばしといちゃもったいないでしょ」
前の晩、風呂上がりに俺の部屋にきて、いつもの憎たらしい無表情でアコギに手をかけた。そのとき幸子のパジャマの第二ボタンが外れ、胸が丸見えになったが、例によって気にする様子もないので、なにも言わなかった。ただ、ほんのかすかにラベンダーの香りがしたような気がした……。
演劇部の練習は、なんと幸子がリードするようになった。
初日は、単調な発声練習を言われるままにやっていたが、二日目には幸子がクレームを付けた。優しく提案というカタチではあったが。
「新しい発声やってみません?」
幸子が見本を見せると、先輩二人よりもかなり上手い。で、あっさりと、幸子のメソードに切り替わった。
「ちょっと走ってみません。長音で二十秒ももたないのは、肺活量が弱いからだと思うんです。わたしも弱いから、付き合っていただけると嬉しいんですけど(o^―^o)ニコ」
と、可愛く言う。で、演劇部はストレッチをやったあと学校の周りをランニングすることになった。
「山元先輩、もうちょっと足伸ばすとかっこいいですよ。宮本先輩、胸をはったら、男の子が……ほら、振り返った!」
「アハハハ……」
完全に幸子が主導権を握っているが、あたりが可愛く柔らかいので、二人の先輩は、そうとは感じていない。
幸子と暮らし始めて一カ月あまり、俺は半ば無意識に幸子を観察しはじめていた。
その他大勢のケイオン平部員である俺たちは、部活の開始時間はルーズなので、少々遅れても、誰も文句は言わない。それに、アコギは、幸子が朝練でチューニングをやってくれているので、その分時間もかからない。俺は正門前の自販機で、パックのカフェオレを買って飲んでいる。食堂の業者が代わり、いつも飲んでいるやつが、正門前のそこでなきゃ買えなくなったことが、直接の原因ではあるけれど。やっぱり俺は観察していたんだ。
それは、ランニングを始めて三日目に起こった。
ランニングは、最初の一周は三人いっしょに走るが、二周目は、幸子は立ち止まり、コーチのような目で先輩たちのフォームを観察していた。俺は、校門前でウダウダしている生徒たちに混ざってカフェオレを飲んでいる。
「幸子ちゃん、かっこええね……」
まだ、部活が決まらない佳子ちゃんが並んで、ため息をついた。
佳子ちゃんは、がらに似合わず、缶コーヒーのブラックを飲んでいる。塀に上半身を預け、足をXに組み、ポニーテールを春風になぶらせている佳子ちゃんも、けっこういけてるなあ……。
そう思ったとき、道の向こうから、少々スピードを出しすぎた軽自動車がやってきた。運転しているオネエチャンはスマホを持ったままで、学校の校門前にさしかかっていることに気づかない。
――危ない!――
思った時には体が動いていた。
「幸子!」
幸子が振り返る。そして景色が二回転して衝撃がきた。
「幸子、大丈夫か!?」
「大丈夫、お兄ちゃんは……」
無機質でニクソゲに幸子は応えたが、ジャージの左肘と左の太もものところが破れて、血が滲んでいた。
「佳子ちゃん、救急車呼んで! だれか先生呼んで来て!」
それから、救急車やパトカーや先生たち、ご近所の人たちがやってきて、大騒ぎになった。一見して幸子の傷がひどいので、幸子はストレッチャーにのせられ、俺は、念のための検査で救急車に乗った。
俺は、スマホを出して、お母さんに電話した。
――先生から電話があった。お母さんも、すぐ病院へ行くから! 救急隊の人に病院を聞いて!――
病院は、真田山病院だった。
俺は、簡単に頭のCTをとり、触診だけで解放されたが、幸子は、左の手足に裂傷を負っており、縫合手術をされ、レントゲンが撮られた。そして、医者がレントゲンを見ながら、とんでもないことを言った。
「妹さん、左手は義手。左脚は義足なんだね……それも、とても高度な技術で作られている。こんなの見たこともないよ」