妹が憎たらしいのには訳がある・10
『憎たらしさの秘密・1』
お袋は、息を切らして病院にやってきた。
裂傷だけで命に別状はないことは伝えてある。しかし小五のときに続いて二度目の事故、俺には憎たらしい妹だけど、女の子。顔や体に傷が残らないか心配だったのだろう。
俺も左手足が義手・義足であると聞かされてビックリしていた。義手・義足であることは、この一カ月、全然気づかなかった。
「念のためMRIを撮ります。それにしても、あの義手・義足は、どうなさったんですか。完全に体と一体化していて、筋肉や皮膚組織も、一見生体のものと変わりはありませんが、人間の組織ではありません。よかったらお話を伺えないでしょうか?」
医者が興奮気味に聞いてきた。
「小学校五年生の時に交通事故で……ある大学の研究に秘密で協力することを条件に。あの義手・義足にしていただいたんです。医学的にご興味がお有りだと思うのですが、そういう事情ですので、これ以上のお話はご容赦願います」
穏やかだが、きっぱり言うと、お袋は幸子の病室に向かった。
「ごめんね、お母さん。ちょっとドジちゃった」
「いいのよ、切り傷だけで済んだみたいだし。ちょっと髪が乱れてるわね。直してあげるわ」
「うん」
お母さんにはまともに話をする。いや、他のだれにでも……俺にだけだ、あんな無機質な憎たらしさで受け答えをするのは。
お母さんは、旧式の携帯を持ったまま、ブラシをかけてやった。
「お母さん、携帯は置いたら」
「いえ、これは必要なの……太一にも話しておかなければならないかもね……」
「お兄ちゃん……何を聞いてもおどろかないでね」
あいかわらずのニクソイ歪んだ笑顔で幸子が言った。
お母さんは、幸子の左の髪を掻き上げて、左耳の後ろを顕わにした。瞬間、耳の後ろの皮膚が、ハンコぐらいの大きさで、僅かに盛り上がっているのが分かった。お母さんは、そこに携帯の先端を押し当てると、例の蚊の鳴くような電子音がした。そして、次の作業に掛かろうとした時に看護師が入ってきたので中断されてしまった。
「太一、幸子の部屋に……」
親父が、そう言って、先に幸子の部屋に向かった。
作業は自宅に帰ってから再開されたのだ。
先にお袋が入っていたので、部屋が少し狭く感じられた。幸子は無表情でベッドの端に腰掛けている。
「イグニッションモードになってるんだね」
「ええ、お人形さんといっしょ」
「太一。もうお前に隠しておくことも難しくなってきた。今度こそ幸子の秘密を見せる。このことに目を背けてはいけない。そして、これから見ること、聞くことは、誰にも話しちゃいけない。いいな」
「約束できるわね」
両親の真剣な目にたじろいだけど、俺は決心した。俺が知っておかなければならない幸子の秘密は、とてつもないものだという予感がしたが、兄として、しっかり向き合わなければならないことのような予感もしたからだ。
「まず、この画像を見て」
お母さんは、幸子のパソコンのキーをいくつか叩いた。
「これは……」
「そう、昼間病院で見せてもらったMRIの画像」
それは、左の腕と脚だけがアンドロイドのようで、あとの体は普通の人間の体をしていた。
「これはMRIに掛けたダミー画像。ドクターには、あくまで特殊な義手・義足ということで納得してもらったわ。秘密研究だということで、あの後、厚労省の役人にも行ってもらった。この画像も処理してもらったわ」
お母さんは、さらにいくつかのキーを押した。
「これが、幸子の本当の姿」
そのMRIの画像の幸子は、全身がことごとく、どう見てもサイボーグだった。
「幸子、裸になって」
「……はい」
無機質な返事をすると、幸子は、着ているものをゆっくり脱ぎ始た……。