高校演劇事始め『また逢う日まで・1』
こう暑いと、屁も出えへんわ……
ツルハシを持ち上げた手を下ろし、まるで、そのバランスをとるために上げたような尻を、お天道様に向けて、勇夫はつぶやいた。
「屁も出んようじゃ、B29も墜とされへんわな」
ゲンヤンが、首の汗をぬぐいながら賛同し、シャベルを、盛り土につきさした。
「シャベル放り出して、しゃべる奴があるか!」
頭の上から、下手な洒落がが降ってきた。
鐘突き堂……といっても、鐘そのものは春に金属供出させられて、鐘無しのしまりのないそこから、代用教員であり、この寺の住職でもある長田先生が作業を監督している。
「センセ、シャベルっちゅうのは敵性言語ですよ」
土運びの動員にきていた、女学校一年の麻里子が言った。
「そやから、洒落で、叩きのめしたやないか」
「アハハ……」
防空壕掘りにかり出された、二十人の生徒たちが一斉に笑い出した。
今で言うオヤジギャグにでも笑っていなければ、腰くだけになってしまいそうに八方ふさがりで、栄養失調な中学一年生や女学生たちであった。
「昼にはラジオで重大放送があるさかいに、それまでにアラアラにでも掘りあげなあかんで」
長田先生は、南の空を見上げた。
「今日は、グラマンも来いしませんね……」
クラスで一番目が良く、予科練志望の駿夫が先生の気持ちを代弁した。
「……なにか重大な攻撃の前触れやろか」
「さあ、ボサッとしてんと掘らんか!」
長田先生は、見透かされた不安を打ち払うように檄を飛ばした。生徒達も、山に松根油を掘りに行かされた班よりもマシと精を出した。
昼前に村人達が、寺の本堂に集まって、ラジオの前でかしこまり始めた。生徒たちは入りきれないので、本堂の縁側で正座した。
重大放送が流れたあとは、ひとしきりの蝉時雨しか聞こえなかった。
「……日本は負けてしもた」
長田先生が虚脱したようにつぶやいた。
勇夫たちは、鐘突き堂の防空壕に目をやった。
その穴だけの防空壕は、そのまま勇夫たちの心に開いた、まさに穴であった。「ポッカリ」という言葉が頭に浮かんだ。
敗戦の衝撃よりも、湧きだしてきた徒労感をもてあました……。
つづく