トモコパラドクス・7
『友子の連休』
昨日の「こどもの日」は、お母さんはゴルフ。お父さんは家事にいそしんでいた。
もっと詳しく言うと、母の春奈は大阪の大手デパートとの契約のための接待ゴルフ。父は新しいルージュの開発プロジェクトのため、アイデアを練っている。で、父の一郎は、家事をやっているときが一番思考に集中ができた。父が早く亡くなり、母が認知症で家事が出来なくなってからの習慣というかクセである。それもこれも、元を質せば三十年前、姉である友子が、あんな酷い死に方をしたのが原因ではある。
「一郎、そんなに根詰めるとバテちゃうよ」
二階から降りてきた友子が、パジャマのまま、リビングの一郎に声をかけた。食器を整理していた一郎が手を休めて不足そうに言う。
「オレは、こうしてるときが一番なんだ。体は別のことに集中しているとき、感性がもっとも研ぎ澄まされる」
「ま、そりゃそれでいいけどさ……なんだか、申し訳ないわね。わたしの三十年間の不在が、一郎に、こんなクセつけさせたんだよね」
「そりゃあ、姉ちゃんのせいじゃないよ。あの訳の分からない未来の団体が悪いんだ」
その未来の団体が利権化して、この三十年の不在には意味が無いんだ……とは言えない友子だった。
ピンポーンとドアホンの音がした。
「あ、回覧板ですか、今すぐ……」
と、一郎が対応したときには、友子が玄関を開けていた。
「すみません、こんな格好で。回覧板ですね」
「あ、あなたね、今度やってきた鈴木さんのお嬢ちゃんてのは」
森久美子というか森三中というか、気のいいオバサンが気楽に声をかけてきた。ちなみに、このオバサンも森さんである。
「はい、友子っていいます。本当は遠縁なんですけど、事情があって義理の親子やらせてもらってます」
「事情……」
「あ、両親が亡くなったんで、こっちのお父さんは、亡くなった父の従兄弟の子になるんです」
友子は、務めて明るく言った。こういうときの友子は、とてもイイ子に見える。
「……そうだったの。ごめんなさい、立ち入ったこと聞いちゃって。隣同士だから、なんかあったら遠慮無く」
「ありがとうございます……近頃空き巣が多いんですね」
回覧板を見て、友子が言った。
「そう、先月は、町内で三件も。ぶっそうね」
「あ、お父さん、ハンコ!」
――うーん――という声がして、一郎がでてきた。
「どうも森さん。うん、姉ちゃん……」
ハンコを渡す一郎に、森さんは目を見張った。
「ネエチャン……」
「あ……わたし、亡くなった母に似てるんで、お父さん間違えちゃったんです」
「あ、友子ちゃん。お隣にはオバサン持っていくわ。起きたとこなんでしょ?」
「あ、すみません。つい連休なんで油断しちゃって」
「その年頃は眠いものよ。じゃ、またよろしく」
気のいい森さんは、その足で隣の中野さんの家に行った。
「一郎、気をつけてよね。人前では、ちゃんと友子っていうこと」
「え……言わなかったっけ?」
「言ってない」
友子は、さっきの会話を再生して一郎に聞かせた。
「ありゃりゃ……」
「こうなったら、二人きりの時でも親子でいこうか。とにかく慣れだから……ん?」
「どうした、姉ちゃ……友子?」
「中野さんちは留守なの。朝出かけるの確認済み。森さんも郵便受けに回覧板置いていった……なのに、人の気配?」
思いついたときは庭に出ていた。塀を一飛びすると、中野さんのリビングで物色している空き巣に気づいた。そのまま中に踏み込んでは、リビングをめちゃくちゃにしてしまう。
そこで、友子は音もなくサッシを開けると、玄関とドアの間に入った。
「なにしてんの、人の家で」
空き巣は、いきなりの声にぶったまげて、思惑通り庭に面したサッシから、外に逃げていった。
「待て!」
空き巣は、あっけなく中野さんの前の路上で友子に取り押さえられた。
「森さん、空き巣。警察呼んで!」
空き巣は十万馬力の友子に押さえられて身動きもできず、あっさり、駆けつけたお巡りさんに捕まえられた。
たまたま近所にロケにきていたテレビ局が、これをスクープした。
「いやあ、火事場の馬鹿力ですう」
と、友子は可愛くかわしておいた。
ただ、夕方のニュースで、映し出された映像の友子はパジャマ姿のままで、第二ボタンが外れ、危うく胸が見えてしまいそうであった。一郎が叱られたのは言うまでもない。
明くる日の代休は、家族三人で新宿に出かけた。そして、ここでも人知れず事件が起こった。
ある外交官が拉致されようとしていたのだ。外交官は相手をただの商社の人間と思っている。そばには、すごい美人が寄り添っている。ハニートラップの最終仕上げのようだ。
「まあ、先生。こんなとこで何やってるんですか?」
まるでゼミの学生が街中で教授に会ったような感じで寄って行った。
「先生?」
被害者と加害者が、同時に不審な顔で友子を見た。同時に三人のスマホが鳴った。
「緊急連絡の着メロ、出なくていいの?」
そういうと、三人は、それぞれスマホを取りだした。
「こ、これは!?」
「あなたたちが、やったスパイ行為、ハニートラップ、証拠写真、資料、経歴、載っているのはあなた方のスマホだけじゃないわ。ユーチュ-ブで世界中にばらまいちゃった。公安にはダイレクトでね」
男が催涙スプレーを出したが、友子は手首を取ると、男の手首をへし折り、それを取り上げ、ごく微量を男と女の目に吹き付けた。そして、車のタイヤに蹴りを入れるとパンクさせ、通りかかったタクシーを止めて、そのスジまで送るように頼んだ。
「○○さん。外交官としては、もうおしまいだけど、この人達みたいに命に関わることはないから。おっと、ここで死んじゃ、タクシーの迷惑よ。いま二人が飲み込んだのは、ただの清涼剤。青酸カリは、預かった。それから、それミント味の睡眠薬……もう寝ちゃった」
タクシーを見送って、ショウウインドウに映る自分の顔にびっくりした。いま売り出し中のアクション女優にそっくり。自分に擬態の能力があると知った瞬間だった……。