大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・トモコパラドクス・8『乃木坂の白い雲』

2018-09-26 06:50:29 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・8
 『乃木坂の白い雲』  
     


 連休明けの空には、ポッカリ雲が浮かんでいて、乃木坂を学校へ向かう友子は見とれていた。

 義体になる何年か前に、両親に連れられていった遊園地のことを思い出していた。いま父をやっている一郎は、まだ幼稚園で、ちょこまかとよく動き目が離せなかった。友子は、面倒なガキだと思いながら、姉として弟への愛情は十分持っていた。だから遊園地で一郎が急に走り出し「コラ!」と言って、背中のリュックを掴まえバランスを崩し姉弟重なって芝生に転んだときも、じゃれ合いながらケラケラ笑えた。その時も、こんな雲が浮かんでいたなあ……そう思ったら、歩道の敷石につまずいて、前を歩いていた担任の柚木先生のお尻を掴んでしまった。
「ウワー!」
「キャー!」
 という声が一度にして、通学通勤途中のみんなが注目した。
「また、友子!?」
「あ、すみません。つい空の雲見て、思い出にふけっていたもので……」
「あなたね」
「でも、先生って、いつも生徒が危ないというところにいらっしゃるんですね。教師の鑑です」
「それは嬉しいけど、今度は他の先生にしてちょうだい」
「はい、すみません」

 先生は、さっさと先を急いで行ってしまった。

「どうだった、柚木先生のお尻の感触は?」
 気がつくと、クラスの委員長大佛聡が、落っことしたカバンを拾ってニヤニヤしていた。
「それは個人情報で、その質問はセクハラよ、オサラギサトシ君。委員長としても問題ありだな」
「おれの名前、覚えていてくれたんだな。それも正確に。たいがいのやつはダイブツソウって読んじゃうんだぜ」
「カバン拾ってくれてアリガト!」
 そう言って、友子はさっさと歩き出した。
「おい、待ってくれよ!」
「また、教室でね!」
 友子は、その時、競歩なら世界新のスピードで校門へ向かった。大佛も走って追いかけてくるほどのバカではないようだ。

 友子は、まだ自分の力がコントロールできない。

 昨日は外交官を拉致から助けたとき擬態の能力があることが分かった。スゴイと思ったら、さっきみたいにズッコケる。初日は敵を誘い出すための計算した行動だったけど(それで白石紀香は姿を現したけど、もう、敵などという状況ではないことが分かった)今のは完全な不可抗力。どうやら、自分の中にはいろんなモードがあるようなんだけど、その種類も切り替え方も分からない。

 クラスはおろか、この二日あまりで見た生徒や先生の情報は全て記憶してしまった。

 今の大佛聡の情報が一瞬頭に浮かび、彼が一番好意を持つような対応をしたことなど、友子の意識の中にはなかった。
 これは、友子の親和的プログラムのなせるワザで、友子が義体を手に入れ、三十年ぶりに人と関係が持てる喜びから、発動されたもので、白石紀香が敵ではないこと、また、当面は戦わなければならない状況などにはならないだろうという安心感からも来ていた。

 そして、放課後までには、ほとんどのクラスメートと仲良しになってしまった。

 六時間目に柚木先生が授業に来たが、歩き方が微妙におかしい。他の生徒は気づかないが、先生のニュートラルな歩き方を覚えてしまった友子には分かった。朝、友子が掴んだお尻が、目を透視モードにすると青あざになっていることが分かった。申し訳ない気持ちになった。
 そして、先生の気持ちに曇りがあることにも気づいた。
 空席になっている長峰純子という生徒のことが気に掛かっているのだ。入学して一週間ほどで来なくなった、長欠の始まりだ。電話や家庭訪問をくり返しているがラチがあかないようだ。柚木先生の記憶を基に長峰純子の情報を取り込んだ。長峰興産という大きな会社の社長の一人娘だ。すると長峰興産の表と裏の情報が頭に流れ込んできて、友子は慄然とした。
「鈴木さん、十五ページの漢文読んでみて」
 柚木先生が、ボンヤリしている友子に当てた。目の奥には若干の意地悪が籠もっていたが気にもならなかった。
「はい、渭城朝雨潤輕塵 客舎青青柳色新 勧君更盡一杯酒 西出陽關無故人」

 教室中がシーンとなった。

 王維の『送元二使安西』を完全な中国語の発音でやってのけたのである。
――しまった――そう思った時は、華僑の生徒である王梨香が一人感激の眼差しで、見つめている。
「鈴木さん。中国語できるの……?」
「あ……NHKの中国語講座で、ちょっと」
「汝会说汉语! あ、あなたとっても中国語がうまいわ!」
 梨香(ワンちゃん)が感激のあまり、中国語と日本語で賛辞を送った。
「じゃ、ついでに訳してもらおうかしら」
「は、はい。渭城の朝の雨が軽い砂埃を潤している 旅館の前の柳の葉色も雨に洗われて瑞々しい 君にすすめる。昨夜は大いに飲み明かしたが、ここでもう一杯飲んでくれ。西域地方との境である陽関を出れば、もう友人は一人もいないだろうから……アハハ、こないだ中国語講座で出てきたとこなんです」
「ああ、ここの解説は、又今度にして、白楽天にいきます!」

 やってしまった。と、反省しきりの友子であった……。
 

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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・31『里中ミッション・3』

2018-09-26 06:41:26 | ボクの妹

が憎たらしいのには訳がある・31
『里中ミッション・3』
    


 俺の脳みそとねねちゃんのCPが一緒になってのお仕置きが始まった……。

「大阪城の天守閣って、鉄筋コンクリートなんだよね」
 まずは、小学生レベルの話題で、拓磨の自尊心をくすぐる。
「ああ、そうや。昭和の6年に市民の寄付金で再建されたんや。150万円の寄付が集まったんやけど、5万円はうちのひいひい祖父ちゃんが寄付しよったんや」
 拓磨は、単純にのってきた。
「すごい、再建費用の5%だね!」
「ハハ……ねねは、数学弱いんだな」
「どうして?」
 拓磨は、アイスクリームを買いながら計算していた。
「150万円のうちの5万円なら、3・3%じゃん。ほら」
 アイスをくれた。
「このアイスいくら?」
「いいよ、こんなのオゴリの内にも入らへん」
「いいから、いくら?」
「うん、300円やけど」
「150円が儲けで、120円がアイス。30円がカップかな」
「なんや、原価計算か?」
「天守閣は50万円しか掛かってないんだよ。このアイスのカップみたいなもの」
「え……ほんなら残りの100万円は?」
「公園の整備費が20万円。残りは後ろの三階建て?」
「なんや、この地味なテーマパークのお城みたいなんは?」
「陸軍の師団司令部」
「こんなもんに金使うたんか!?」
「ここ軍用地だもん。バーター交換」
「せやけど、80万はエグイで。半分以上やないか」
「でも、それは大阪市民には内緒だったんだよ」
「それは、ひどい!」
「その提案したの、市会議員やってた拓磨のひいひい祖父ちゃんよ」
「うそ……!」
「『軍の要求分は、われわれ産業人で持ちましょ。市民からの寄付は、全て天守閣の再建に当てる』そう言って市議会の賛同を得たんだって」
 話題の効果か、拓磨はカップの先まで食べてしまった。
「うん、確かに、このアイスはカップまでおいしいなあ」
「そういう心意気と思いやりが、拓磨の血にも流れてるといいわね」
「そら、オレかて青木の跡取りやさかいな」

 この話で通じるようなら、これで許してやってもいいと思った。

 天守閣横の石垣のベンチに並んで、腰掛けた。

 目の前は膝の高さの石垣があり、それを超えると、15メートルほど下に西の丸公園が広がっている。旅行者とおぼしき家族連れが八割、残り二割がアベック。中には熱烈に身を寄せ合っているアベックもいる。どうも、拓磨は、その少数のアベックに触発され、ひいひい祖父ちゃんの高潔な血など、どこかへ吹っ飛んでしまったよう。

 目の輝きは、西空のお日さまの照り返しばかりではないようだ。
 ソヨソヨと拓磨の腕が、わたしの背中に回り始めた。肩を抱かれる寸前に、わたしは目の前の石垣にヒョイと飛び移った。

「うわー、気持ちいい!」
 わたしは、その場で軽くジャンプして拓磨の方を見た。勢いでスカートが翻り、太ももが顕わになった。
「危ない!」
 そう言って、拓磨は生唾を飲み込んだ。恐怖半分、スケベエ根性半分と言ったところ。
「拓磨も、こっちおいでよ」
「いや、おれは……」
「な~んだ。わたしのこと好きなのかと思ってたのに」
「え……分かってくれてたんか?」
「もろわかり。車のCPに細工して、わたしを怪しげなとこに連れていこうとしたのは、いただけないけどね」
「かんにん、そやけど……」
「そこまで好きなら、ここにおいでよ」
 拓磨は、へっぴり腰で、石垣の上に上がってきた。
「こ、これでええか……?」
「拓磨、初めて地下鉄のところで会ったときのこと覚えてる?」
「あ、ああ。忘れるもんかいな!」
「ほんと?」
「ああ、運命の出会いやったさかいな」
「じゃ、あのときの、やって見せてよ」
「え……なにを?」
「狭い歩道で、バク転やってくれたじゃん」
「え……それを、ここで!?」
「そう。愛のあかしに……拓磨の気持ちが愛と呼べるならね」
 拓磨は、半べそをかいていた。
「わたし、フィギヤスケートやってんの。さすがにトリプルアクセルは無理だけど、二回転ジャンプしてみせる。拓磨は、それに続いて」
 わたしは、きれいに二回転ジャンプをやってみせた。まわりの旅行客の人たちが拍手をしてくれた。

 さあ、勝負は、ここから……。

「おい、ニイチャン、自分も決めたらんかい!」
「せやせや!」
 オーディエンスから野次が飛ぶ。
「み、見とけよ……えい!」
 予想外に、拓磨はやる気になった。しかし、力みかえり過ぎてバランスを崩し、石垣を転げ落ちた。
 すかさず、わたしもジャンプした。拓磨の腕を掴み、もう片方の手で石垣の隙間に手を掛けた。
「不器用だけど、とことん気持ちは歪んでないみたいね。オトモダチならなってあげる。それ以上はゴメンよ」
「ねねちゃん……」
「あとは自分の力で、なんとかしなさい。手を離すわよ、ボクちゃん……」
「た、た……」
 助けての言葉を言い切るころに、拓磨は尻餅をついていた。なんたって、拓磨の足と地面は5センチもなかった。
「じゃ、今日はこれで、オトモダチの拓磨クン」
 わたしは、ヒラリと降りて、西の丸公園の外へと出て行った。

――ミッション、コンプリート!――

 里中さんの声が頭の中で聞こえて、俺は自分の体に戻った。
「思ったより、君とねねの相性はいいようだ。また、なにかあったら頼むよ」
「で、今日のボクの一日は、どうなるんですか?」
「病院に行ったことにしておいたよ。お腹痛でね」
「えーー! ボク皆勤なんですよ。せめて公欠に……」
「すまん、そういうコダワリは嫌いじゃないぜ。じゃ、伝染病かなにかに……」
「そんなの、あと何日も学校に行けないじゃないですか!」

 で、次ぎに気が付いたら、ボクは自分のベッドにいた。

「グノーシスも、甲殻機動隊も大嫌いだ!」

 幸子が、ドアを半開きにして、無機質に言った。

「近所迷惑なんだけど……お兄ちゃん」


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