妹が憎たらしいのには訳がある・33
『葉桜の木陰で』
「おや、キミも僕の姿がみえるようだね……そして、僕が何者かも」
言われてみれば、その通りだ。死んだ人が見えたり、その人が佐伯雄一さんだというのは俺の思いこみだ。
「思いこみじゃない。キミたち、兄妹の力だよ」
「ボクたちの?」
「ああ、向こうの妹さんも気づいているようだが、気づかないふりをしてくれている」
「佐伯さんは、その……」
「幽霊だよ、今日は、こんなに賑やかに墓参りに来てくれたんで嬉しくてね」
「すみません、亡くなった方を、こんな風に利用して」
「パパは、そんな風に思ってないわよ、お兄ちゃん」
「パパ?」
「墓石の横に、千草子の名前が彫ってあっただろう」
「ええ、今度のことで、ある組織がやったんです。申し訳ありません」
「いや、あれは、元からあるんだよ。ただ、赤く塗ったのは、その組織の人たちだがね」
「それって……」
「千草子ちゃんは、実在の人物だったの」
「もう、十年前になる。僕たち夫婦は離婚して、千草子はボクが引き取っていた。家内は女ながら事業家で、世界中を飛び回り。僕は絵描きで、ほとんどアトリエ住まい。で、子育ては、僕の方が適任なんで、そういうことにしたんだ……」
「月に一回は、家族三人で会うことにしていたの」
チサちゃんは、まるで自分のことのように言う。
「あのときは、別れたカミサンが新車を買ったんで、試乗会を兼ねてドライブにいったんだ……」
ボクには、その光景がありありと見えた。
六甲のドライブウェーを一台の赤い車が走っている。
車はオートで走っていて、親子三人は、後部座席でおしゃべりしていた。
「昔は、自動車って、人間が運転していたの?」
幼い千草子ちゃんが、興味深げに質問した。
「今の車だって、できるわよ。千草子が乗るような幼稚園バスや、パパの車は、いつもはオートだけどね」
「パパは、実走免許じゃないからね。車任せさ」
「あたし、実走免許取ったのよ」
「ほんとかよ!?」
「ストレス解消よ。そうだ、ちょっとやって見せようか!?」
「うん、やって、やって!」
千草子ちゃんが無邪気に笑うので、ママは、その気になった。
「おい、この道は実走禁止だろ。監視カメラもいっぱい……」
「ダミー走行のメモリーがかませるの。ウィークデイで道もガラガラだし」
ママは、千草子ちゃんを連れて、前の座席に移った。
そして悲劇が起こった。
同じように実走してくる暴走車と、峠の右カーブを曲がったところで鉢合わせしてしまった。不法な実走をする者は、監視カメラや衛星画像にダミー走行のメモリーをかますために、衛星からの交通情報が受けられない。二台の実走車は前世紀のロ-リング族同様だった。ママの車は、ガードレールを突き破り、崖下に転落。
パパは助かったが、ママと千草子は助からなかった。
そして、佐伯家の墓に、最初に入ったのは千草子だった。
「で、先月、やっとわたしもこの墓に入ることになったんですよ……」
「チサちゃんは?」
「転生したか、ママのほうに行ったか。ここには居ませんでした」
「そうだったんですか……」
「千草子が生きていれば、ちょうどこんな感じの娘ですよ」
「感じも何も、わたしは、パパの娘だよ。パパこそ自分が死んでるってこと忘れないでよ」
「ああ、もちろんだよ。千草子、なにか飲み物がほしいなあ」
「なによ、自分じゃ飲めないくせに」
「雰囲気だよ、雰囲気」
「はいはい」
チサちゃんが行くと、佐伯さんは真顔になった。
「太一君」
「はい」
「幽霊の勘だけどね。しばらくは平穏な日々が続くが、やがて大きな争乱になる。どうか、千草子……あの娘さんのことは守ってやって欲しい。君たちは巻き込まれる運命にあるし、それに立ち向かう勇気も力もある」
「佐伯さん……」
握った、その手は、生きている人間のように温かかった。
「お兄ちゃん、パパは?」
「日差しが強くなってきたんで、お墓に退避中」
ボクのいいかげんな説明を真に受けて、幸子に呼ばれるまで、葉桜の側を離れようとしないチサちゃんだった……。