大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・34『青春の夕陽丘』

2018-09-29 07:03:57 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・34
『青春の夕陽丘』
        


 

 あのう……加藤先輩が話があるって、放送室まで!

 真希ちゃんは用件だけ言うとさっさと行ってしまった。
「なんやろ……?」
 ドラムの謙三が、真希ちゃんの残像に声をかけるように呟いた。
 
 わがケイオンは規模も大きく、技量も三年の選抜メンバーは、スニーカーエイジなどでもトップクラス。だけど、それ以外は、マッタリしたもので、軽音楽部というよりは、ケイオン。楽器を通じて結びついている友だち集団に過ぎず、そういう緩い結びつきのバンドの連合体みたいなのが実態で、加藤先輩と言えど、日頃の他のバンドを呼び出したり、指導したりということは、ほとんど無い。

 放送室の狭いスタジオは、先輩達とその楽器で一杯。ボクたち四人が入るとギュ-ギューだ。

「ごめん、こんなクソ狭いとこに呼び出して」
 加藤先輩が、そう言うと、他のメンバーが楽器をスタジオの隅に寄せて、スペースを造ってくれた。
「あのう、なんでしょうか?」
 一応リーダーの祐介が声を出した。
「メンバーの編成替えやりたいねん」

 唐突だった。

 メンバーの編成は、自然発生的に出来たものを優先し、先輩達が口を出すのは、編成が上手くいかなかった時に調停役をやるときぐらいで、今年の編成は、どのグル-プも出来上がっていた。

「太一、あんた、うちのギターに入ってくれる」
「え、ギターは田原さんが……」
「ギター二枚にしよ思て。ボーカルがウチとサッチャンやんか。自分で言うのもなんやけど、この二人のボーカル支えるのには、田原クン一枚では弱い」
「でも、ギターなら、他に上手い奴は一杯いますよ」
「そやけど、サッチャンの兄ちゃんは太一一人や。サッチャンは演劇部と兼部や。練習は、演劇部の休みの日と、向こうの稽古が終わった五時半からや。どうしてもツメがが甘なる。そこで太一やったら兄妹やさかいに、呼吸も合わせやすいし、家で細かいとこの調整もできるやんか」
「はあ……」
「そっちのギターは、もう決めたある。真希ちゃんに入ってもらう」

 真希ちゃんが、さっさと行ってしまったのは、このことを知っていたからだろう。ボクたちは決定事項の追認を迫られているだけだ。

――こんなの横暴だ――

 メンバーみんなが、そういう気持ちになったが、誰も口には出さなかった。

 加藤先輩たちに逆らって、この学校ではケイオンはやっていけない。

 それに、今年のスニーカーエイジを考えると、加藤先輩と幸子がボーカルをやるのはベストだし、そのメンバーにボクが入るのも妥当だろう……一般論では。
 幸子は義体で、普段人前で見せている幸子の個性はプログラムされたそれで、けしてオリジナルではない。ただ、そういう刺激が、幸子の中に僅かに残ったオリジナルな個性を、ゆっくり育てていることも確かだった。今度いっしょのメンバーになることが、どれだけ幸子にプラスになるか分からないが、俺は四捨五入して前向きに捉えようとした。

 その日は、練習そっちのけで、みんなで保津川下りに遊びにいく話ばかりした。むろん新メンバーの真希ちゃんも含めて。ボクたちは何より争うことを恐れる。だから、必死でたった今言い渡された理不尽を、触れないということで乗り越えようとした。

「太一、ちょっと付き合わへん?」

 保津川下りの話を過ぎるほど明るくしたあと、ボクたちは早めに帰ることにした。で、優奈がいきなり切り出してきた。
「え、ああ、いいけど」
「太一に見せたいもんがあるねん」
 
 そして、二十分後、ボクと優奈は四天王寺の山門前に来ていた。
「ここから見える夕陽は日本一やねん」
「え、ほんと?」
「昔はね……せやから、このへんのこと夕陽丘て言うねん。ナントカガ丘いう地名では、ここが一番古い。大昔は、ここまで海岸線で、海に落ちる夕陽が見事やねん」
 太陽は、高いビル群の間に落ちようとしていた。正直、東京で観る夕陽と代わり映えはしなかった。
「想像してみて、ここは波打ち際。見渡す限りの海の向こうにシルエットになった淡路島、六甲の山並み、その間をゆっくりと落ちていく夕陽……」
 優奈は目をつぶりながら話していた。優奈の目には古代の夕陽が見えているんだろう。
 一瞬微妙な加減で、夕陽がまともに優奈の横顔を照らした。優奈の横顔が鳥肌が立つほど美しく見えた。

 こんな優奈を見るのは初めてだ……。

 その微妙な一瞬が終わると同時に優奈は目を開けた。

「いま、ウチのこと見とれてたやろ!」
「え……うん」
「アホ。こういうとこはボケなあかんねん。シビアになってどないすんねん」
「だって、優奈が……」
 潤んだ優奈の目に、あとの言葉が続かなかった。
「バンド解散するときに、一回だけ太一に見せたかってん」
「夕陽をか?」
「うん。そんで、おしまい。明日は、また新しい朝日が昇る。そう言いたかってん」

 そして、優奈は目の前の道が「逢坂」といい「大阪」の語源になったことや、ここから北に向かって並んでいる天王寺七坂のことを説明してくれた。ずいぶん博識だと思ったら、お父さんが社会科の先生であることを教えてくれた。一年間同じバンドにいながら、ボクは優奈のことはほとんど知らなかったんだと思い知った。

 気づくと、優奈は『カントリーロード』を口ずさんでいた。

「……カントリー・ロード 明日は いつもの僕さ 帰りたい 帰れない さよなら カントリー・ロード♪」
「うまいな」
「当たり前、ボーカルやでウチは……あ、行きすぎてしもた」
 ボクたちは逢坂を下って、松屋町通りを北上していた。
「ま、ええわ。この先が源聖坂や。ええ坂やで」
 確かにいい坂道だった。道幅は狭いけど石畳で和風の壁に囲まれ、途中緩くZの形に道が曲がっている。坂を登り切って振り返ると、太陽はとっくに西の空に没し、残照が西にたなびく雲をファンタジックに染め上げていた。
「ほんと、きれいだなあ……来た甲斐あったよ」
「優奈のとっておきでした。ほな地下鉄乗ろか……」

 そうやって、振り返ると……その手のホテルが建っていた。

「あ……」
「惜しいなあ、制服着てなかったら入れたのにね……」
「ゆ、優奈!」
「アハハ、赤こなった。太一のエッチ!」

 優奈は、大阪の女の子らしく、ボクをイジリながら、コロコロ笑って地下鉄の駅にリ-ドした。
 大争乱が始まる前の、ボクたちのささやかな青春の最初の一コマだった……。

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・11『新型スマホの特別機能』

2018-09-29 06:54:00 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・11
『新型スマホの特別機能』
     


 やっぱり、この人には笑顔が似合うと思った。

 この人とは、我が担任の柚木先生である。

 柚木先生は、久々にクラス全員が揃ったので、教室に入ってきたときから、終始笑顔である。でも、とくに長峰純子に声を掛けたりしない。ただ長欠だった生徒が登校してくれたことを素直に喜んでいる。それだけで、まだ二十代後半の柚木先生は女子高生のように華やいで見える。

 友子は、ふとこんな人が、こんな時につけたら栄えるようなファンデやルージュがあればいいなあ、と、弟であり父親である一郎のために思う。

 一郎はいま仕事で、新しいルージュの研究にとりくんでいるのだ。

 嬉しいついでにってか、半分照れかくしのつもりで、こんなことを言った。
「来週の月曜日には、卒業生で女優の仲まどかさんと、中退だけど、この乃木坂に二年まで在籍した坂東はるかさんが取材を兼ねて、来校されます」
――キャー――という歓声が上がった。
 坂東はるかと言えば、『春の足音』という連続ドラマで、彗星の如く現れた女優で、今やドラマや映画に、この人の名前を聞かない日はないというくらい。家庭事情で中退したけれども乃木坂学院を心から愛してくれている。
 かたや仲まどかは。わが演劇部の中興の祖といわれ、女子大生をやりながら女優としても芽を出しかけている。で、劇的なのは、二人が南千住の幼なじみであることと、ドキュメント小説と言っていい『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』の主役と重要な登場人物であるということである。
「演劇部って言えば、鈴木さんと浅田さんがそうよね、わたしも一応顧問だし。月曜はよろしくね」
 友子は無意識のうちに、先生や生徒達が放っている嬉しいときのホルモンであるベータエンドルフィン、ドーパミン、セレトニンの含有率を測定なんかしてしまった。

 休み時間に、そのホルモンをナノリペアに作らせ、試してみたら、効果覿面、肌に潤いと張りが出てきたばかりか、男を誘うフェロモンまで増加しているのには驚いた。廊下ですれ違った大佛聡の目の色が変わったので、友子は急いで数値を戻した。

 友子のクラスは、おおむね良い子が集まっているが、おのずと個性がある。

 蛸ウィンナーの池田妙子がその代表。

 新型のスマホが出たのでさっそく買って、最後の楽しみに取っておいた蛸ウィンナーを口に放り込むと、まるで手品のようにポケットからスマホを取りだした。
「へえ、これ昨日発売されたばかりのじゃん!」
 すっかり元気になった長峰純子が、意外にもキャピキャピとしゃべり出した。
「これ、シャメでホログラムが撮れるんだよね!」
「そうなんだ……ドーヨ!」
 なんとスマホの画面の上に実物大のガトーショコラが浮き出した。
「昨日、このスマホを買った記念にアキバのお店で買って写したの」
「写しただけ?」
「もちろん、あとは頂きました」
「タエちゃんが?」
「ううん、兄貴が。スマホ買うのに一昨日の晩から並んで、買った興奮で、限定何個のガトーショコラも並んで買っちゃって、その記念に写して、食べちゃった。で、罰に、今日は、あたしが独占!」
 女の子達がキャーキャー言ってると、つい友子もしゃしゃり出たくなる。
「これ、他にも機能ついてるよ」
「ほんと!?」
「うん……」
 友子はイジリながら、あんまり考えないでスマホを細工した。
「ほら、ここクリックすると匂いがする」
「……ほんとだ、高級チョコの匂いだ!」

 で、友子に悪意は無かった。ただ自分の能力がコントロールできなかっただけなのである。  「ガトーショコラ」の画像検索結果

 放課後、部室に行こうとしたら、教室のある校舎の方から、すごい悲鳴が聞こえてきた。
「友子、なんかやったね」
「ええ?」
 義体である友子と紀香には、悲鳴によって人の状況が分かる。今のは命に関わるような危険なものではない。ただ、とんでもないものに出くわした時に出る悲鳴である。
「ん、この臭い分子……」
「あ……!」
 友子は、ダッシュで教室に向かった、そして、その臭い分子の元を発見した。

 妙子の机には、例のスマホが放置され、みんながそれを遠巻きにしていた。

 友子は、スマホに匂い再生機能と共に、時間経過機能まで付けてしまっていた。確かにガトーショコラのホログラムは出ていたが、食後十数時間たった……その姿と臭いであった。
 

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