アンドロイド アン・19
『アンとお彼岸・1』
あの花は何ていうの?
路傍の花に目を止めて、アンが聞く。
揃ってスーパーへの買い物の途中、交差点を曲がったところの空き地にホワっと咲いた赤い花を見つけたんだ。
「彼岸花」
「え、花がひがんでるの?」
「ちがうよ、お彼岸の頃に咲く花で、曼殊沙華(まんじゅしゃげ)ともいう。あれが咲くと秋なんだなあって思うわけよ」
「へえ、新一って詳しいんだ、これからは博士ってよぼうか!」
「ハハ、たまたまだよたまたま」
そう言って、思い出した。
柄にもなく彼岸花を曼殊沙華と言う別名込みで覚えていたのはお祖母ちゃんが教えてくれたからだ。
――新ちゃん、あのお花、知ってる?――
祖母ちゃんが指差した花を見て、ドキッとしたのは保育所のころだ。
「ううん、知らない」
正直に答えた。名前どころか、赤い触手がホワっと開いて獲物を待っているような様子に、子ども心にもビビったもんだ。
――お彼岸の頃に咲く花でね、あの花が咲くのはご先祖様が戻って来るってお知らせなんだよ――
そう教えてくれた祖母ちゃんは、その年の暮れに逝ってしまった。
俺一人置いて海外で仕事ばっかやってる両親は、いたって不信心で、伯父さんがやった法事にも顔を出さない。
だから、彼岸花の記憶は祖母ちゃんの思い出もろとも記憶の底に沈んでいた。
「わあ、お花が増えてる」
スーパーの入り口付近が小さなフラワーコーナーになっていて、言われてみれば陳列されている花が豊富になっている。
「地味な花束がある」
「ああ」
それは菊を中心にコンパクトにアレンジされた花束で、親譲りの不信心者にも分かる。
仏壇にお供えする仏花、いわゆる『仏壇のお花』だ。花束ではあるんだが、どうにも陰気臭い。
その奥の花のアレンジメントが目に入った。
バスケットに青や紫、ピンクの花がアレンジしてあって――お水に気をつければ三週間もちます――と書いてある。
そして買ってしまった。
まあ、バアチャンのことを思い出したのも縁だろう。
仏壇もないことだし、仏花よりは、これだろうと思ったわけだ。
レジを済ませて思った。
アンのやつ、俺にお彼岸とか祖母ちゃんの思い出させるために、わざと花の名前を聞いた?
だよな、アンのCPUはネットにリンクしているし、独自のアーカイブを持っているフシもある。
彼岸花を知らないわけはない。
そっか、そうやって、俺のことフォローしてくれてるんだ……ちょっとだけ胸が熱くなる。
「ね、あの花は何ていうの?」
また、空き地の花を指さしやがる。
「彼岸花、さっきも言ったろーが」
「え、そうだっけ?」
キッチンで感電してから、ときどき具合が悪い。
アンドロイドの認知症か?
「失礼ね!」
こういうことは口にしなくても反応しやがる。
「アハハハ……」
二人して笑ったが、俺たちのお彼岸はこれからだったのだ……。
☆主な登場人物
新一 一人暮らしの高校二年生だったが、アンドロイドのアンがやってきてイレギュラーな生活が始まった
アン 新一の祖父新之助のところからやってきたアンドロイド、二百年未来からやってきたらしいが詳細は不明
町田夫人 町内の放送局と異名を持つおばさん
町田老人 町会長 息子の嫁が町田夫人
玲奈 アンと同じ三組の女生徒
小金沢灯里 新一憧れの女生徒
赤沢 新一の遅刻仲間
早乙女采女 学校一の美少女