大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・055『走る調理研』

2019-08-08 13:35:23 | 小説

魔法少女マヂカ・055  

 
『走る調理研』語り手:マヂカ  

 

 

 暑さの中を走っている。

 

 鶯谷までの一駅分だから、この時期でなければどうということはない。

 天気予報では35度を超える酷暑日だ、用心しなければ熱中症の危険がある。普通の運動部でも午後のランニングは自粛するだろう。

 スッ スッ ハッ ハー  スッ スッ ハッ ハー  スッ スッ ハッ ハー

 鼻で二回吸って、口で二回吐く。ランニングの呼吸だけは教えておいた。

 なんせ、文系の調理研だ。普通に走っては簡単に息が上がってしまう。

 ところが、調理研の四人は汗みずくになりながらもペースを落とさずに歩道を走っている。マヂカは魔法少女なのだから屁でもないのだろうが、友里、ノンコ、清美の三人も顎を出しながらも付いて来ている。やっぱり、特務師団の任務で鍛えられているんだ。

 体力の向上を、今のところは喜んでいる三人だが、そのうち不審に思うだろう。その理由付けの為に走っている。徐福の不老不死の薬だか食材だか料理だかを身に取り込んで――徐福のお蔭か!――と思い込ませるために。

 徐福の不老不死の薬に関心を持った有名人が居る。

 徳川五代将軍の家綱だ。

 古今東西の医者や本草学者、長崎から参府したオランダ人にも『長生きの薬や食べ物』について、聞いたり調べさせたりしている。当然、徐福伝説にも触れていて、日本に五か所ほどある徐福終焉の地を領内に抱えている大名にも調べさせた。

 綱吉は六十四歳で亡くなっているが、大人麻疹でなければ家康以上の寿命を得ていただろう。

 家康や綱吉の健康法や長寿の研究は長く徳川家に伝えられて現在に至っている。その徳川家末裔の一人がポリ高にいたのだ。

 

「よく知っていたわね、安倍先生」

 

 その人は、家康を彷彿とさせる笑顔で答えてくれた。家庭科のボス、徳川康子先生だ。

「さすがは、徳川の倍以上古い家系の……」

「あ、それは勘弁してください。今は、調理研の顧問として伺っています(^_^;)」

「そうね、徳川家も、そういうことには関わらないことになっているしね」

 

 そうやって、家庭科準備室で教えてもらった一つを求めて、酷暑のアスファルト道を走っている。

 

「けっこうな運動をした後が、効き目がいいの。五代様(綱吉)も、運動されていれば麻疹にもかからずに、権現様(家康)以上に長生きしたでしょうね……そうそう、最初のはね……」

 それが見えてきた。

 学校から東へ一キロ、鶯谷の駅にもうちょっとというところで見えてきた。

 色とりどりの看板、夜になったら、さぞかし煌びやかであろうネオンがひしめく路地。ランニングでヘゲヘゲになっていなければ現役女子高生たちはたじろいでしまっただろう。

「あそこだ、目的地の徳松だ!」

「「「「着いたあああ💦」」」」

 我々は『ご休憩3500円』の看板の横を徳松の中に駆けこんでいった……。 

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高校ライトノベル・連載戯曲『となりのトコロ・9』

2019-08-08 06:35:18 | 戯曲
となりのトコロ・9 
大橋むつお
 

時   現代
所   ある町
人物  のり子 ユキ よしみ
 
 
のり子: おやじさん、一人暗いね。
ユキ: ……(泣いている)
のり子: 泣くなよ。気持ちはわかるけどさ、世の中には通じないものだってあるんだよ。
ユキ: 苦労したのは、父さんだけじゃないんだ。北海道から内地へ。内地へ渡ってからも、秋田、岩手、高知で二回、鹿児島で三回。そしてこの町で二回引っ越したわ。雪女の血をひいてるもんだから、高知や鹿児島では、いつも死んだみたいに元気が無くって、度重なる引っ越しで、友だちのできる間もなかった……だから、わたし、ずっと十歳の女の子……それでも掃除、洗濯、食事の用意に、ご近所の回覧板、朝夕は新聞とヤクルトの配達のアルバイト……姉さんはずるいから、七歳の姿に戻って自分の成長を止めてしまって、世間の人は、みんな姉さんのほうを妹だと思っていた。
のり子: 苦労したんだ……
ユキ: 父さんは、行く先々で、仕事かわって、外でお酒ばかり飲んで。家じゃヘドはいてクダまいて……ロクなもんじゃなかったんだよ。父さん、父さん、聞いてるの父さん? 聞いてるの父さん?
のり子: (何事かに気づいて、傘をつかんで下手へ)ダメだよ、ユキ! いくらダメなおやじだからって、親は親なんだからさ!
ユキ: わかっているわよ、そんなこと!
のり子: わかってないよ。あんたの心は怖いよ! 憎しみでいっぱいだ!
ユキ: そんなこと……そんなことないわよ……
のり子: あるよ! ユキ、あんた、この傘を、おやじさんをたたっこわそうと……
ユキ: 思ってないよ!
のり子: 思ってる!
ユキ: 思ってないよ。ないから父さんよこして!
のり子: ダメだ! そんなユキに渡せるわけないじゃんか!
ユキ: クク……心が通じるって、不便なこともあるのね(あふれるものを、こらえている)
のり子: ユキの心って、怖いものがいるんだね……
ユキ: わたしの心の底の底は雪女だもの……
のり子: ダメだよ、その心は!
ユキ: わかってるわよ。でも、あふれてくるのよ。いままでこらえていたものが。そう、わたしってこらえていたのよ。こらえるために、耐えるために十歳の子どもでいたのよね……きっとそう。ピーターパンも何かに耐えるために、ずっと子どもでいたのよね。だから、ピーターパンは人を殺さない。
のり子: そう、殺しちゃいけない! がんばって、あふれるものを飲み込んで!
ユキ: ごっくん! そうよね、ピーターパンみたいに。ああ、こんなとき、ピーターパンなら、きっと空を飛んでいたことでしょう、フライパンになって。それでもダメなら、アンコを飲んでアンパンマンに。でも、わたしは飛べない。雪見大福雪女……ああ、ダメ! 目から口から耳からあふれて、こぼれてくる……うわああああああ!(身体のあちこちから、蒸気のように恨みや怒りを噴き出させ、鬼の表情で『鬼滅の刃』の禰豆子のようにのたうち回る) 
のり子: ダメエエエエエエエ! それをあふれさせては……雪女になっちゃダメだ、ダメだよ、ユキ! ユキ!(のたうち回るユキにしがみついて、きつく抱きしめる)ユキイイイイイイイイ……!
 発作のような痙攣が続き、ようやく収まって
ユキ: ウーーーーーーーーーップ……ありがとう、のり子。なんとか、あふれないですんだみたい……
のり子: よかった、よかったね。
ユキ: うん、父さんを……(のり子、ためらう)もう、大丈夫。
のり子: そうだね(傘をもってくる)
ユキ: 父さん……父さん……ごめんね。ユキ、もうひい婆ちゃんみたいになったりしないからね。たとえ傘になっても、父さんは、父さんなんだもんね……ね、いっしょに常呂に帰ろ。常呂に帰れば常呂の森が、空が、海が、風が、そしてトコロが、わたしたちを迎えてくれるわ……ね。常呂に帰れば、仕事も世間も、態度の悪い高校生も、OLも、口やかましいだけで、コミュニケーションゼロのご近所も、なにも気にしなくていい。いいのよ。だから……(やにわに傘をかまえる。のり子もそれにならう)
二人: 開いてちょうだい、お願いだからああああああああああああああ!!
ユキ: ウーン……ダメだ、ダメだ!
のり子: (傘を取りあげ、立ちふさがって)ダメよ!
ユキ: ありがと。大丈夫、大丈夫よ……
のり子: (傘に)ねえ、おやじさん。赤の他人のあたしが言うのもなんだけど。ね、ユキちゃん、あんなにしょげかえっちゃって。ね、お願いだから……これだけ言ってもダメ…………ええい、このわからずや。こうしてくれるわ!(傘を振りあげる)
ユキ: (慌てて、止めに入る)やめてちょうだい。これじゃ立場が反対! 反対でしょーが!
のり子: そ、そうよね(;^_^)。
ユキ: ありがとう……トドロの気持ち、とっても嬉しい……
のり子: 嬉しいのはいいけど、どうするんのこれから?
ユキ: 開かなくても、父さんを常呂に連れて帰る……
のり子: でも、開かなきゃ……元にはもどれないんでしょ?
ユキ: 閉じたまま放っておくと、ほんとうの傘になってしまう。二度ともどれなくなってしまう……それでも連れて帰る……帰るしかないもの……
のり子: ユキ……
ユキ: 常呂の森に、傘の父さんをひっそりとさすの……そうすれば……
のり子: そうすれば……?
ユキ: いつか芽がでて、枝がのびて。そして、ゆっくりと森の中の一本の木になる……父さん、苦労知らずの気の弱い人だったから……人間でいるより、木になったほうが幸せかもしれない……
のり子: 木に……?
ユキ: 木になれば、だれとも会わず、わずらわしいことも何もわからなくなって……ただただ風に枝をそよがせて、静かに幸せになれるわ……そして……わたしはひとりぼっち(膝に顔を埋めて泣く)
のり子: ユキ……かわいそうなユキ(母のように、肩を抱く)
ユキ: (はじけるように、身をそらせる)
のり子: (したたかに、ユキの頭で顔を打つ)ウーン……どうしたのよ、ユキ?
 
四方から蒸気のような「気」が湧きだしてくる。
 
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高校ライトノベル・高安女子高生物語・50『お祖母ちゃんをカバンに入れて』

2019-08-08 06:30:11 | 小説・2
高安女子高生物語・50
『お祖母ちゃんをカバンに入れて』      


 お祖母ちゃんをカバンに入れて、京都の山中に出かけた……。

 と言うても、お祖母ちゃんを絞め殺して、山の中に捨てにいったワケや無い。
 だれでもそうやけど、うちには二人のお祖母ちゃんが居てる。
 お母さんのお母さんと、お父さんのお母さん。
 お母さんのお母さんの方は、今里で、足腰不自由しながら健在。

 カバンの中に入ってるのは、お父さんのお母さん。つまり父方の祖母。

 このお祖母ちゃんは、去年の7月に、あと10日ほどで88になるとこで亡くなった。そのお祖母ちゃんの遺骨が、うちのカバンの中に入ってる。

 家のお墓は京都の東山にあるロッカー式のお墓。
 
 3年前にお祖父ちゃんが亡くなったときに初めて行った。
 お祖父ちゃんの骨壺はレギュラーサイズやったけど、三段に分けた棚には収まらへんかった。しゃあないんで、一段外して、なんとか収めた。
 これで、家の家族は学習した。
「ここは、普通の骨壺で持ってきたら、一人で満杯。アパートで言うたら単身者用の1K」
「このセコさは、ほとんど詐欺やなあ」
 お父さんは、そない言うて、怒ってた。
「そのうちに、なんとかしよう」と、言うてるうちにお祖母ちゃんが、去年の7月に、突然亡くなった。

 で、しゃあないんで、分骨用の小さい骨壺に入れてもろた。中味は500CCほどしかあれへん。
 ほんのちょっとしかお骨拾われへんかって、可哀想な気になった。
 そのペットボトルほどの骨壺が、うちのカバンの中でカチャカチャ音を立ててる。
 べつに骨になったお祖母ちゃんが、骨摺り合わせて、文句言うてるわけやない。フタが微妙に合わへんので、音がする。電車の中では、ちょっと恥ずかしかった。

 うちは、このお祖母ちゃんの記憶がほとんど無い。小学校に入ったころには、認知症で特養に入ってた。要介護の5で、喋ることもでけへんし、頭の線切れてるから、うちのこともお父さんのことも分からへん。

 ただ保育所に行ってたころ、お祖母ちゃんの家に行って、うちが熱出したとき、かかりつけのお医者さんに連れて行ってくれたことだけ覚えてる。
 正確には、お父さんが、うちをせたろうて、お祖母ちゃんが先をトットと歩いてた。足の悪かったお祖母ちゃんは、普段は並の大人の半分くらいの速さでしか歩かれへん。それが、そのときは、お父さんより速かった。

 せやから、うちの記憶にあるお祖母ちゃんは、後ろ姿だけや。

 その後ろ姿が、骨壺に入ってカチャカチャお喋りしてる。フタの音やいうのは分かってるけど、うちにはお祖母ちゃんの囁きやった。
 その囁きの意味が分かるのには、まだ修行が足らん。大人になって、今のカチャカチャを思い出したら、分かるようになるかもしれんなあ。
 そやけど、この正月に亡くなった佐渡君は、ハッキリ火葬場で姿が見えた。声も聞こえた。お祖母ちゃんのがカチャカチャにしか聞こえへんのは……うちの記憶が幼いときのもんやから……そない思とく。

 京都駅に着くと、初めて見る女の子が来てた。

「あ、未来(みく)ちゃんやないか。大きなったなあ!」

 お父さんが、昔の営業用の大きな声で言うた。その声で分かった。うちの従兄弟のオッチャンの娘や。
 うっとこは、お父さんが晩婚。伯母ちゃんは二十歳で結婚したんで、一番歳の近い従兄弟でも20年離れてる。
 せやから、従兄弟はみんなオッサン、オバハン。従兄弟の子ぉの方が歳が近い。

 せやけど、この子には見覚えが無い……思い出した。このオッチャンは離婚して、親権があれへん。それが、こうして連れてこれたいうのは……お父さんは、一瞬戸惑うたような顔になってから声かけてた。身内やから分かる微妙な間。なんか事情があるんやろ。

 納骨が終わると、未来ちゃんの姿がなかった。

「ちょっと腹痛い言うて、待合いで座っとる」
 従兄弟のオッチャンは、気まずそうに言うた。
 待合いに行くと、椅子にお腹を抱えるように丸なった未来ちゃんが居てた。
「大丈夫か、未来ちゃん?」
 うちが声をかけると、ビクっとして顔を上げた。
「う、うん……大丈夫」
 どこが大丈夫やと思た。佐渡君と同じ景色が顔に見えた。この未来ちゃんは人慣れしてへん。おそらく学校にもまともに行ってへんねやろ。うちが、それ以上声をかけるのははばかられた。佐渡君と違うて、血のつながりはあるけども、心の距離は、もっと遠い。

「なんや、この時代の人間はひ弱やなあ」

 家に帰ると、正成のオッチャンが、うちの心の中で呟いた……。
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高校ライトノベル・里奈の物語・49『美姫は元気に……』

2019-08-08 06:21:13 | 小説5
里奈の物語・49
『美姫は元気に……』 


 制服のままやってきた美姫からは日向臭い匂いがした。

「考えごとしてたら、駅通り越してしもて、勢いでここまで歩いてしもた」
 学校からアンティーク葛城まで、スタスタと美姫は歩いてきたんだ。だから染み込んだ日光も発散した十七歳女のフェロモンも、いつもの数倍で、同性のあたしでもタジロイデしまう。いや、あたしが、長期の引きこもりで、そういう外の気配に過敏になっているのかもしれない。
「それって、昨日の野暮用の続きなんでしょ?」
「うん、分かる?」
「眉間の皴が深すぎるもん」
「え、ほんま!?」
 美姫は体を捻って、机の上の鏡に顔を写し、両手で顔をゴシゴシこする。
「で、なにがあったのよさ?」
「まずは、皴を伸ばしてから!」
「ごもっとも」
 十七歳の皴なんて、気持ちを切り替えれば一瞬で消える。美姫は顔をこすりながら気持ちを切り替えているんだ。あたしはお茶を入れにいく。

「演劇部の再建話を潰してきた」

 お茶請けの海老センをボリッと齧って、美姫は切り出した。
「演劇部って、とっくに潰れてたんじゃないの?」
「それが、またぞろね……顧問が張りきってしもて……パソコン触ってもええ?」
「え、あ、うん」
 美姫は慣れた手つきで、桃子のキーボードを叩いた。K高校演劇部のページが出てきた。
「おー、ホームページとかあるんだ」
「すごい演劇部に見えるでしょ?」
「うん……ちゃんと更新してるじゃない」
「この二か月は活動してへんねんよ」
「……あ、ほかの学校のことばっかり」
「だって、活動してないんやもん。今度もね、他のクラブと兼業してるもんばっかりで……おついでみたいにやって、失敗してきてんのにね。その反省も無くおんなじやり方……顧問の見栄や」

 スクロールしていた美姫の指が停まった。

「え……演劇部飛躍の誓い?」

 今日付けの更新で「演劇部をさらに発展させようと、部員一同で誓い合いました!」と、十枚ほどの写真付きで出ている。写真はどれも二十人以上の生徒が写っている。
「これ……演劇部に関係ない生徒ばっかや」
「なになに……あ、アハハ、なるほど」
 笑ってしまった。写真の下には『演劇部を応援してくれる皆さん!』と小さく書いてある。

「……ありがと。あたしブロックされてて、このページ見られへんのよね」

「せやからね……」
 あとの言葉を飲み込み、小さくため息をついて、美姫はK高演劇部のページを閉じた。美姫からは、もう日向の匂いはしなくなっていた。
「さ、たこ焼き食べに行こうよ。今日はおごるからさ!」
「やったー! 持つべきものは里奈さまやなあ!」

 美姫は元気に胸を張って……天井を向いたまま言った。

 顔を下げたらこぼれるんだ……涙が。
 
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高校ライトノベル・須之内写真館・22『写真館の正規の副業?』

2019-08-08 06:13:55 | 小説4

須之内写真館・22

『写真館の正規の副業?』       
 

 

 朝からお祖父ちゃんがソワソワしている。
 

 今日は久々に須之内写真館の正規の副業(?)がある。 南千住の商工会の記念写真……まあ、これは正規の写真館としての仕事だ。二十人ほどの南千住の中小企業の経営者の記念撮影。
 

 その後が副業になる。
 

 なんと、スタジオをそのまま宴会場にしてしまうのだ。

  話は『三丁目の夕日』の時代に遡る。

  当時、荒川の南千住の工場や商店は活気づいており、商工会の忘年会は、百人以上の参加者で、宴会場を借り切っていた。宴会が始まる前に、まず素面の状態で集合写真。そして宴会中にスナップ写真を撮る。  

 これが正規の仕事の始まりだった。その後企業の数が減ってしまい、商工会は荒川地区に統合されてしまった。荒川全体としては、商工会の中に写真を生業とした企業もいて、いわば身内で済ますようになった。
 で、須之内写真館はお払い箱になったのであるが、一昨年前から南千住のメンバーだけで、別に親睦会という形で忘年会を持つようになった。
 

 これには、少しドラマがある。
 

 南千住の印刷屋の息子が家業を継がずにITの会社を作り、バブルの頃には、一部上場の会社にまで成長。社長である印刷屋の息子は、成城に立派なお屋敷を持つまでになった。しかしバブル崩壊後、競争相手が増えたことや放漫な経営が災いして、あっという間に会社は倒産。息子は尾羽打ちからして実家にもどり、従業員五人の印刷会社の名ばかり専務に落ちぶれた。  

 その印刷会社も、皮肉なことにIT技術の進歩により仕事が激減。四年前にはカミサンが高校生の娘を連れて離婚。近所では、もう、あそこはダメだと噂された。
 

 ところが、IT会社をやっていた頃の秘書の女性が元社長に働きかけ『NOTION』というネット通販の会社を立ち上げて成功した。で、応援してくれ、支えてくれた南千住の先輩経営者に声を掛け、非公式な親睦会というか町内会の集まりのような結びつきを作った。
 そして、四年目の今年、やっと景気も向上し始め、いや、向上させるんだという意気込みで四十年ぶりで忘年会を持つことになった。

「そういや、昔は写真屋に来てもらって記念写真なんか撮ったな!」

 仲鉄工のジイサンが思い出し、須之内写真館にご指名がかかったのである。
「それなら、いっそ写真を撮ったあと、うちで忘年会をおやりになったら。会場費がいりませんよ!」
 というわけである。

 近頃は便利なモノで、場所さえあれば出張で料理から、カラオケのセットまで貸してくれる仕出し屋がある。

「お世話になります」  

 昼の二時には、準備のためにNOTIONの社長夫人であり専務である秀美さんと仲鉄工のカミサンが揃ってやってきた。

「いや、特に準備なんかはいらんそうですよ」  玄蔵祖父ちゃんは恐縮した。

「ハハ、あたしたちの感覚も新しいんだか古いんだか」

「まあ、話は盛り上がった方がいいですから、昔の商工会の写真でもご覧になって、話題作りでもしておきますか?」

「そうですね。あたしたち、お喋り専門だから、予備知識あったほうがいいわね」

「そうしましょう。直美、二番のロッカーから、南千住商工会の資料出してくれないか」

「これかな……?」
 

 直美が持ってきた記録を見ながら、須之内写真館の面々と南千住のカミサンたちの間で話に花が咲いた。

「まあ、うちの主人、半ズボンのボンボンだわ」

「うちのお祖父ちゃん、まだ髪の毛フサフサだ!」

「ほんと、ご主人そっくり」

「ハハ、この生意気な顔してカメラ構えてんのが、うちのセガレですわ」

「え、オレって、こんなだった?」

「生意気なくらいでなきゃ、稼業は継げませんよ」
 

 直美は、そんな年寄りとオジサンオバサンの話を微笑ましく見ていた。
 カランコロンと音がして、店のドアが開いた。

「いらっしゃいませ」  

 直美が、店に走った。

「こんにちは、ここで南千住商工会の忘年会があるんですよね」

 その愛くるしい笑顔は、若手女優の仲まどかであった……!

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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・90』

2019-08-08 06:02:02 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか 真田山学院高校演劇部物語・90
『第八章 はるかの決意13』 


 ボンヤリと中庭に出て所在なくベンチに腰掛けた……目の前にグー像があることに気づいて、山中先輩が視野に入った。

 山中先輩が横に座ってこう言った。

「ジャンルはちがうけど、少林寺は誤審でも、クレームは言わへんもんやねん」
「演劇は違うと思います。審査基準からずれていたら、抗議……せめて質問ぐらいはしていいと思います」
「そやろね……ごめん。つい少林寺の感覚でダンマリになってしもた」
「そんな、先輩があやまるようなことじゃないですよ……」
 そこに、由香と吉川先輩から連名のメール。
「あの二人もなにか言ってきたの、このことについて?」
「いいえ、もっと厄介なことです」
「え?」
 
 というわけで、わたしはその日の夕方、地下鉄南森町の一番出口の前に佇んでいる。
 NOZOMIプロの白羽さんが、イベントの準備のため大阪に来ているので、
「今日、お会いしなさい!」という、あのカップルからのメール。
 せめて、大人の人に立ち会ってもらいたかったので、自然なカタチがいいだろうと志忠屋と決まった。
 で、わたしが地下鉄の出口で白羽さんをお迎え申し上げているわけ。
 分かりやすいように、例の紙ヒコ-キのシュシュでポニーテールにしてある。

「やあ、はるかさん」
 
「わ」
 
 思いがけず、後ろから声をかけられた。

「あ、おどかしちゃったかな」
「いえ、ボーっとしてて、すみません」
「いやあ、このあたりはわたしの青春の思い出の場所でもありましてね。ちょっと散歩してました」

 志忠屋の窓辺の席で、おしぼりで顔を拭きながら白羽さん。
 大手プロダクションの、やり手プロディユーサーとは思えない気さくさだ。
「若いころ、修行のために大阪の支社にまわされましてね、初めて営業にまわされたのが天六の商店街のレコ-ド屋さん五軒でした。今はもう二軒に減っていましたね……いやあ、つまらん思い出話をするところだった。はるかさんはそのシュシュとポニーテールですぐに分かりました。目印にしてくれたんですね」
「はい、こうでもしないとごく普通の高校生で見分けがつかないだろうと思いまして」
「あなたのことはDVDで何度も見せていただきました。ついこないだの本選の分もね。いちだんと成長しましたね」
「いえ、とんでもない。ただ感じたまま演っただけです」
「それでいいんです『おわかれだけど、さよならじゃない』とか、飛行機に対する怯えが本物になっていましたよ。作品も好きですね。戦争や、生き甲斐、夢というものが生な押しつけじゃなく、二人の少女の友情の発展の中で、自然にふれられているのが大変けっこうでした」
「わたしもそう思います。カオルとは五ヶ月のつき合いですけど、もうほとんどわたし自身の人生みたいになりました」
「はるかさん自身の体験と重なってるんじゃないですか。新大阪の写真、そう感じました」
「え、ええ……まあ」指摘は、やっぱり鋭い。
「これは失礼、あまり個人的な事情に立ち入っちゃいけない。あ、オーダーがまだだ。マスター、グラスワイン白で、あと適当にみつくろってください。はるかさんもなにか」
「あ、すみません。じゃ、タキさんいつもの」
「はい、まいど」
「ほう、はるかさん常連なんだ」
 
 カウンターの端で、おすまししているのが母だとは言えなかった。
 
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