大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・066『M資金・3 開店休業』

2019-08-31 13:31:14 | 小説

魔法少女マヂカ・066  

 
『M資金・3 開店休業』語り手:マヂカ 

 

 

 ゲームと言えばゲーム盤とかゲームボードとかカードゲームというものだった。

 

 たいてい二つ折りくらいになったボードの上でコマを進めて、はやくゴールに着いたものが勝ち。というやつで、戦前は福笑いとか、双六とか兵隊将棋、ちょっとハイカラな家ではダイヤモンドゲームとかチェスを意味していた。カードゲームは社会的階層には関わりなくトランプの事だった。何を隠そう、山本五十六にポーカーやらブラックジャックを教えたのはわたしだったりする。

 ノンコが「ゲームやろー!」と手を挙げた時は神経衰弱かババ抜きが頭に浮かんだ。

 見かけは、十七歳の女子高生だが、実年齢は八百を超えるのだから仕方がない。

 しかし、数秒でテレビゲームのことであると理解しなおしたんだから、まあ、よく順応している方だよね。

 

 創部以来四カ月になろうとする調理研は、ちょっと料理に飽きてきた。毎週、新メニューに挑戦しているので、レパ的にも頭打ちの感がある。

「調理室でゲームしてもいいのかなあ……」

 友里がポリ高生としては並以上の倫理観で心配する。

「だいじょーぶ、これなら調理研っぽいから」

 ノンコの鞄から出てきたのは、どこやらの孤島でモンスターをやっつけるというゲーム。四人でチームを組んで、島のあちこちに生息するモンスターを狩る。下手をするとモンスターの返り討ちにあってゲームオーバーになり、強制的にキャンプに転送され、仲間の帰りを待つハメになる。

 これが実戦なら、魔法少女のスキルや技でやっつけられるのだが、テレビゲームというのは、どうも勝手が分からない。魔法少女の実戦のスキルが使えない(高速移動、ワープ、パルス攻撃、等々)だけではなく、画面の中だけなので、敵の気配や周囲の状況が実戦の20%くらいしか分からない。

 敵の直前に飛び込むと同時に高速バック、敵がつんのめったところで上からパルスガ弾を撃ち込む! 気の合わないブリンダとでも、この程度の連携や駆け引きはできる。ところが、ゲームでは飛び込んだ時点でモンスターの前足で薙ぎ払われたり、踏みつぶされたり。ゲームだから即死することはないのだけど、五回も喰らえばゲームオーバーなんだ。タイミングよく敵を釣り出せても、連携が遅れてチャンスを逸してしまう。

 そんなこんなで、二回に一回は、早々にキャンプに転送されて、みんなの戦いを見学するハメになる。見学と言っても、ボーーっと見ているわけではない。

 倒したモンスターは解体して、その場で調理ができる。ここがミソだ。

 調理すると言っても画面の中なんだけども、それを実際に作れないだろうかと頭を使うのが調理研なのだ。

「恐竜の肉って、基本的には鶏肉みたいなもんだからね」

 ヒントを与えてくれるのは、徳川康子先生だ。調理室でゲームをしているのは早々にバレてしまったのだが、さすがは家康から数えて二十代目。ご先祖は鷹狩などで、獲物の調理には長けている。

 狩の仕方も、待ち伏せの仕方や、戦法のあれこれを指示され、それが見事に功を奏すると無邪気に喜んでいらっしゃる。

 

 読者の中には「特務師団の方は?」といぶかる人がいるかもしれない。

 

 ちょっと開店休業状態なのだ。

 立て続けにバルチック魔法少女をやっつけて、ここしばらくは敵も一息ついている状態。

 それに、司令はとぼけているが、どうも高機動車の北斗が不調な様子だ。舞鶴に出撃した時も飛行機と列車を乗り継いで行ったくらいだ。

 北斗が動かなければ、クルーである調理研には出番がない……。

 

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かぐや姫物語・2・Преступление и наказание

2019-08-31 06:33:57 | ライトノベルベスト
かぐや姫物語・2 
Преступление и наказание


 もう、あんなに進んでる……

 駅のホームに立って、姫子は改めて感じた。
 駅を挟んだ商店街とは反対側にあった工場が取り壊されて、大きなショッピングモールができつつあった。
 完成すれば、シネコンやアウトレット、ホームセンターまで入った巨大な商業施設ができる。当然商店街には脅威である。商店街は背後に大きな住宅街や団地を控えているので、人の流れに変わりはないので、なんとかなるだろう……大人達は、そう楽観していた。
 姫子も、大人達の空気に飲み込まれ、そんなものかと思っていた。いや、シネコンなんかが出来たら、自分でも見に行くつもりでいた。行けばファストフードで食事もするだろう。床面積の広い大型の書店にも、大手のファッション量販店にも足を運ぶだろう。
 商店街の娘である自分が、そう思うのだ。普通の人なら……商店街の大人たちは楽観に過ぎる。姫子は、そう思った。つい夕べ、自分が両親の実の娘ではないと……ほとんど分かっていながら、言われたときのショックのように、ショッピングモールができてしまってからみんな思い知るんじゃないだろうか。

 なんの脈絡もなく、宇宙飛行士の姿が思い浮かんだ。

「おい、かぐや姫!」
 宇宙飛行士が言った……と、思ったら、隣の喫茶ムーンライトの美希だった。
「ああ、美希か……」
「どうしたの、深刻な顔して?」
「……ちょっとね」
「言ってみそ」
「整理つかなくて。よかったら放課後話聞いてくれる?」
「あ、うん、いいよ」

「なんだ、そんなことか」
 放課後、部員が自分一人だけの文芸部の部室でもある図書室分室で、姫子は「重大事件」を話した。
「姫子だって、気づいていたんでしょ?」
「まあね、でも実際親から言われるとショック。今朝は、ろくに朝ご飯も食べずに出てきちゃった」
「そうか……姫子のことは、うちの親も知ってる。あ、むろんいい話としてだよ。豆腐屋の秀哉も知ってる。商店街のお馴染みさんもね。でも、もう当たり前ってか、十七年も前の話だし、姫子は、当たり前に家具屋の姫子で定着してるよ」
「でも……戸籍謄本見せられて、じかに言われるとね」
「分からないでもないけど、姫子は赤ちゃんのころから立川の娘なんだからさ、普通そうにしてなよ。ま、修学旅行から帰ってくるころには、元の普通に戻ってるよ。『ただ今』『お帰り』で済んじゃうよ」
「……もっかい、言って」
「え、『ただ今』と『お帰り』?」
「その前」
「えと……普通そうに、かな?」
「そう、それ。無理して普通にしなくていいんだ、普通そうでいいんだ!」

 で、もう一つの話をした。今度は美希が暗くなった。

「そうか、そうだよね……うちの商店街ピンチなんだ……」
「うん。大人たちは、予想される結果から目を背けているだけみたいな気がする」
「かもね……」

 学校の帰り道、駅まで二人は暗かった。

「お、家具屋と喫茶店」
 駅のホームに上がると、豆腐屋の秀哉が準急待ちをしてホームに立っていた。
 秀哉は、もう一つ向こうの各駅しか停まらない都立高校に通っている。姫子たちの櫻女学院よりも偏差値で8ほど低いが、秀哉は、なかなかのアイデアマン。稼業の豆腐屋が正直経営が苦しかった小学校の高学年のころ、親に、こんなアイデアを出した。
「この商店街、練り物屋がないから、天ぷらなんか兼業したら」
 これが当たって秀哉の豆腐屋の利益の半分は天ぷらが占めるようになった。
 それだけではない。秀哉は家にあった茶碗に適当なエピソードを付けて『とんでも鑑定団』に出たり、NHK素人喉自慢に出たりして、その都度店と商店街のPRをやってのけた。で、高校生のくせにテレビのディレクターに知り合いが何人かいて、下町のB級グルメ番組を商店街に呼んできたこともある。

「なるほどなあ……」

 さすがの秀哉も沈黙した……準急がくるまでは。
「そうだ、こんな手がある!」
 準急の中で、秀哉は、とても二流都立高校の生徒とは思えない、有る意味無責任なアイデアを言った。

 地元の駅に着く頃には、三人の幼なじみは、その気になってしまった!

  つづく
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高安女子高生物語・73『夏も近づく百十一夜・3』

2019-08-31 06:19:47 | ノベル2
高安女子高生物語・73
『夏も近づく百十一夜・3』 



 
 通り雨 過ぎたあとに残る香りは夏 このごろ……。

 お父さんの好きな『夏この頃』の歌い出しみたいな昼休みやった。
 
 バラが盛りになって、紫陽花が小さな蕾を付け始めた。ピーカンの夏空の下、となりのオバチャンにホースで水を撒いてもらうと、水のアーチの中にけっこう大きな虹がたつ。その虹の下を水浸しになりながらキャ-キャー言うて、友だちとくぐった。オーバーザレインボウやのうてビヨンドザレインボウ。その時に舞上げられる焼けた土と、跳ねる水の香り。それが、この時期の通り雨の香りといっしょ……というのはお父さんの子どもの頃の話。お母さんも水撒いてもらうとこまではいっしょやけど、お父さんみたいにビチャビチャになりながらビヨンドザレインボウはやらへんかったそう。で、砂埃と水の混じった匂いは、お母さんには臭い。同世代でも、感性がちがうもんやと思う。
 この高安もコンクリートとアスファルトになって、この夏の香りはせえへん。せやけど、夏を予感させる五月の下旬は好きや。

 そんなこと思て、雨上がりのグラウンド見ながら食堂のアイス食べてたら急に校内放送。

――2年3組の佐藤明日香、職員室岩田のところまで来なさい。くりかえします……――

 繰りかえせんでも分かってる。これは、前の校長(パワハラで首になった民間校長)の人事で生指部長から我が担任に天下ってきた(本人曰くけ落とされた)ガンダムの声。
「明日香、なんかやったん?」
「ガンダム、ストレス溜まりまくりやから、このごろ、ちょっとしたことでも怒りよるからな」
「明日香のこっちゃ、ちょっとしたことではないんやろなあ……」
「あ、一昨日南風先生凹ましたん、バレたんちゃう?」
 このデリカシーのない励ましの言葉は美枝とゆかりです。

「失礼します、2年3組の佐藤明日香です……」

 そこまで言うて、うちはびっくりした。よその制服着たメッチャかいらしい子ぉがガンダムの前に座ってた。
 美女と野獣……そんな言葉が頭をよぎった。
「おお、明日香、こっちこっち!」
 ガンダムのデカイ声に職員室の目がいっせいにうちに向く、そんで職員室中の先生らが、うちと、そのかいらしい子の比較して、全員が同じ答を出したのに気ぃついた。
「この子、新垣麻衣さん。来週の月曜からうちのクラスや」
「転校生の人ですか?」
「はい、ブラジルから来ました。どうぞよろしく」
 アイドルみたいな笑顔の挨拶に早くも気後れ。
「住んでるとこが八尾でな。おまえの近所や。ブラジルからの転校生やから、慣れるまで明日香が世話係」
「は、はい」
「喋るのには不自由ないけど、漢字が苦手。とりあえず、ざっと校内案内したってくれるか」
「は、はい」
「どうぞよろしく佐藤さん」
「は、はい」
 あかん、完ぺきに気持ち的に負けてる。
「ほんなら、終わったら、また戻ってきてな」
「は、はい」
「おまえとちゃう。新垣さんに言うてるんや」

 新垣さんは、タブレットを持って付いてきた。チラ見すると学校の見取り図が入ってる。やっぱり緊張してるせいか、職員室出るときに挨拶忘れた。
「コラ、失礼しましたやろ、アスカタン!」
「は、はい」
「失礼しました」
 新垣さんがきれいに挨拶。遅れて続くけど「つれいしました」になる。職員室に、また笑い。ちなみに「アスカタン」いうのは、ガンダムがうちを呼ぶときの符丁。本人は可愛く言うてると言うけど、うちは「スカタン」に不定冠詞の「A」がついたもんやと思てる。

 校内案内してても注目の的や!
 
 本人がかいらしいとこへもってきて、胸が、どう見ても、うちより2カップは大きい。で、他のパーツも、それに釣り合うてイケテる。ブラジルの制服もラテン系らしい華やぎがある。もう、どこをどうまわったんか、分からんうちに終了。新垣さんは部屋の名前を言うたんびに、タブレットの名称をスペイン語に直してた。その手際の良さだけが記憶に残った。

「どうもありがとう。とても分かり易かった。わたしのことは麻衣って呼んで。佐藤さんのことは明日香でいい?」
「え、あ、はい!」
「ハハハ、明日香って、とても可愛い!」
「え、あ、ども」

 そして麻衣は職員室に戻っていった。

 五時間目の休み時間には、麻衣とうちのシャメが校内に出回った。美枝とゆかりも撮ってたんや。
「うちには、おらへんかったタイプやね……」
「明日香と比較すると、よう分かるなあ」
 まるで電化製品の新製品と型オチを比較されてるみたいで、気分が悪い。
「型オチちゃうよ。生産国のちがい」

 それて、もっと傷つくんですけど。国産品を大事にしましょう……もしもし?
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須之内写真館・45『謝恩会の写真』

2019-08-31 06:07:29 | 小説・2
須之内写真館・45
『謝恩会の写真』        


「どうも、こうチグハグなのかねえ……」

 焼き上がった写真を並べながら玄蔵祖父ちゃんが言った。
「そ~お? みんなカワイイじゃない」
 横から覗き込んで、軽く揶揄するような言い回しで直美が言いかえす。
「ちがうよ。写真そのものは、いいできだよ、オレが撮ったんだからな」
「じゃ、なにがチグハグ?」
 できた写真を祖父の感想などお構いなしに表装していく。直美にとっては、商品以上でもなければ以下でもない。うまく撮れて、お客さんに満足してもらえれば、それでいい。

「ナリと表情がさ……振り袖に袴ってのは戦前の女学生のハレの姿だろ。で、表情が軽いんだよな。どうも人生の節目に立ったって顔じゃない。アキバのコスプレと変わりがない。どう思う玄一?」
 ハンパな直美をパスして、玄蔵は息子に聞いた。
「ファッションですよ。父さんのアイビーと同じだろうね」
「あれは、元々チャラさがテーマのファッションだ。ま、今時のダボダボのルーズなやつとは品が違うけどな。でも、振り袖に袴というのはトラディションだろ。もうちょっと神妙にしてもらわんとな」
「ハハ、古いよ祖父ちゃんは」
 直美は、そう言いながら、表装した写真を封筒に入れ、お客さんの名前を書き、シリアルをセンサーで認識させはじめた。
「古いかねえ。しかしな、看護婦さんが白の制服でオチャラケていたら、やっぱ変に思うだろ。思わないか?」
「それとこれは……」
 そう言いかけて、直美は玄蔵の言うことにも一理あるかなと思った。ちなみに直美は大学の卒業写真はリクルートで撮った。社会人の見習いには、それが一番相応しいと思ったからだ。

 そこにお客さんがやってきた、

「謝恩会の写真ですか?」
「はい、わたし一人ですけど」
「かまいませんよ。どうぞ、こちらへ」
 スタジオへ案内しながら、直美は感じた。定番の振り袖に袴なのだが、この女の子には、控えめではあるが凛としたものがある。

「わたしが、撮らせて頂きます」

 なんと玄蔵祖父ちゃんが、自分から名乗り出た。
「お母さまも、わたしが撮らせていただきました。お祖母様は、わたしの父が……光栄に存じます。息子と孫にアシスタントさせます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 祖父ちゃんは、慣れた様子で、でも、どこかかしこまって写真を撮った。

 直美は、この自分より年下の女子大生に、はるかに年上の感覚がした。うまく表現できないが、先日銀熊賞を受賞した黒木華に似た、昭和の女性の清楚さを感じた。

「あの子は、四ノ宮篤子さんと言ってな。代々うちで撮らせていただいてるんだ。表装は緑にしてくれ、あの家の色なんだ」

 直美は篤子の顧客情報を入力して驚いた。四ノ宮篤子は大学ではなく、高校の卒業であった。
「あの子、十八歳……」
「ああ、旧華族のお嬢さんだ。若い頃は反発して、撮影の手伝いもしなかったが……あの子は本物だよ」

 感心して入力を終えると、スマホにメールが入ってきた。

――今年のリムパックに中国が初参加することに、どう思う?――

 発信は、冷やし中華の宋美麗だった。こいつも直美の理解を超えた存在だった。本物かどうかは別として。
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小悪魔マユの魔法日記・19『知井子の悩み9』

2019-08-31 05:59:44 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・19
『知井子の悩み9』


 空間が、マーブル模様にとぐろを巻いている。
 そのとぐろの中心に向かって、浅野拓美はゆっくりと落ちていく。
 
 歪んではいるけれど、マーブル模様は、拓美の十数年の思い出でできていることが分かった。
 
 今まで受けたオーディションの数々。「いいかげんにしろよ」と叱りながら、心の中では応援してくれていたお父さんの気持ちも、その姿で分かる。「残念だったわね」と、落ちたオーディションを慰めてくれた親友が、心の中ではせせら笑っていたことも。ムスっとシカトするように何も言わない友だちが、痛々しそうに思って心を痛めていてくれたこと。あるユニットのデビューに胸ときめかせ、人生の目標にした中学生だったころの自分。
 音楽の実技テストで、みんなから拍手をもらい、いい気になっている自分。
「拓美ちゃんすごい!」先生もクラスメートも、この時は素直に喜んでくれていた。保育所の生活発表会、拓美は、音程の合わない子を懸命に教えていた。お母さんがお迎えに来ているのに、この子たちみんなと楽しく歌いたいと思っていた純な拓美。
 よちよち歩きだったころ、公園に連れていってもらい、吹く風に歌を感じ、まわらない舌で、そよぐお花といっしょに歌っていたわたし。
「ねえ、この子ったら、お歌、唄ってる!」「ほんとかよ!?」 わたしを抱き上げて、心から嬉しそうにしている、若いお母さんとお父さん……そこで、マーブル模様はとぐろのまま止まってしまった。
 とぐろの中心は、ほの白く、台風の目のように揺らいでいる。多分あそこまでいけば、わたしは、あっちの世界に行ってしまうんだろう……拓美は、そう感じ、覚悟を決めた……でも、とぐろは、それ以上には深くはならない。
「あなたって、本当に唄うことが好きだったのね」
「う……うん……」
 拓美は、涙を溢れさせて、コックリした。
 すると、マーブル模様の回転が緩やかになり、やがてはストップし、さらに逆回転しはじめ、あっと言う間に、もとの小会議室に戻ってしまった。

「わ、わたし……」

「浅野さん……あなたって、歌を唄うために生まれてきたような子なんだね……」
「うん……そうみたい。でも……」
「そう、死んじゃった」
「…………」
 拓美は、うつむいたまま。マユは優しく、拓美の肩に手をかけた。
「半日だけ、生きていることにしよう……」
「え……」

 手にしたA4の白紙が本当の合格通知に変わった。

 えらそうな(でも、実はペーペーの)スタッフが、ヤケクソで配電盤に拳をくらわせた。その拍子で電源が戻った。
「え、お、オレの根性で電源戻ったってか!?」
 会場に安堵の拍手が湧いた。
「では、再開しまーす!」
 ディレクターの声がとぶ。
 審査委員長のオジサンは、手にしたオーディション受験者の書類の束が微妙に厚くなったような気がしたが、フロアーになだれ込んできた受験者たちの熱気に気をとられた。

「審査は、番号順ではなく、ランダムに出てきた番号で行います」
 スタッフが、そう言うと。ビンゴゲームのガラガラが出てきた。HIKARIプロの売り出し中の子が、にこやかにガラガラを回し始めた。
「あの子の笑顔、小悪魔に見える……」
 知井子が呟いた。本物の小悪魔のマユは、思わず笑いそうになった。
 知井子は、びくびくしながらも「一番になれ!」と、思っている。学校では見せたことがない闘争心だ。
「一番、審査番号47!」
 47は知井子の番号だ。ビックリはしていたけども、知井子はおどおどはしていない。マユも驚くほど腹が据わっている。
――たとえ落ちても、こういう気持ちになれたんだから、知井子は大進歩よ!
 マユには、知井子が輝いて見えた。
 知井子は、流行りだしたばかりの「ギンガミチェック」を元気いっぱいに歌い上げた。振りはコピーではなく、自分で考えたオリジナル。イケテル……ここまでイケテルとは、マユは予想もしていなかった。

 おあいそでは無い拍手を受けて、知井子はステージを降りた。

 次の子たちは、知井子に呑まれてしまった。といっても、ここまで勝ち進んできた子たち、萎縮することはなかったけども、どこか力みすぎ、知井子のように自然なノリにはなれなかった。
 マユ自身は、お付き合いのつもりで適当にやっておくつもりだったけど、知井子が作った雰囲気というのは、みんなに伝染し、マユもつい本気になってしまった。

 そして、あの子の番がまわってきた。
 
 審査番号は現実には存在しない48……。
 マユは、改めて魔法をかけ直した。審査が終わったら、関係者一同の記憶、ビデオや、パソコン、カメラの記録も消さなければならない……おちこぼれ小悪魔には、少し荷の重い魔法だった。

 拓美がステージに上がった。審査員、受験者たち、フロアーに居た全ての人たちからため息がもれた。
 マユは、思わず、自分が魅力増進の魔法をかけてしまったのかと慌てるほど、拓美は輝いていた……。
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