大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・056『味噌煮込みのレシピ』

2019-08-10 13:43:51 | 小説

魔法少女マヂカ・056  

 
『味噌煮込みのレシピ』語り手:安倍晴美  

 

 

 ロビーに入ると、さすがにたじろぐ調理研のメンバー。

 

 間接照明だけの空間は紫色に統一され、三十余りのパネルには意匠を凝らした個室がベッドを中心に照らし出されている。

 個室は『家光』『家綱』『家茂』など、歴代の徳川将軍の名前や『田安』『一橋』とかの徳川の分家や所縁のある名前が付けられている。三人は、名前の由来よりも、酷暑のランニングの末に飛び込んだところが、こういうホテルであったことに頬を染めている。

「だれか来る」

 ひとり息も乱さずに泰然としている真智香が廊下の隅を指さした。作務衣姿のオバサンが手招きしている。

「ご宗家さまからうかがっております、こちらへ」

「お世話になります」

 引率責任者なので挨拶を返す、オバサンは伏し目がちに微笑んで、ちょうど着いたばかりのエレベーターのドアをキープしてくれる。

 六人が乗るとギューギューのエレベータ。みんな息を潜めているのが面白い。

 三階で降りて奥の部屋を目指す。真智香が「フェイント」と呟くが、気づいたのはわたしだけのようだ。なにがフェイントなんだ?

「こちらです」

 通されたのは『家斉』という部屋だ。

 家斉……十一代だったかな。

――そう、家康、慶喜並ぶ長命で、五十三人も子どもを作った絶倫公方様――真智香が想念で教えてくれる。

――それに、ここは地下一階。三階の表記はフェイントよ――

「家斉さまにあやかって、ひところは人気の部屋でしたが、近頃では、かえって敬遠されまして、今は、もっぱら祖父の道楽部屋になって……あ、もう出来あがっているようです」

「みんな汗みずくなんで、シャワーとか使えるとありがたいんですけど」

「でしたら、こちらに。五名様なら、なんとか一度に使っていただけます」

 えと……ガラス張りのお風呂なんですけど。

「だいじょうぶです、こうすれば……」

 オバサンの操作で、一面のガラスはオリンピックのロゴマークのような市松模様に変わった。

「じゃ、みんな一風呂いただこう」

「「「「はーーい」」」」

 シャワーを終えると、部屋の奥からお味噌系の美味しそうな匂いが漂ってきた。

「ちょうど、出来あがったところです。いま、お席を用意させますから」

 同じ作務衣の爺さんが、奥の部屋から半身を覗かせてオバサンに指示する。オバサンがパッドを操作するとダブルベッドが畳まれて、テーブルと八人分の腰掛がリフトアップされてきた。

「うちのご先祖は、公方様の賄い方をやっておりましたが、五代様の密命で不老不死や強壮薬の工夫をすることになりました。代々工夫を重ねて、ご維新で扶持を離れましてからは、五代様ご墓所の鶯谷に、このような宿を生業にいたしております。レシピは、後ほど先生にお伝えいたしますが、まずは、おいしいうちにお上がりください」

 おいしそう!

 配膳されたのは、味噌煮込みのつみれ鍋のようなものだ。またしても真智香がほくそ笑んでいる。魔法少女には味噌煮込みの正体が分かっているのだろう。あとで聞いてみよう。

 熱いのをものともせずにいただく。口に含んだところで赤だし味噌系だと思ったが、あまりのおいしさに、聞くのはあとまわし。

「権現様以来の三州の八丁味噌を使っております……」

 なるほど、色の割には味噌のくどさが無い。八丁味噌は家康公以来の徳川の定番だ。

「つみれの種は……」

 爺さんが語ろうとすると、オバサンがやんわりと静止。

「いまは、味わうことに専念なさってください(^▽^)/」

 お代わりしているうちに、聞くことも忘れてしまった。

 

 帰りは、一駅だけど鶯谷から山手線に乗る。

 

 車内で、もらったレシピを広げてみる。

 八丁味噌以外に、練馬大根と人参とネギが分かったが、肝心のつみれの材料は龍とか虎とかの字が混じっていてよく分からない。

「真智香、これは、なんの肉なんだろうね?」

「あ、いろんなものの肉。必要なら揃えるけど、みんなには内緒にしておいた方がいいかも」

「え、そなの……?」

「ほら、先生、夕日がきれいよ」

 ビル群の向こう、上野動物園と皇居のあたりに夕日が沈んでくところだった。

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高校ライトノベル・連載戯曲『となりのトコロ・11』

2019-08-10 06:44:21 | 戯曲
となりのトコロ・11 
大橋むつお
 
 
時   現代
所   ある町
人物  のり子 ユキ よしみ
 
 
のり子: おやじさん……こんなにボロボロになっていたんだね。こんなにくたびれてしまって……見られたくなかったんだよ。見られるくらいなら、常呂の森の一本の木になったほうがましだと思ったんだよ……おやじさん、きっとユキの知らないところで苦労したり、傷ついたり……おやじさん、そういう自分を子どもには見せたくなかったんだよ。
ユキ: わたし、もうちょっとでトドロのこと殺すところだった。
のり子: ユキを人殺しの鬼にしたくないから、おやじさん、恥を忍んで開いてみせたんだよ……ほら、こんなに恥ずかしそうにしている。
 
間。
 
ユキ: ……
のり子: さ、もうたたんでやんな。
ユキ: うん……(やさしく、捧げ持つように、ゆっくりとたたむ)
のり子: あ、姉さん起きてるよ。
ユキ: また、目を覚ましたの……じゃあ、子守歌……
のり子: 顔つきが……優しくなってる
ユキ: 姉さん……そう、姉さんも、やり直す気になってくれたの……常呂にもどったら人にもどれるかって?
のり子: もどれるんだろ?
ユキ: さあ、姉さんの心がけ次第ね。今までが今までだったから。
のり子: あ、ブヒブヒ言ってる。
ユキ: ハハ、まあ時間をかけてゆっくりやろうよ。ブタのままでも面倒みてあげるからさ、ね、あせんないで。
のり子: あ、なんか来る。
ユキ: バスだ……
のり子: どっち?
ユキ: こっち?
のり子: あっち?
ユキ: むこう、わからない?
のり子: 音……聞こえる。
ユキ: フフ、よかった。
のり子: え?
ユキ: ふつうの人には見ることも聞くこともできないの。
のり子: じゃ、あたしも、お仲間ってわけ?
ユキ: うん、友だちだもの。
のり子: え、友だち?
ユキ: いけない?
のり子: いけない……池ならあるよ。
ユキ: え?
のり子: 目の前に、ユキとあたしの友情の池。あ、魚がはねた! 見えない? 友だち同士なら見えるよ。だろ? ふつうの人には見ることも聞くこともできない池あるよ。いけないなんてことないヨ……なんてね。
 
二人、あたたかく笑う。二人の前をバスが通り、停まる気配。
 
ユキ: ついた。 
のり子: なに?
ユキ: ……コネバス。
のり子: え?
ユキ: トコロにコネをつけにいくバスだから、コネバス(目をこらしているのり子に)見えない?
のり子: うん、輪郭がぼやけちゃって……
ユキ: そのうち見えるようになるよ。
のり子: そうだね(振り返る。差し出されたユキの手に驚いて)ユキ……
ユキ: ありがとう。のり子のおかげで気持ちよく常呂に行ける(握手)
のり子: また、会える?
ユキ: たぶん、もう……
のり子: もう……?
ユキ: もう一度……会いたいね。
のり子: うん。
ユキ: 父さん、姉さん、行くよ……じゃあ!
 
退場。バスに乗る気配。
 
のり子: ユキ!
ユキ(声): さよならトドロ!(バスの発進音)
のり子: ユキ! さよなら、さよならユキ!
 
見送るのり子。下手から、よしみが駆けてくる。
 
 
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高校ライトノベル・高安女子高生物語・52『オッサンの時代とはちゃうねん!』

2019-08-10 06:39:39 | 小説・2
高安女子高生物語・52
『オッサンの時代とはちゃうねん!』     


――僕も、明日香のことは好きや――
 ドッキン!

 それが、まず目に飛び込んできて、うちは思わず、スマホから目を離した。
 ドキドキドキドキドキドキドキドキ

 うちの中に勝手に住み込んだ、山川の詳説日本史でもたった一回しか出てけえへん楠木正成が、うちの関根先輩への煮え切らん思いに業を煮やした。
 ほんで、こないだ玉串川の川辺で、うちに「好きや」と告白させよった。そんでも、それ以上なにもようせんうちに苛立ったんか、意地悪か、善意か、よう分からへんけど、うちが寝てて意識がないうちに先輩のアドレス調べて、うちの声で電話しよった。で、その返事がメールで返ってきた。

 心を落ち着けて続きを読んだ。

――保育所のころから好きやったけど、明日香は他にも男の友達がいてて、俺のことは眼中に無いと思てた。こないだの玉串川のことも、あとのシラっとした態度でイチビリかと思た。夕べのことで、明日香の気持ちは、よう分かった。正直、今は美保もいてる。煮え切らん男ですまん。でも、夕べみたいなことはあかんと思う。学――

 心臓がバックンバックン言うてる……ん……ちょっとひっかかる?

 夕べみたいなこと……電話以外になんかしたか? 
 うちは電話の履歴を調べた。美保先輩と二人の電話の履歴はあったけど、関根先輩のは無かった。で、メールの送信履歴を見る。

――今から、実行に移します。明日香――

 え……うちて、なにを実行に移したんや!?

 そう思うと、ジャージ姿のうちが浮かんできた。どうやら夕べの記憶(うちの知らん)の再現みたいや……。
 時間は夜の十二時を回ってる。
 素足にサンダル。自転車漕いで……行った先は、関根先輩の家……自転車を降りたうちは、風呂場から聞こえる関根先輩の気配を感じてる。先輩がお風呂! せやけど、うちは覗きにはいかへんかった。方角は、関根先輩の部屋。その窓の下。
 うちは、そーっと窓を開けると、先輩の部屋に忍び込んだ。で……。

 あろうことか、先輩のベッドに潜り込んでしもた!

 先輩が、鼻歌歌いながら部屋に戻ってきた。

「先輩……」
「え……!?」
「ここ、ここ」
 うちは布団をめくって、姿を現した。
「あ、明日香。なにしてんねん、こんなとこで!?」
「実行に移したんです……うちもお風呂あがったとこです」

 ゲ、うちはジャージの下は、何も身につけてないことに気が付いた! ほんで、おもむろにジャージの前を開けていく。先輩の目ぇが、うちの胸に釘付けになる!
 うちの手ぇは、ジャージの下にかかった。

「あ、明日香! こんな飛躍したことしたら!」
「言うたでしょ。うちを最初にあげるのんは、先輩やて」
「声が大きい……!」

 それから、先輩は、うちのジャージの前を閉めると、お姫さまダッコ!……で、窓から外に出されてしもた。
「大丈夫か……頭冷やして……オレも連絡するさかい!」
 で、うちは、そのまま自分の家に帰った。

 なんちゅうことをしたんや!

「好きやったら、あたりまえやろ。この時代の男はしんきくさい。好きなくせに夜這いも、ようさらさんと。せやから明日香の方から仕掛けていったんや」

「オッサンの時代とはちゃうねん!」

「せやから、夕べは大人しい帰ってきた。関根、ほんまにビビっとったからな。わし、分からん。好きな女が二人おってもええやんけ。付き合うて、相性のええほうといっしょになったらええねん。せやけど、明日香の気持ちは伝わったで」
「伝え過ぎや!」
「そう、怒りな。そろそろ学校いく時間とちゃうけ?」
「あ、もう7時45分!」

 うちは、ぶったまげて、制服に着替えよ思て、パジャマ代わりのジャージを脱いだ……ほんで、気ぃついた。夕べの朝やから、うちは、パンツも穿いてなかった……。
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高校ライトノベル・里奈の物語・51『今日は店番ええから』

2019-08-10 06:32:27 | 小説5
里奈の物語・51
『今日は店番ええから』 


 
「今日は店番ええから」

 びっくりした。
 伯父さんは、けして気配りの行き届いた人じゃない。
 だけど、トイレの前で待ち構えて、いきなり用件だけ切り出すような無神経なことはしない。
 恥ずかしさがやってくる前に、ビックリと戸惑いがやてきた。

「おっちゃんら行けんようになったから、里奈ちゃん行っといで」
 ズイっと二枚のチケットが差し出された。
「え……」
「劇団北斗星の大阪公演や。前から楽しみにしてたんやけど、ちょっと不祝儀ができてしもて、行かれんようになったんや」
「ブシュウギ……?」
「え、あ、いや……知り合いの落語家さんが亡くなってな、そっちの方行かなあかんようになったんや。あ、大事なお得意さんやったんでな」
 あたしはブシュウギの意味が分からなくて疑問形になったんだけど、伯父さんは不祝儀の中身について畳みかけた。
「あ、ども……観たかったんだけど、チケ高いからあきらめてたんです。ありがとう伯父さん」
 洗ったばかりの手は、まだ湿っているので、サロペットの太ももで拭って、チケットを受け取る。

 思いがけずフリーの一日とチケットが手に入った。

 美姫か拓馬かを誘おうと思う。
「あ……美姫は学校だ」
 スマホを操作する指は画面の上で止まってしまう。拓馬のアドレスにタッチすれば済む話なんだけど……。

 じゃ、拓馬だ……そう頭のスイッチを切り替えて、胸がドッキンしてうろたえる。
――数少ない友だちだから……しばらく会ってないから……だよね――

 そう納得してメールを打つ。友だちを恋しいと思うだけ、あたしは進歩したんだ。

 返事を待っている間に桃子で遊ぶ。

 劇団北斗星で検索。チケットの高さによそよそしく感じた画面がフレンドリーになる。
 伯父さんが言っていた落語家さんだろう、サイトのニュースに名前が出ている。あたしでも知っている上方落語の重鎮だ。と言っても直接見たことはない。ユーチューブで検索。
 少し若いころの動画。出囃子で出てきた姿はカッコいい。しぶいイケメンの小父さんだ。シュッと一息で羽織を脱ぐのがクール。
 落語なんてほとんど聞いたことはないけども、芝居よりも面白いかも……と思う。
 枕が終わったところでメールがきた。

「よし!」

 鶴橋の内回りで拓馬と落ち合った。

「オレも諦めてた芝居や。ラッキーやなあ!」
「ハハ、どーよ!」
 拓馬の顔の前でチケットをヒラヒラさせる。こんなふうにじゃれ合うのは何カ月ぶりだろう……。
「ン……ちょっと見せて」
「どうかした? 本物だよ。座席指定も今日だし」
「そうなんだけど……里奈、伯父さん、前から楽しみにしてたって、言ってたよな?」
「うん、そうだよ。お得意の落語家さんが亡くなったんで……」
「チケットの購入日……今日やで」
「え……?」

 どういうことなんだろう……?

 深く考える前に内回りの電車がホームに滑り込んできた……。

 
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高校ライトノベル・須之内写真館・24『アイドル候補生』

2019-08-10 06:24:37 | 小説4
須之内写真館・24
『アイドル候補生』 


 アイドル候補生の朝はジョギングで始まる。

 最初のショットと共に、記事の冒頭の一行が頭に浮かんだ。
 大阪福島区のストリートミュージシャンの記事が好評で、続いて出した南千住商工会忘年会の写真記事も、編集長が見たとたんに、こう言った。

「巻頭の見開き二ページでいこう!」

 坂東はるか、仲まどかという若手女優が写りこんでいるという要素はあるが、商工会の下町丸出しの忘年会がいい。今の日本の経済状況から、庶民の喜怒哀楽までが、程よくアルコールが入ったことにより、てらいもなく自然に出ている。読者は、自分たちと同じ姿をそこに見て「人生捨てたもんじゃないよね」と、アイドルグループの歌の文句のような気持ちになれる。

 そこで「人生捨てたもんじゃないよね」のコンセプトで、もう一週写真記事を撮ることになり、直美は迷うことなく、アイドル候補生の杏奈と美花を選んだ。
 その密着取材の最初が、起き抜け直ぐのジョギングである。寄宿している光会長の家がある街を一周する。四キロ三十分、起き抜けには少しきついメニューである。
 直美は、雑誌社の車に乗せてもらい、後になり先になり、時には車から降りて伴走しながら写真を撮る。

 中間地点の河川敷に差しかかったときである。

 草むらから一匹の子犬が付いて走ってきた。カメラを持った直美には関心が無く、ひたすら杏奈と美花の足に絡むようにして着いてくる。
 うす茶色で、尻尾が巻き上がっているところなどから、日本犬の血が混じった雑種のようだ。
「構うと、家まで付いてくるからな。二人はひたすら走れ」
 会長は、そう言った。

 信号に差しかかると、会長は子犬をジャケンに追い散らした。

 しかし、信号を渡って、通り二つ分いくと、別の道を通ってきたんだろう、また尻尾を振りながら二人に付いて走り出す。で、会長が、また追い散らす。
 杏奈と美花は、言われたとおり無視して走っているが、その無邪気な姿に、どうしても気が取られて居る様子だった。

「とうとう、付いてきちまったなあ」

 子犬は、会長宅の門の前で、ちょこんと座ったままである。
 杏奈と美花は、チラ見しただけで、玄関に入った。

 当の光会長が動かない。直美はその間二十枚ほど写真に撮った。会長が近づくと、通りの向こうまで逃げるが、会長が玄関に戻ると、直ぐに門のところまで戻ってくる。
「しょうがねえなあ」
 会長がつまみ上げた。子犬は困ったような顔になるが、噛みついたり吠えたりはしなかった。
「二人とも、こっちおいで」
 杏奈と美花は、待ってましたとばかりの勢いで玄関から出てきた。
「どうする、二人のこと好きらしいぞ」
「は、はい……」
 二人は半端な返事をするが、気持ちははっきり現れている。
「……オスだなあ」

「ファン第一号ですね」

 直美は、そっと一言押してみた。
「よーし、二人が学校から帰ってきて、まだ居るようなら飼ってやろう」
「ワン!」
 子犬は分かったのか、元気に一声上げた。
「ウワー!」
 杏奈と美花も声を上げた。
「まだ決めたわけじゃない、二人が帰ってくるまで、いい子でいなくっちゃな。ああ、触るんじゃない。その気になりやがるからな」

 で、犬はほっぽり出され、会長と二人の候補生、そして取材の直美たちは家の中に入った。

 その後、通学する二人を駅までいっしょに歩いた。不思議なことに、子犬は門のところで、尻尾を振って見送るだけだった。
 杏奈は直美が、美花は雑誌社の編集者が学校まで付いていき、短い終業式が終わるのを待って、それぞれ会長宅に戻ってきた。
 直美も編集も犬のことは、いっさい口にしなかった。

 二人は連絡をとり合い、駅からいっしょに帰った。横丁を曲がると会長の家。二人の緊張が伝わってくる。直美は、ここでも三十枚ほど写真を撮った。
「あ、いた!」
 美花が小さく叫ぶと、子犬が駆け出してきた。二人も顔をほころばせて駆け寄った。

 子犬はファンタと名付けられた。

 ファン第一号で、ファン太郎。縮めてファンタ。二人のデビュー前の小さくて大きなエピソードになった。
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・92』

2019-08-10 06:16:10 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか 真田山学院高校演劇部物語・92
『第八章 はるかの決意15』 


 
 明くる十二月の半ばに本選の合評会がひらかれた。

 駅前の焼鳥屋さんのいい匂いを嗅ぎながら、会場のR高校に向かう。
 有数の私学だけあって、五階建ての立派な校舎がドデンとそびえている。
「昔は、蔦の絡まる、おもむきのある校舎やってんけどなあ」
 と、大橋先生は感慨深げ。

 会場は、これが視聴覚教室かと、ぶったまげるほど立派な劇場であった。
 さすがは演劇部が売りのR高校だ。

 合評会は、時間になっても、まだ到着しない学校があって少し遅れた。
 受付でもらったレジメを読んだ……頭に血がのぼった。
 審査員のコメントから、真田山学院高校を落としたポイントが完全に抜けていた。

 作品に血が通っていない。行動原理、思考回路が高校生ではない……どこを探してもない。

 それどころか、最後にはゴシック体で、こう書いてあった。

――審査の帰り道、電車の中でフト思った。真田山学院高校にもなんらかの賞をあげるべきだったかな……と。

 審査員が「賞をあげるべきであった」と思うのは「審査は間違いだった」と認めたことだ。

 深呼吸して読み直す、学校によってコメントの長さに大きな開きがあることに気が付く。
 短い学校は五行ほど、長い学校は二ページ近くある。生徒のわたしが見ても「イチジルシク教育的配慮」に欠けている。
 横に座っている先生の表情が硬い。コンニャクが石になったみたい。
 こんな、おっかない顔の先生は初めてだ。

 十五分遅れて合評会がはじまった。

 出場校の全員が舞台にあがって自己紹介。司会はイケメンの実行委員の男の子。
 二校目で「あれ?」と思った。

 批判が一つも出ない。

「おつかれさま、とてもよかったです。衣装がとてもきれいでしたけど、どうやって作ったんですか?」
 などと、芝居の中味に触れた質問や批判などが、まるで出ない。
 国会の与党の質問でも、もっと鋭い。チョウチン発言ばかり。
 質問が無いと、あらかじめ用意されていた(なんたって、カンペ見てたもん)賞賛の言葉が、質問という形式で発せられる。
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