大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・063『舞鶴沖』

2019-08-25 14:40:30 | 小説

魔法少女マヂカ・063  

 
『舞鶴沖』語り手:マヂカ  

 

 

 空港からバスと電車を乗り継いで、舞鶴まで二駅と言うところで気配が濃厚になってきた。

 手負いの魔法少女、石見礼子だ。

 

 罠かもしれない。

 

 思ったが口にはしなかった。ブリンダも同様で、むっつり黙ったまま港を目指して歩いている。

 横須賀では亜世界とでも言うべき時空の狭間で戦った。戦場になったS女学院は亜世界に顕現した幻影だったが、この舞鶴においても亜世界で行われるとは限らない。現に、リアル世界の護衛艦と空母は被害を受けているのだ。

――リアルで戦いになったら、海に誘い出そう――

 舞鶴は北に向かって海が広がっている、左右から追い立てるようにすれば海に逃げざるを得ない。問題は眷属どもだが、今のところ礼子以外の気配は無い。

 角を曲がると交差点、それを渡れば赤レンガ倉庫街……。

 居た。

 礼子は、横断歩道の向こう側で、まるで――待っていたわよ――というような微笑みさえ浮かべて立っていた。

「クソ」

 逸ったブリンダが歩みを進めようとすると――赤信号よ――口の形で言って、頭上の信号を指さした。

 横須賀の時と違って、ロシア娘という姿だ。

 ナリこそは、ジーパンに白のカットソーというありきたりなのだが、露出している肌は抜けるように白く、サラサラのプラチナブロンドに見え隠れする瞳は青みを帯びた灰色、それが濃密にロシアのオーラを放ってるのだ。

 舞鶴はロシア人も珍しくない、擬態としてもおかしくは無い。

 いや、擬態ではあるのだろう、奴の両腕はブリンダといっしょに切り落としてやったものな。

 

 信号が青に変わった。

 

 え?

 青信号が、礼子の瞳と重なった。いや、はっきりと礼子の瞳だ。

 呑み込まれる……横断歩道に足を踏み入れた途端に、礼子の世界に引きずり込まれそうになる。

 足元にパルス地雷でも仕込まれていたら無事では済まない!

 

 ズドドドドーーーン! ズガガガン! ズドドドン! ズッキューーーン!

 

 両翼から弾が飛んできた! 

 山ほどの水柱が巨大なキノコのように何十本も立ち上がり、数万本の光るアイスキャンディーが交錯する。

 くそ、フェイクだったか!!

 互いを蹴飛ばすようにして散開、並んで立っていては格好の的になるだけだ。

 魔法少女達は、手に手に得物を持って追随してくる。速度的にわたしたちを凌駕する者はいないが、数が多い上に先手を取られている。一人から逃れると三人が待ち受けているという具合で、めちゃくちゃ不利だ!

 死中に活を求める! 肉を切らせて骨を切る! 陳腐な慣用句が浮かんでくる。司令が言ったのなら鼻で笑ってやるが、この状況では笑えない。

 トゥリャーーーーーーーー!!

 差し違える覚悟で目前の魔法少女に突っ込む。

 敵の放ったパルス弾が数百の単位で身を掠める、数十発は身を削っていくだろう。

 怪我は仕方ないかも、しかし、先週買ったばかりのワンピがダメになるのが悔しい。手負いの礼子を見届けるだけ、罠かもしれないという思いはあったが、どこかでタカをくくっていた。

 セイ!

 眷属の魔法少女を蹴飛ばして、その勢いで礼子にアタック!

 ビュン!

 礼子は、両手で構えたパルスブレイドを振りかぶった。からくも直撃はかわしたが、その風圧で数十メートル波の上を吹き飛ばされた! しまった、機雷原に誘導されたあああああああああ!

 ドガドガドガドガガガガガガガーーーーーーーーン!

 立て続けの弾着と炸裂! 一歩踏み出して避けるが、無事では済まない……。

 

 しかし、踏み出した足は横断歩道の白いゼブラを踏むことも、機雷を炸裂させることもなかった。

 

 そこは、穏やかな海の上だ。

 

 後ろに見えるのは舞鶴の山並みだぞ。ブリンダが状況を把握する。

「せめて幻でも勝てたらとね……」

 優しいまなざしで礼子が手を広げる。お互いに、波の上三十センチくらいの高さに居るようだ。

 まるでVRの世界のようだが、波のうねりに合わせて体が上下している。亜世界か? 異世界か? 次元の狭間か?

「リアルの舞鶴沖よ。でも、もうリアルに戦う力は、わたしには無い」

「……なにをしようと言うの?」

「114年前、オリヨールが、ここまで来た時にユーンク艦長は事切れて水葬にされたの」

「そうか、海戦の後、拿捕されて舞鶴に回航されたのよね」

「戦艦石見は横須賀でおしまい、オリヨールとして、ここでおしまいにする。幻影でもあなたたちにトドメをさせなかったしね……ロシア艦隊の船霊(ふなだま)は安息を求めているの……むろん、魔法少女に変化(へんげ)して、最後まで戦いを挑む者も多いと思うけど、それを忘れずにいて欲しいから……立ち会ってもらったの……わざわざ、ありがとう」

 礼子……いや、オリヨールが微笑むと、彼女の背後に白い夏の軍服を着た艦長が現れ、やさしくオリヨールの肩に手を添えたかと思うと、二人そろって海に沈んでいった。

 気が付くと、横断歩道を渡り切ったところに立っていた。

 

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・67〔今日はうちで、お勉強会〕

2019-08-25 06:39:02 | ノベル2
高安女子高生物語・67
〔今日はうちで、お勉強会〕
       


 テストも残すところあと二日。

 で、今日は、うちの家でお勉強会。みんなも経験あると思うねんけど、こういう勉強会は、勉学的には、あんまり意味がない。けっきょくワイワイ喋って、それでお終い。

 せやけど、うちは、この「ワイワイ喋ってお終い」が必要やと思う。
 美枝のためにも、ゆかりを入れたうちら三人のためにも。たしかに一昨日はカラオケ行って、プリクラ撮って、友だちらしいにはできた。
 現状維持としては……互いに仲良そうにしてる仮面友だちとしては。
 せやけど、いざという時に一歩踏み出せる友だちであるためには、今、オチャラケではない三人の時間が必要やと思た。

「アホな明日香のために、頼むわ!」

 そない電話して、明日香のためならしゃあないなあ……そない思て電話したら、二人とも、あっさりOK。
「それ、ぜったいええわ。やろ、やろ!」これはゆかりの弁。
 ゆかりは美枝に言うだけのことは言うてる。けど、そのために付き合いが表面的になってしもてるのを気にしてる。カラオケやってても分かった。二人の仲の良さは不自然なくらいやった。あれは友だち慣れした見せかけの友だち。二人ともそれ誤魔化してるのんがもどかしい。
 そこを、新参者のうちがアホ役買って出て勉強会いうのは、我ながらええアイデア。

 正直いうと、例の正成のオッサンの入れ知恵やけどね。

「うわー、ええ部屋やんか!?」
 ゆかりが声をあげた。
「こんなオモチャ箱みたいな部屋好き!」
 美枝も賛同。

 今日は、一階のお父さんの部屋を借りた。

 三階のうちの部屋は両親の寝室と襖一枚で隣り合わせ。当然襖締めならあかんけど、この季節、三階は冷房が必要。それに、なにより部屋の片づけせんとあかん。で、お父さんに頼んだら二つ返事でOK。お父さんは久々に八尾まで出て映画でも観るらしい。

 とりあえず、二人が持ってきたお土産の回転焼きを食べた。

「ここ、お父さんの部屋?」
「うん。それぞれの部屋で住み分けてんねん」
「ふうん……まあ、勉強には適してるね。窓ないし、玄関ホール挟んでるから外の音も聞こえてけえへんし」
「ここは、元ガレージやってん。うちが赤ちゃんのころにジジババ引き取ること考えて二世帯住宅にしてん。お父さんは、ずっと二階のリビングで仕事してたけど、ジジババ亡くなってからは、お父さんの仕事場」
 今日は、真ん中の座卓の上のもん、みんな部屋の隅に片づけてもろてた。

「あ、ええもん置いたあるやんか!」
 ゆかりが置き床に置いたある『こち亀』の亀有公園前派出所のプラモに気ぃついた。
「これ、お父さんが作らはったん?」
「あ、うち、子どもの頃『こち亀』好きやったから、せやけど、うち中学いくころには興味なくなったさかい、未完成のまま置いたあるねん」
「うわ、入り口動く。パトチャリまで置いたある。きれいに色塗ったあるねえ」
「あ、これヘンロンのラジコン戦車。お兄ちゃんも一個もってるわ」
 うちは、当たり前すぎて気ぃつかへんかった。おとうさんのガラクタ収集癖は昔から、隣の部屋はお父さんの物置。その部屋通らんと二階へは上がられへんから、二人は、まだ見てへん。それを言うと美枝が目ぇ輝かせて「見せて!」言うた。

「うわー、まるでハウルの部屋みたい!」
「ハウル?」
「ジブリの『ハウルの動く城』やんか。あのハウルの部屋みたい」

 うちは、いっつも、この部屋はスルーしてるから、改めて見るとゴミの中にもいろいろある。百ほどあるプラモの中には、実物大の標本の人間の首。それもスケルトン。これが何でか南北戦争の南軍の帽子被ってる。
 美枝が発見した棚の上には、1/16の戦車がずらり、あと航空母艦やら戦艦大和やらニッサンの自動車、飛行機、その他エトセトラ。で、周りの本箱には1000冊ほどの本がズラリ。うちが小学校のとき借りて読んでた『ブラックジャック』と『サザエさん』は全巻並んでた。
「すごい、これ、ホンマモンの鉄砲ちゃうのん!?」
「うん、本物らしいよ。無可動実銃いうらしいねんけど、キショクワルイよって、隅のほうに置たある……それは宮本武蔵の刀のレプリカ……その黒い箱はヨロイが入ってる。あ、足許気ぃつけてね。工具とかホッタラカシやから怪我するよ」
「「スゴイスゴイ!」」
 二人で、同じ言葉を連発してた。
「まあ、ちょっとは勉強しよ」
 きりないんで、うちは切り上げを宣告。元の部屋に戻ると、また発見された。

「いやあ、なに、このリアルに可愛らしいのんわ?」

 それは仏壇の横で小さく体育座りしていて、うちは気ぃつかへんかった。
「あたし、知ってる。1/6のコレクタードールや。これ、ボディがシームレスで、33カ所も間接あって人間みたいにポーズとれるんよ」
 物知りのゆかりが、目を輝かせて言った。

 その子は制服らしき物を着て、知的で、心なし寂しげだけど。見ようによっては和ませてくれる……せやけど、うちは恥ずかしかった。仮にも妻子持ちのオッサンがこんなもんを!?

「アハハ、ガールズ&パンツアーや!」

 美枝が玄関ホールで声をあげた。
「この段ボール、1/6の戦車模型のキットや。お父さん、これに、その子乗せるつもりなんちゃう?」
 ああ、もう顔から火が出そう……。
「いや、うちのお父さんは本書きで、その……ラノベとか書いてるよってに、その資料いうか、雰囲気作りに……」

「明日香……お父さんの作品て読んだことあるのん?」
「え?」
 美枝の指摘は、スナイパーの狙撃にあった間抜けな女性情報諜報員のようやった。
 あたしは、生まれてこの方、お父さんの本を読んだことがない。たまに、作品を書くために、うちらの世代の生活のことなんか聞いてくる。分かってる範囲で答えるけど、たいがい「分からへん」「そんなん人によってちゃう」とか顔も見んと邪魔くさそうに返事するだけ。

「ここは、ハウルの部屋やで……」
「隣の部屋は、もっと……」

 もう、たいがい死んでるのに、まだ撃ってこられるのはまいった。

「よかったら、これ読んだってくれる。お父さんの本」
 あたしは、クローゼットから、お父さんの本を取り出した。
「うわー、こんなにあるん!」
「あ、印税代わりに出版社から送ってきた本。お父さん印税とれるほど売れてないし。まあオッサンの生き甲斐。あんたらみたいな現役の高校生に読んでもろたら、お父さんも喜ぶ」

「ありがとう」と、ゆかり。

「せやけど、まずは娘のあんたが読んだげなら……」

 で、午前中は、お父さんの本の読書会になった。
「お父さんて、三つ下の妹さんがいてはってんね……」
 短編集を読んでいたゆかりが言った。
「この子三カ月で堕ろされてんねんね……」
 美枝がトドメを刺す。

 うちは初耳やった……いや、言うてたのかもしれへんけど、うちはええかげんに聞いてただけかもしれへん。

 痛かったけど、有意義な勉強会やった……。
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高校ライトノベル・須之内写真館・39『風ひかる』

2019-08-25 06:25:30 | 小説・2
須之内写真館・39
『風ひかる』
        


 子犬のファンタは見違えるくらい大きくなっていた。

 今日の直美は、ヒカリプロの会長の家にやってきている。
 住み込みのアイドル候補生の杏奈と美花が、甲斐甲斐しくパーティーの用意の手伝いをしている。
「あんたたち、怪我は治ったの?」
「はい、捻挫と……」
「肋骨のヒビだけでしたから」
 二人は、レコード大賞のとき、受賞者の大石クララと服部八重が、ステージの階段を踏み外し、あわや大惨事になるところを二人で体ごとクッションになって名誉の負傷を負ったのである。しかし、それも癒えたようで、じゃれつくファンタをいなしながら、要領よくデビュー記念パーティーの用意をしている。

 デビュー記念パーティーと言っても、杏奈と美花ではない。主役は壁にかかっていた。

「もう三十年になるんですなあ……」
 いっしょに呼ばれた父の玄一が呟いた。壁の写真の主は、三十年前にデビュー直後に亡くなった宮田弘子であった。
「事故だったんですよね」
 直美が、気を遣って、先回りをした。
「いいや、わたしが死なせたんだ」
 ヒカリ会長が、穏やかに、でもキッパリと言った。

 玄一は、思い出していた。

 三十年前、ヒカリプロ期待の新人宮田弘子が亡くなった。事務所前で、迎えの車を待っているときに、急に車道に飛び出し、車に跳ねられて亡くなった。事故説と自殺説の両方が流れたが、結論は出ていない。
 ただ、ヒカリ社長は「自分が死なせた」と思っている。
 三十年前の今日デビューして、桜の花が満開になった四月の八日に亡くなっている。
「早くデビューさせすぎたんでしょうなあ……ここで杏奈や美花と同じように同居させて、全てを分かったつもりでデビューさせたんですが……」
「伝説の新人でしたね。デビュー二か月でオリコン一位『風ひかる』は、発表と同時にレコード大賞の下馬評でしたなあ」
「十七歳で、あの変化と人気……ついていけなかったんだと思ってます。わたしも弘子のデビュー後は構ってやれませんでした。マンションで一人住まい。心のバランスがとれなくなってしまったんでしょう……弘子のことは一生忘れません。でも、ケジメはつけようと思いましてね」

 暗くて痛い話は、玄一にしかしなかった。

 用意ができると、ヒカリ会長と奥さん、杏奈と美花、玄一と直美、そしてファンタの六人と一匹でパーティーになった。会長中心にオッサンとオバハンの馬鹿話と思い出話。理解できないところで、若い三人の間の抜けた質問。

――こういうことを、弘子にはしてやらなくっちゃいけなかったんだ――

 会長は、やりきれない想いでいたが、おくびにも出さず、ただただ明るかった。
「一つ発表がある」
 いきなり会長が立ち上がった。
「だいじょうぶですか、あなた?」
 奥さんが気に掛けるが、本人は入っているアルコールの割には正気である。
「杏奈と美花を四月にデビューさせる。デビュー曲は『風ひかる』だ」
「え、宮田先輩の……!?」
 美花が素っ頓狂な声をあげる。杏奈は驚きで声も出ない。
「アレンジはするけどな。二人とも弘子に誓え。必ずヒットさせるって! そして、二人はデビュー後も、一年間はここで暮らす。いいな!」
「は、はい!」
 二人の声が揃う。

 ここまでに、直美は百枚以上の写真を撮っていた。そして、パーティーの終わりに、テーブルを片づけ、弘子の写真を真ん中にして記念写真。これは、デビュー後の最初のアルバムとプロモに使う。

「四月八日には、正式な弘子の三十回忌を事務所でやる。でも、それは外向き。本当の記念会は今日だ!」
 会長が、そう言って、最後の乾杯をした。
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高校ライトノベル・小悪魔マユの魔法日記・13『知井子の悩み・3』

2019-08-25 06:19:08 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・13
『知井子の悩み・3』


 マユは、ホッとした。

 このイケメンニイチャンのナンパを、しつこいと思っているオーラを感じていたのだ。

 地下鉄の入り口あたりで、人待ちをしているオジサンだ。小悪魔のマユには、そのオジサンがHIKARIプロのプロディユーサーであることも分かっていた。

 マユの魔法が、もう三十秒も遅ければ……。

「きみ、ちょっとしつこいよ」と、オジサンが声をかけてくる。で、知井子の可愛さと才能を一発で見抜き、プロダクションの名刺を渡す。
「よかったら、一度電話ください」ということになる。知井子はHIKARIプロのプロディユーサーであることと、その人の人柄の良さで、電話し、あっと言う間に、アイドルへの階段を上り始めることになる。
 
 その人は、ひとまずイケメンニイチャンの口がチャックをかけたように静かになったので、安心して、わたしたちから興味を失った。
――やった!
 マユは、オチコボレ天使の利恵が開いた運命の道を閉ざせたと思えた。気楽になったマユは、知井子の注文通り、写真をバシバシ撮ってやった。
「これくらいで、いいんじゃない?」
「うん、でも、この街角ステキだから、あと、もうちょっと」
「はいはい」
――おっと、またプロディユーサーさんがこちらを見ている。ちょっちヤバイ。
 
 そのときHIKARIプロのプロディユーサーさんは、コールがあったらしくスマホに出た。
「……分かった、すぐに戻る」
 どうやら、プロダクションからの電話のようで、プロディユーサーさんは、地下鉄の入り口をちょっと覗いて、数十メートル先、プロダクションの入っているビルに、足早に戻っていった。
――やりー! これで運命の扉は完全に閉じられた。
「よし、じゃ次は原宿、竹下通りに繰り出すか」
 知井子の開放感は、見ているだけで嬉しかった。

 地下鉄の入り口を下って、階段の踊り場で、ちょっと人だかりがしていた。たいていの人は、ちょいと見るだけで通り過ぎていく。
「なんだろ?」
 踊り場の内側なので、すぐ側に降りてみるまで分からなかった。
「……あ!」
 知井子とマユは、同時に声を上げた。

 踊り場の壁を背にして、おじいさんが荒い息をしてうずくまっていた。
 階段を上り下りする人たちは、一瞬気には留めるが、群集心理「誰かが助けるだろう」と思って通り過ぎていく。
「おじいさん、どうしたの大丈夫!?」
 知井子が駆け寄った。
 心臓発作だ。マユには、すぐに分かった。
「……す、すまん。鞄に薬が……」
「わ、分かった、これね」
 知井子は、素早くカバンを開けて薬の小瓶をとりだした。
「そ、それ、二錠……」
 知井子は、素早く小瓶を開けようとしたが、パニくっているのだろう、蓋を右に回している。
「うーん、開かないよ……!」
「ばか、こっちに寄こして!」
 マユが手を伸ばして、小瓶を受け取ろうとしたとき、ちょうど階段を駆け下りてきた女の子の足が当たった。
「あ、ごめん」
 女の子は、言葉だけ残して、駆け下りていった。
「だれか、その薬を!」
「お願い!」
 マユと知井子は同時に叫んだ。
 小瓶はプラスチックなので、割れることはなかったけど、コロンコロンと階段を落ちていき、たちまち、人混みの中に見えなくなってしまった。
「あ、ああ……」
 おじいさんが、絶望の声をあげる。マユは、通り過ぎる人たちが、できそこないの悪魔のように思えた。
「わたし、探してくる!」
 知井子が、階段を駆け下りた。
 おじいさんの唇から血の気が失せていく。
 マユは、静かに呪文を唱えた。
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム……」
 マユは、小悪魔には許されていない、蘇生魔法(レイズ)の呪文を唱えているのだ。
 むろん、マユは初めて。おまけに修行中であるために、戒めのカチューシャがキリキリと頭を締め付けてくる……。

 つづく
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高校ライトノベル:連載戯曲:ユキとねねことルブランと…… 2

2019-08-25 06:07:48 | 戯曲
ユキとねねことルブランと…… 2

栄町犬猫騒動記
 
大橋むつお
 
 
 
時  ある春の日のある時
所  栄町の公園
人物
ユキ    犬(犬塚まどかの姿)
ねねこ    猫(三田村麻衣と二役)
ルブラン   猫(貴井幸子と二役)
 
 
ねねこ: それにしても、うまく化け……(ぐるっと、ユキのまわりを一まわりして、おぞけをふるう)……その体はまどかそのもの……ユキ、おまえ、まどかに憑いたね……!?
ユキ: ちがう、それはちがう!
ねねこ: なにがちがう。人間の目はごまかせても、あたしの目はごまかせないよ。
ユキ: ……だれ、あなた……そういうあなたこそ、三田村麻衣じゃないわね?
ねねこ: フフフ……にぶい犬だ、まだ気がつかないのかい?
ユキ: ……!?
ねねこ: ねねこよ、あたし。
ユキ: ねねこ……!
ねねこ: そんなバイ菌を見るような目で見ないでくれる。あたしは、コソドロみたいに人の体をのっとったりはしないわ。これは、わたしの磨き上げたテクニックで変化(へんげ)した、芸術品ののような三田村麻衣の姿よ。
ユキ: ねこばけ……
ねねこ: ありがとう。名誉ある称号をおぼえていてくれて。犬は間抜面して尻尾ふるしか能がないけど、あたしたち猫は、たとえ飼主であろうと媚をうらず、独立自尊の風を失わず。その化学(ばけがく)は、時に、狸や狐をもしのぎ、その変化(へんげ)の術は、人で申さば人間国宝、匠のきわみ。なかんずく、このねねこは遠く鍋島猫騒動のねこばけの嫡流。エスタブリッシュの頂点……なんて、むつかしい言葉を並べても、犬の頭じゃ理解できないわね。
ユキ: どうして、麻衣ちゃんに化けているのよ?
ねねこ: 言ったでしょ、バイ菌見るような目で見ないでって。ねこばけの値打のわからない下等動物とは口もききたくない……と他の犬なら、そう言って後足で砂をかけておしまいだけど。ほかならぬ、今は亡き主の親友の飼犬ちゃん……
ユキ: 今なんて言った……今は亡き……?
ねねこ: そう、今は亡き……麻衣ちゃん、死んじゃったのよ。
ユキ: うそ……
ねねこ: ふた月ほど前の夕暮れ時、コンビニに行こうと、急に家の前にとび出した麻衣ちゃんを、トラックが……即死だった……おり悪しく、ちょうどたばこ屋の角を曲がって、お母さんが帰ってくるのと同時……とっさに、あたしは麻衣ちゃんの亡骸を隠し、大あわてで麻衣ちゃんに化けたの……それからふた月、お父さんやお母さんの悲しみを思うと、もとのねねこの姿にもどることもできず、悲しい変化(へんげ)を続けているの……
ユキ: 麻衣ちゃんは……?
ねねこ: 庭の桜の木の下。猫の魔法で瞬間移動させて……今、静かに土に還りはじめている……
ユキ: そんな……麻衣ちゃんが……
ねねこ: 麻衣ちゃんが死んだって知ったら、麻衣ちゃんのパパとママは、どんなに悲しむことか……それを思うと夜も眠れず、変化のストレスも重なって……あたし、近ごろナーバスなの……
ユキ: なんてこと……ふた月も前から……だから、まどか、あんたのこと敬遠してたんだ……一番の親友だったのに……どうせ化けるんだったら、もう少し……性格とか、もっと麻衣ちゃんらしく……
ねねこ: 姿形はともかく性格まではね……ところで、ユキはどうして、まどかの体にとりついたりしてんのさ?
ユキ: ……
ねねこ: 言っちゃいなよ。あたしは全部ゲロしちゃったんだから、今度はユキの番だよ。
ユキ: 今朝……目が覚めたら、入れ替わっていたんだ……
ねねこ: 今朝?
ユキ: まどかって、時々、心ここにあらずって顔してる時があるでしょ。
ねねこ: うん、よくボーっとしてるよね。
ユキ: あれって、ほんとに心がないんだよ。
ねねこ: え?
ユキ: 体から、魂が抜けて、フワフワしてんの。そういう時、わたしも時々、まどかの体の中に入ったりしていたの。
ねねこ: え、ユキって、そんなことができるんだ!?
ユキ: うん、子犬のころから、「あ、この人って何考えてるんだろう……」そう思うと、ふうっと相手の中に入れたりしたんだ。
ねねこ: そうなんだ。
ユキ: もっとも、ほかの犬や人には嫌がられることが多くて……それで、犬の国を出てきちゃったんだけど……
ねねこ: え……ユキって、犬の国出身なんだ。
ユキ: うん、そうだよ。この妙な癖がなかったら、とっても住みやすいところ……でも他の犬には内緒だよ。この町の犬は、犬の国の出身てだけで白い目で見るんだから……
ねねこ: うん、わかった……そいで、どう。まどかの体に入って、どんな具合?
ユキ: うん、表面はいい子ぶってるけど、実際は不安と不満だらけの子なんだ。そのひずみが、体のあちこちに出ていて……今も、肩と腰にエレキバンはってんの……
ねねこ: ハハハ……
ユキ: 入試のことも気になってるみたいで……胃にもきてんの……ゲップ……ごめん。
ねねこ: で、まどかは、犬のユキの姿で町をうろついてるんだ……
ユキ: ひょっとして、犬の国へ行ってしまったのかも……昨日、携帯で犬の国の友だちとしゃべっていて……とてもなつかしくって……それを聞いて、行っちゃったのかも……まどかって、すぐに人のことうらやましく思っちゃうから……
ねねこ: 犬が携帯もってんのか!?
ユキ: もってるよ。犬は淋しがり屋で仲間意識が強いから。人間にはわからないように、骨の形とかしてるんだ(見せる)
ねねこ: ふーん……ほんとに骨にしか見えないね……
ユキ: 猫は携帯とか持たないの?
ねねこ: もたない。趣味じゃないのよ、そういう携帯とかでベタベタした関係……
ユキ: 猫って……
ねねこ: 性にあわないんだ。嫌いって言ってもいいよ。べつに好かれようなんて思ってないから。でも、ユキのことは友だちって思っているよ。だから、こんなにいろいろ話をするんだ。
ユキ: 友だち? わたしは思ってないけど。
ねねこ: でも、あたしは思ってんの!
ユキ: 猫って、勝手……きっと(下心が)……
ねねこ: で、友だちとして、一つお願いがあるんだけど……
ユキ: ほらきた。
ねねこ: ほら、あそこ。茂みのむこうのベンチに、幸子がいるでしょ、貴井幸子。
ユキ: え……うん。
ねねこ: 二年B組のタカビーちゃん。制服姿は、わたし達平民といっしょだけども、彼女、貴井建設の社長のお嬢さん。
ユキ: え、貴井建設って、テレビでコマーシャルとかやってるゼネコンの!?
ねねこ: そう、高速道路とか、空港とか、バンバンつくって儲けてる。
ユキ: でも、幸子さんの家って、普通の家だよ。失礼だけど、社長さんて感じじゃあ……
ねねこ: 本宅は、田園調布にあるんだよ。去年、親子げんかして、とび出してきたんだ。ほら、一年の秋ごろ転校してきたでしょ。
ユキ: ……でも、そんな高ビーのお嬢さんがこんな公園で日向ぼっこする?
ねねこ: 庶民をヘイゲイしてんのよヘイゲイ。わかる? 人を見下して喜んでんのよ。
ユキ: まさか……おだやかに半分目をつむって……まるで猫のお昼寝という感じだよ。
ねねこ: そう、猫のお昼寝なんだよ、猫の……
ユキ: ……!?
ねねこ: わかった?
ユキ: まさか……
ねねこ: そう、あいつも猫。幸子が飼ってたルブランて猫。卒業まぎわに、また転校するって噂。それでピンときて調べてみたら……ルブランに入れ替わっていたってわけ。あいつ、田園調布にもどって、あらんかぎりのぜいたくをしようって腹よ。
ユキ: ……悪い猫……で、本物の幸子さんは?
ねねこ: 殺されたか、食われたか……
ユキ: ええ!?
ねねこ: ……猫が寄ってきた……二匹……五匹……どんどん増える。
ユキ: みんな町内の飼猫だ……
ねねこ: 手なずけてんのよ。きっと田園調布まで連れてって、手下にするつもりでしょ……
 
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