大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・065『M資金・2 防衛省食堂の地下』

2019-08-29 14:29:47 | 小説

高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・065  

 
『M資金・2 防衛省食堂の地下』語り手:来栖司令  

 

 

 大戦末期、実に国家予算の95%が軍事費であった。

 それでも不安と不足を感じた軍部は、なべ底をさらえるようにして金銀財宝を徴発し、それを活用することもなく終戦を迎えた。その金銀財宝をM資金という。

 父は福井の、ちょっと名の通った真宗寺院の長男だ。子どものころはお盆の帰省で幾度ともなく帰ったが、寺の鐘は御本尊の阿弥陀様や本堂に比べて新しく、十円玉のように初々しい茶色だった。

 父の話では、戦時中の供出で釣鐘を軍に持っていかれて行方不明になった。諦めて新造しようという声もあったが、室町時代に鋳造されたという釣鐘を諦められず、長らく行方を探したが、戦後四半世紀を経ても所在が分からず、檀家や本山と相談して、ようやく新造したのだ。

 寺の釣鐘でさえ返っていないのだ、M資金も、あるいは、いまだに発見されずに眠っているのかもしれない。

「この壁の向こうなんです」

 大臣を蕎麦打ち名人にした、防衛省食堂のおばちゃんは、地下室のドアを開けた。

「市ヶ谷に士官学校があったころから、食堂や酒保(軍隊の売店)を出していた関係で、いろいろ頼まれていたんですよ。上は陸運大臣から士官学校の学生まで。いえね、元をただせば、ここにあった大名屋敷のころからお仕えしていましたからね、初代蕎麦聖の嫁もうちから出てましてね、その縁で、うちは蕎麦打ちがお家芸というわけで……ま、息子も娘も蕎麦にも食堂にも関心がありませんでね、大臣が受け継いでくださって……いえいえ、本題、本題……こっちです」

 おばちゃんの話に付き合っているうちに、地下三階にたどり着いた。

 旧軍の名残のようで、三方の壁はかび臭いレンガ造りである。

「ここをね……」

 おばちゃんが、レンガの幾つかを押し込むと、ゴゴゴ……と音がして、壁の一角が開いた。ハリポタの映画で、こんなシーンがあった……そう思って、足を踏み入れると……。

 教室三つ分ほどの広さであろうか……土の地肌剥き出しの空間であった。

 自然の洞窟などではありえない、方形になっていて、ついこないだまでは、レンガかなんぞで内装されていたことを偲ばせる。

「ここは、母や祖母から開かずの間として伝わっていたんですよ『開け方は教えるが、けっして開けてはいけない』と言われてました。防衛省も、この上のレンガの地下までしか存在を知らなかったんですよ。なんせ、わたしも、ついこないだ開けたばかりで。ほら、先週地震がありましたでしょ。あの時、地下でゴロゴロ音がしましてね、長年の勘で、いちばん地下のここだと思って、こっそり開けてみたら、このありさま」

「何があったかは……」

「生まれて初めて入ったもんで……お気づきだとは思うんですが、確かに。ここには何かがあったんですよ。ほら、突き当りに穴が開いてるでしょ」

 おばちゃんが懐中電灯で照らすと、食パンマンの顔のような穴が開いていて、はるか遠くまで続いている。

「あの、向こうは?」

「いえ、まだ調べてません。防衛省でも、限られた人しかね……」

「これを魔法少女に調べさせようと……」

「大臣は、ただ、お見せするようにって……おやりになります?」

「いやはや……」

 

 もう一度、大臣に掛け合うところからやり直すことにした。

 

 

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・71『夏も近づく百十一夜・1』

2019-08-29 06:27:06 | ノベル2
高安女子高生物語・71
『夏も近づく百十一夜・1』



「明日香、ちょっと放課後あたしのとこ来てくれる」

 久々で廊下で会うた、南風爽子先生が声かけてきた。
 もう忘れてる人も多いやろから、もっぺん説明。
 うちは、この2月3日で演劇部を辞めた。理由は、バックナンバー読んでください。
「……はい」
 ちょっと抵抗あったけど、もう3カ月も前のことやし、うちも17歳。あんまり子どもっぽい意地はることもないと思て返事した。
 ほんとは、ちょっとムッとした。「来てくれる」に「?」が付いてない。「絶対来いよ」いう顧問と部員やったころの感覚で言うてる。生徒とは言え退部した人間やねんさかい、基本は「来てくれる?」にならならあかん。

「今の教師はマニュアル以上には丁寧にはなられへん」
 うちの元高校教師のお父さんは言う。南風先生は、まさに、その典型。コンビニのアルバイトと大差はない。これが、校長から受けたパワハラなんかには敏感。前の民間校長辞めさせた中心人物の一人が南風のオネエチャンらしい。らしい言うのは、実際に校長が辞めるまでは噂にも出てこうへんかったんが、辞めてからは、自分であちこちで言うてる。校長を辞職に追い込んだ先生は別にいてるけど、この先生は、一切そういうことは言わへん。授業はおもんないけど、人間的にはできた人やと思う。

 で、南風先生。

「失礼します」
 うちは、教官室には恨みないんで、礼を尽くして入る。
「まあ、そこに座って」
 隣の講師の先生の席をアゴでしゃくった。そんで、A4のプリント二枚をうちに付きだした。
「なんですか、これ?」
「今年のコンクールは、これでいこ思てんねん」

 A4のプリントは、戯曲のプロットやった。
「今年は、とっかかり早いやろ」
 うちは演劇部辞めた生徒です……は飲み込んで、二枚のプロットに目ぇ通した。タイトルは「あたしをディズニーリゾートに連れてって」やった。
「先生、これて四番煎じ」
 さすがにムッとした顔になった。
「元ネタは『わたしを野球に連れてって』いう、古いアメリカ映画。二番煎じが『わたしをスキーに連れてって』原田知世が出てたホイチョイ三部作の第1作。似たようなもんに『あたしを花火に連れてって』があります。まあ、有名なんは『わたスキ』松任谷由実の『恋人はサンタクロース』の挿入歌入り。
 で、先生が書いたら、四番煎じになります。まあ、中味があったらインパクトあるでしょうけど、プロット読んだ限りでは、ただ、ディズニーリゾートでキャピキャピやって、最後のショー見てたら大きな花火があがって、それが某国のミサイルやった……ちょっとパターンですね」
「鋭いね明日香は」
「ダテに演劇部辞めたわけやないですから」
「どういう意味?」
「演劇のこと知らんかったら、残ってたかもしれません。分かるさかい、うちは辞めたんです」
「それは、置いといて、作品をやね。とにかく、この時期から創作かかろいうのはエライやろ」

 うちは、この野放図な自意識を、どうなだめよかと考えた。

「確かに、今から創作にかかろいうのはええと思います。大概の学校はコンクール一カ月前の泥縄やさかい」
「せやろ、せやから、まだ玉子のこの作品をやな……」
「ニワトリの玉子は、なんぼ暖めても白鳥のヒナにはなりません」
「そんな、実もフタもないこと……」
「それに、このプロットでは、人物が二人。まさか、うちと美咲先輩あてにしてはるんとちゃいますよね?」

 あかん、やってしもた。南風先生の顔丸つぶれ。それも教官室の中でや……。

「ま、まだプロットなんですね。いっそ一人芝居にしたら道がひらけるかも。それにタイトルもリスペクトすんのはええけど、短こうした方が『あたしを浦安に連れてって』とか」
 ああ、ますます逆効果。
「……勝手なことばっかり言うて、すんませんでした。ほな失礼します」

 あかん、南風先生ボコボコにしてしもた。もっとサラッと受け流さなあかんのに。うちは、やっぱしアホの明日香や。

 そやけど、これは、ドアホの入り口でしかなかった……。
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高校ライトノベル・須之内写真館・43『冷やし中華の会・1』

2019-08-29 06:19:37 | 小説・2
須之内写真館・43
『冷やし中華の会・1』       


 冷やし中華は好きですか?

 そんなメールが鈴木健之助から来た。例の『かが爆破事件』の時に一緒になった写真家である。タイトルの次に、命拾いしたことを記念に中華料理でも食べないかという誘いだった。
 この寒い時期に冷やし中華というのも面白いし、何よりも直美は傷ついていた。高校時代のいい思い出が、その主役である栄美にガタガタにされたからである。
 親のことで虐められていた栄美を助けて学校を辞めるハメになった。あんなことは人生で、そう何度もおこることではない。大事にしていた宝石が、一晩でガラス玉に変わったような喪失感だった。

 だから、乗ってみようと思った。

 鈴木とは、写真家ということ以外に共通点は無い。たまたま仕事の相棒になり、危うく命拾いをした。冷やし中華で始まるコース料理で、ウサバラシもいいと思った。
 決心した理由は、もう一つ。なんと仲間にボヘミアンの松岡秀一がいることでもあった。

「なんだ、普通の中華なんだ」

 松岡が連れてきた店の宋美麗がぼやいた。別に日本名を持っていたが、ガールズバーで働いている間は、この母方からもらった名前を名乗っている。大変な名前であることを知ったのは、ボヘミアンで働きだし、オジサンのお客さんに驚かれてからである。

 メニューは以下の通りだった。


 前 菜 : 季節の前菜4種盛り合わせ
 点 心 :小籠包・尾付き海老のパリパリ春巻き
 料 理 :国産牛ロースの香り炒め ソースセレクト
 特別料理:北京ダック
 料 理 :大海老料理(いずれかチョイス)
[チリソース・マヨネーズ炒め・ピリ辛にんにく炒め・淡雪]
 スープ :ピリ辛北京ダックスープ
 麺 飯 :ふかひれと蟹肉のあんかけチャーハン
 デザート:杏仁豆冨

「おいしい!」

 前菜で、美麗が感激した。
 
 確かに、この蓬莱軒は店構えの割に美味しい。大海老料理のピリ辛にんにく炒めのときに話が出た。
「冷やし中華の会に入らないかい?」
「なんですか、それ?」
 質問したときには、二人のオッサンは、ピリ辛北京ダックスープ に取りかかっていた。
「前から構想はあったんだけどね、今度の件で、松岡と話が進んでさ」
「最初は、七月七日の冷やし中華の日に立ち上げるつもりだったんだけどね」
「それなら、似たようなのがあるんじゃないですか? 1970年代に作家やタレントさんがいっしょになって作った『冷やし中華友の会』が」
「うん、趣旨の半分はいっしょなんだけどね。みんなで美味しい冷やし中華を食べ歩く。未だに季節限定にしている店とか多いからね。その普及と、質的な向上を目指す」

 ふかひれと蟹肉のあんかけチャーハン を平らげたあと、杏仁豆腐ではなくて、本物の冷やし中華が出てきた。特性の酢と、ほんのりした焦がしニンニクが絶妙な味を醸し出していた。

「うーん、絶品ですね」
「ベッピンの口から聞くと、まさに一品モノの絶品だね」
 鈴木がオヤジギャグを飛ばす。
「じゃ、あたしも。絶品ですなあ!」
 美麗がリピートした。
「美麗は、まだカワイイのレベルでベッピンとは、ニュアンスが違う」
「それって、一応誉め言葉なんですよね?」
「当たり前。ボヘミアンで三か月連続のブービー賞の美麗だもん」
「あ、けなしてるー!」
 美麗がふくれる。なんとも言えない愛嬌がある。
「冷やし中華が日本料理だってことは知ってるよね?」
 鈴木がふってきた。
「え、中国にないんですか?」
「最近は、逆輸入で、中国のお店でも出してるところがあるみたいだけど、れっきとした日本料理です。漢字から平仮名作ったのに似てるかなあ」
 美麗が、シラーっと言った。なかなか上手いことを言う。
「で、会長さんはどなたなんですか?」
 直美の質問に、二人のオヤジが箸を置いてかしこまった。

「いちおう、あたしってことになってま~す」

 美麗が、目を「へ」の字にして、なんとも方角違いな言い回しで宣言した……。
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高校ライトノベル・小悪魔マユの魔法日記・17『知井子の悩み・7』

2019-08-29 06:12:04 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・17
『知井子の悩み・7』


 やがて、選考会場であるHIKARIシアターに全員が集められた。

 会場は、いかにもプロダクションのスタッフと思われる人で一杯だった。偉そうなおじさんが、マイクを持って、舞台に現れた。

「簡単に、注意事項を言っておきます。携帯やスマホは持ち込み禁止。持ってる人がいたら直ぐに控え室のロッカーに入れにいくこと(むろん、そんな子は居なかったけど、何人かが、自分のポケットを確認した)全員の選考が終わるまでは、ここを出られません。選考委員はこの会場のどこかにいますが、君たちには内緒です。ここにいる関係者全てを選考委員、いや、観客のつもりでやってください……」

 マユは感じた。スタッフのみんなが、審査用のファイルを持っているが、大半はサクラ。五人が本物だと分かった。黒羽さんはメガネにキャップ、腰にはがち袋を下げて道具のスタッフに化けていた。
 そして、驚いたことに選考委員長は、あの会場整理のしょぼくれたオジサンだった!

「それから、もう一点。二次選考で、演技中に怪我をする人が四人もいました。気合いが入ることは結構だけども、くれぐれも怪我のないように注意するよう」
 選考される子たちから、密かなどよめきが起こった。半分以上の子が、その事故を目にしているようだ。
「知井子、あがり性だから気を付けないと」
「う、うん……ケホン」
 もう、あがっている。

 一番の子が舞台に上がったとき、急に照明と、音響が落ちた。スタッフが慌てて駆け回る。

 マユが、魔法で、照明と音響の電源を落としたのだ。
 照明と音響のチーフが、お手上げのサイン。
「ちょっとトラブルのようなので、しばらく、そのまま……いや、控え室で待機して。復旧しだい再開します」
 偉そうなおじさんが、本来の小心さに戻ってうろたえている。

 マユは、意地悪でやったのではない。ただならぬ邪悪な気配を感じて電源を落としたのである。

 控え室に向かう集団の一人に、マユは静かに声をかけた。
「浅野さん、ちょっと」
 声をかけられた子は、少しびっくりした。胸には受験番号のワッペンしか付いていないからである。
「わたしに付いてきて」
 マユは、前を向いたまま、唇を動かさずに言った。
「マユ、どこにいくのよさ?」
「ちょっと用足し。すぐに戻るから、控え室で待ってて」
 知井子は、一人にされて、少し不安そうだったが、大人しく控え室に向かった。
 知井子には一人で、廊下を歩いていくマユしか見えていなかった……。

「さ、ここがいいわ」

 マユが、ヒョイと指を動かすと、施錠された小会議室のドアが、ガチャリと開いた。
「どうやって……?」
 浅野という子は、目を丸くして驚いた。
「さっさと入って、ドアを閉める」
 浅野という子は、驚いた。部屋の椅子や机が勝手に動き、ちょうど二人が向き合って話しをするのに都合いい配置になったからで、むろんマユの魔法である。
「あ、あなたって……」
 浅野という子は、怯えた目になった。
「座って。わたしはマユ。でもって悪魔。だから、あなたのことが見えるの」
「あ、悪魔……さん?」
「で、浅野さん。あなたは、もう死んでるのよ」

 浅野という子の顔は、困惑に満ちてきた……。

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高校ライトノベル:連載戯曲:ユキとねねことルブランと…… 5

2019-08-29 05:57:56 | 戯曲
ユキとねねことルブランと…… 5
栄町犬猫騒動記
 
大橋むつお
 
 
 
時  ある春の日のある時
所  栄町の公園
人物
ユキ    犬(犬塚まどかの姿)
ねねこ    猫(三田村麻衣と二役)
ルブラン   猫(貴井幸子と二役)
 
 
携帯電話を奪って、もどってくるユキ。その後を血相を変えたルブランが追ってくる。

ルブラン: この泥棒犬。今度邪魔をしたら、許さないって言ったでしょ!
ユキ: 血相変えて追いかけてきたわね。
ルブラン: 誰でも、大事なものをかっぱらわれたら、頭に血がのぼるわよ。さあ、返しなさい、わたしの携帯電話……
ユキ: よほど大事な携帯ね。でも、いまどき携帯をわざわざケースにしまってる人なんているかしら……
ルブラン: 出すな、ケースから!
麻衣: スンゲー! 見たこともない高級品!
ルブラン: いじくるんじゃない!
ユキ: ルブラン……あなた、幸子さんを携帯に変えたわね?
麻衣: え、その携帯が幸子!?
ユキ: そしてこのケースは、携帯にされた幸子さんが逃げ出さないためのイマシメ。
麻衣:そうか、万一ポロリと落っことして、人が拾っちゃったら……幸子って、携帯になっても、お嬢様なんだ……
ユキ: 考えたものよね、携帯に変えれば、肌身離さず持っていても怪しまれないし。そして、思う存分ネチネチ、ビシバシ言葉のパンチをあびせても自然だものね……ケースにもどしては……かわいそう、必要以上にしめあげたのね、皮ひものあとがこんなに……
ルブラン なにを他愛もないことを……

麻衣、なにかひらめいたらしく、力いっぱい携帯電話に水をかける。携帯といっしょに、ビショビショになるユキ。

ユキ: 麻衣ちゃん……そういうことはヒトコト言ってからしてくれる。
麻衣: ごめん、携帯に薬かけたら、幸子にもどるかなって……だって化代にかけたらもどるって……
ユキ: わたしも、そう思ったんだけど……ハックション!
ルブラン: ハハハ……まるで水に落ちた犬だね。さあ返しな。それは高級品だけど、ただの携帯電話。化代なんかじゃないんだよ!
麻衣: くそ!
ルブラン: 知っているかい、こんな言葉……水に落ちた犬はたたけってね!

しばし、みつどもえの立回り。おされ気味のユキと麻衣(戦いを表す歌と、ダンスになってもいい)

麻衣: ユキ、もうだめだ。こいつにはかなわないよ。
ユキ: あきらめないで。ルブランのこの真剣さ、この携帯、化代に違いない!
麻衣: だって、いくらやっても効き目がないよ……(片隅に追い詰められる二人)
ルブラン: フフフ、バカの知恵もそこまでさ。覚悟をおし……
ユキ: この携帯、高級品……ひょっとして……(携帯の裏側をさわる)
ルブラン: やめろ、さわるな!
ユキ: この携帯は……高級品のウォータープルーフ。つまり防水仕様になっている。
麻衣: さすが、ゼネコン社長のお嬢様!
ユキ: でも、防水仕様は外側だけ、電池ボックスを開けて、内側に、その水鉄砲を……どうやら図星ね……麻衣ちゃん、もう一度この携帯を撃って!
麻衣: よっしゃ!
ルブラン: させるか!

ユキが素早く電池ボックスを開けた携帯に、あやまたず麻衣の水鉄砲が命中!

ルブラン: ギャー!
麻衣: やった!
ユキ: どうやら、正解だったようね。わたしの手の中で、幸子さんが、自分の鼓動をうちはじめている。
ルブラン ……なんてこと……せっかく、せっかく、ルブランの夢がかなうところだったのに……(断末魔のBG、ルブラン倒れる)

暗転。明るくなる。幸子を囲んで麻衣とユキ、「幸子さん」「幸子」と声をかけている。

幸子: わたし……わたし、もとにもどれた……もとの姿にもどれたんだ!
ユキ: 幸子さん、もどれたんですね!
麻衣: ルブランも、もとの猫にもどって逃げていったわ。
幸子: ありがとう、麻衣ちゃん、ユキちゃん。
ユキ ユキでいいです。そう呼ばれなれてるから。
幸子: ううん、ユキちゃんが気づいてくれなかったら、わたし死ぬまで携帯電話のままだった。
麻衣: 水鉄砲撃ったのは、あたしだからね。
幸子: ありがとう。
麻衣: でも、防水仕様には気づかなかった。これは、ユキのお手柄。しかし、ルブランてのは相当の悪だったわね。
幸子: ルブランがこうなったのも、わたしのせいだと思う。甘やかしたり、いじめたり。わたし自身、思いあがって、わがままのしほうだい。そんなわたしを、ルブランはじっと見ていたんだわ……
麻衣: あたしと、ねねこも……
幸子: わたし、ルブランを探しに行く。
麻衣: あたしも、ねねこを……
ユキ: それはよした方がいいわ。
幸子: え……?
麻衣: どうして?
ユキ: 今はまだ、あやまりに気づいたばかり。気づいただけだもん。もう少し時間と努力が必要だと思う。ちゃんとしたパートナーとしてつきあうために二人と二匹には……もう少し、もう少し、人と自分を見つめる時間と努力が……
幸子: そうよね……ユキちゃん、えらい!
麻衣: さすが、まどか御自慢の愛犬ユキだ!……ごめん、まどかはまだ見つかってないんだ……
ユキ: ううん、大丈夫。いずれは……(ユキの骨形の携帯電話が鳴る)もしもし……え、まどか!?
二人: え……!?

ストップモーション。ユキだけが動く。

ユキ: 電話は、わがあるじ犬塚まどかからでした。運よく犬の国へは行けたらしいのですが、見ると聞くとは大違い! たった半日で嫌になり、人間の世界にもどってくると言いました。わたしが、うっかりまどかの前で犬の友だちとなつかしそうにしゃべっていたことが災したようです。この点は、わたしも反省。そして、これで、わが栄町の犬猫騒動は終わりをつげました。どうです、この二人。まどかからの知らせがあった、その瞬間の表情です。麻衣ちゃんなんか、少し間が抜けて見えますが、二人とも、友の無事を知った、その一瞬の驚きと喜びがよくあらわれています……われわれペットは、こういう人間の表情を、実によく見ているものです……今のあなたたちと同じように……犬や猫が、天使になるか悪魔になるか。それはあなたたち次第。わたしは、明日まどかがもどってきたら、またもとの犬の姿にもどります。一歳ちょっとにしては小柄な、しっぽをキリリと巻き上げた、白い、一見紀州犬……もし、町で見かけたら、気軽に声をかけてください。もちろん人間の言葉で。そしてもちろんわたしは犬の言葉でお返しします。ワンワンワン、ワン! わかりました?「今日は、お元気?」ってな意味です。そのうちわかるようになりますよ、バウリンガルとかなしででも。それじゃあみなさん、ワォーン……これ、さよならって意味ね。ワォーン、ワンワンワン……
  
これに和するように、大勢の犬の「ワォーン」重なる。キャスト、スタッフ、出られる者は全員舞台に出て、イヌとネコと人の歌とダンスになる。  
 
みんな(唄う) 桜の花が、舞い散るころは、心はそぞろ。気もそぞろ。
新しいことが始まるような。
新しいものが来るような。
何かが、わたしを待っている。
誰かが、わたしを待っている。
そして、他の、何かを、誰かを忘れてしまう。
どこだ、どこだ、だこだ!?
忘れちゃならない、大切なこと。
忘れちゃならない、大切なひと。
新しきものに、心うつろう、その前に、覚えておこう。

桜の花が、舞い散るころは、心はそぞろ。気もそぞろ。
新しいことが始まる前に。
新しいものが来る前に。
わたしは、立ち止まってみる。
わたしは、耳を澄ましてみる。
そうして、わたしは、何かを、あなたを覚えておこう。
そこだ、そこだ、そこだ!
忘れちゃならない、大切なこと。
忘れちゃならない、大切なあなた。
新しきものに、心うつろう、その時に、覚えておこう。
新しきところ、心ひらける、その時に、忘れぬように。     
   

 
 
 
 
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