エディンバラは街ぐるみ世界遺産。
我が堺市のごりょうさん(仁徳天皇陵)も、この春に百舌鳥古市古墳群として世界遺産に登録された。
嬉しさのあまり、ごりょうさんの直ぐそばにある図書館に文芸部の三人で本を借りに行ったんが、ついこないだいう感じ。
「エディンバラもお墓っぽいんだよ」
頼子さんの言葉で、そのお墓っぽいところに出向いております。
場所は、ロイヤルマイルに面した某所。
具体的に書いてもかめへんらしいねんけど、ちょっちビビってるので某所ということにしておきます。
築二百年以上はあろうかという石造りの四階建て……と書いたら、場所が分かってしまうでと言われるかもしれへんけど、ロイヤルマイルに面した建物の半分は、この範疇に入る。
一階のお店は現代風。観光客でにぎわってる店舗を抜けて奥に入るとドアが二つあって、一つは二階から上の住居部分へ向かい、もう一つは地下に向かってる。用事があるのは地下へ向かう階段。
ドアを開けると、地下の冷気と共に二百年の時間が立ち上って来る。
照明こそは今風のLEDやけども、階段も壁もヒンヤリと年季の入った石造り。階段を下り切ると教室一個半くらいの空間で、ごっつい木製の棚には食材やら什器やらがきれいに詰め込まれてる。ワインセラーやったっけ、お酒の棚とかもあって、ここが日常利用されてる空間やいうことが分かる。
「じゃ、入ります」的な英語でハゲチャビンの店のマスターが、奥のドアを開ける。
地下室は、さらに深く広がってるんや……なんやハリーポッターの山場に差しかかって来たみたいな。
「ここから先は、みなさんでどうぞ。わたしはここでお待ちします」
え、なんで?
「地下の住人とは、ちょっとね……距離をとってらっしゃるの」
そう言うと、クスっと笑って、ドンマイというように胸を叩く頼子さん。先頭はソフィアさん、頼子さん留美ちゃん、わたしと続いて、ジョン・スミスがドンケツ。ジョン・スミスは大き目の紙袋をぶら下げてる。さっきは持ってなかったから、この店に来てからマスターにでも持たされたんか。
地下二階も照明は点いてるんやけど、一昔前の蛍光灯。それも半分近くは切れてるか切れかかってるか。
「交換しながら行きます」
「はい」
なんと、ジョン・スミスが切れてる蛍光灯を交換し始める。紙袋には蛍光灯が入ってたんや。ということは、お店の人も普段は、めったに来えへんとこか? 大丈夫?
「エディンバラの古い家には、こういう地下何階まであるんだか分からない地下があるの」
「防空壕とかですか?」
ミリタリータトゥーのことがあったんで、そんな発想になる。
「もっと昔、百年戦争だとかバラ戦争だとかの昔から。増える人口のために、いつの時代からか地下都市と言っていいくらいのものが作られたの。貴族やお金持ちは地上に住むんだけど、貧しい人たちは地下に追いやられて……時々疫病が流行ったりして、地下の生活環境は劣悪なものだった。ひどい時は、地下の人間が地上に出てこれないように閉じ込められたりしてね……多くの人たちが閉じ込められたまま亡くなったの……うちのご先祖様も、すこし関わっていて……エディンバラに来た時はできるだけ寄るようにしているの。ソフィアさん、おねがい」
「イエス マム」
英語で返事すると、ソフィアさんはリュックから何かを取り出した。
あ、千羽鶴。
留美ちゃんが、小さく声をあげる。
それは、夏休みの前から文芸部で折ってた千羽鶴……このためやったんか。
「ここは、地下五階まであるんだけど、危険なので、ここまでが精いっぱいなの」
危険と言うのが構造的なものなんか、それとも……なんか、聞くのもはばかられて、ソフィアさんが蝋燭を立てて千羽鶴を飾って、なんかミサの準備のようなことを始めた。
「Our Father, which art in heaven, hallowed be thy name; thy kingdom come; thy will be done, in earth as it is in heaven……」
頼子さんがきれいな英語でお祈りを始めた。うちらも、それに倣って胸の前で手を組む。
ワオオーーーーーーーン ワオオーーーーーーーン
はるかな地下から、風の音か人の声か分からん響きが立ち上って来る。ハリーポッターで悪役の霊が出てくる寸前の感じに似てるかも……。
立ち上って来る音が、なんや近くなってきたような……。
「キケンデス ニゲテ!」
ソフィアさんが、頼子さんの前に移り、立ち上って来る者の前に立ちふさがる。手には、ハリポタのんとそっくりな魔法の杖が!
「ソフィア!」
「Run away! dont look back!」
ソフィアさんが怒鳴る。
「ソフィアに任せて!」
「ソフィア!」
ジョン・スミスは抱きかかえるようにして頼子さんを階上へ! わたしらもオタオタと付いて逃げる。
ガチャピーーーーーン!
地下一階まで上がると、待機してたマスターはドアを閉めてしもた!
「ソフィアがあ!」
「閉めておかないとお祓いができない!」
ジョン・スミスが目を吊り上げる。
ドアの向こうでは、風の音やらモノがぶつかる音やらソフィアさんの絶叫やら……ビビりまくりのわたしと留美ちゃんです!
何分立った頃か、ようやく風の音もモノがぶつかる音もソフィアさんの絶叫やらも収まった。
ギーーーー
マスターがドアを開けると、髪を振り乱してボロボロになったソフィアさんが上がってきた。
ソフィアさんの杖は、半分以下にチビってしもてた……。