大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・せやさかい・053『エディンバラ・9』

2019-08-20 13:51:53 | ノベル
せやさかい・053
『エディンバラ・9』 

 

 

 エディンバラは街ぐるみ世界遺産。

 我が堺市のごりょうさん(仁徳天皇陵)も、この春に百舌鳥古市古墳群として世界遺産に登録された。

 嬉しさのあまり、ごりょうさんの直ぐそばにある図書館に文芸部の三人で本を借りに行ったんが、ついこないだいう感じ。

「エディンバラもお墓っぽいんだよ」

 頼子さんの言葉で、そのお墓っぽいところに出向いております。

 

 場所は、ロイヤルマイルに面した某所。

 

 具体的に書いてもかめへんらしいねんけど、ちょっちビビってるので某所ということにしておきます。

 築二百年以上はあろうかという石造りの四階建て……と書いたら、場所が分かってしまうでと言われるかもしれへんけど、ロイヤルマイルに面した建物の半分は、この範疇に入る。

 一階のお店は現代風。観光客でにぎわってる店舗を抜けて奥に入るとドアが二つあって、一つは二階から上の住居部分へ向かい、もう一つは地下に向かってる。用事があるのは地下へ向かう階段。

 ドアを開けると、地下の冷気と共に二百年の時間が立ち上って来る。

 照明こそは今風のLEDやけども、階段も壁もヒンヤリと年季の入った石造り。階段を下り切ると教室一個半くらいの空間で、ごっつい木製の棚には食材やら什器やらがきれいに詰め込まれてる。ワインセラーやったっけ、お酒の棚とかもあって、ここが日常利用されてる空間やいうことが分かる。

「じゃ、入ります」的な英語でハゲチャビンの店のマスターが、奥のドアを開ける。

 地下室は、さらに深く広がってるんや……なんやハリーポッターの山場に差しかかって来たみたいな。

「ここから先は、みなさんでどうぞ。わたしはここでお待ちします」

 え、なんで?

「地下の住人とは、ちょっとね……距離をとってらっしゃるの」

 そう言うと、クスっと笑って、ドンマイというように胸を叩く頼子さん。先頭はソフィアさん、頼子さん留美ちゃん、わたしと続いて、ジョン・スミスがドンケツ。ジョン・スミスは大き目の紙袋をぶら下げてる。さっきは持ってなかったから、この店に来てからマスターにでも持たされたんか。

 地下二階も照明は点いてるんやけど、一昔前の蛍光灯。それも半分近くは切れてるか切れかかってるか。

「交換しながら行きます」

「はい」

 なんと、ジョン・スミスが切れてる蛍光灯を交換し始める。紙袋には蛍光灯が入ってたんや。ということは、お店の人も普段は、めったに来えへんとこか? 大丈夫?

「エディンバラの古い家には、こういう地下何階まであるんだか分からない地下があるの」

「防空壕とかですか?」

 ミリタリータトゥーのことがあったんで、そんな発想になる。

「もっと昔、百年戦争だとかバラ戦争だとかの昔から。増える人口のために、いつの時代からか地下都市と言っていいくらいのものが作られたの。貴族やお金持ちは地上に住むんだけど、貧しい人たちは地下に追いやられて……時々疫病が流行ったりして、地下の生活環境は劣悪なものだった。ひどい時は、地下の人間が地上に出てこれないように閉じ込められたりしてね……多くの人たちが閉じ込められたまま亡くなったの……うちのご先祖様も、すこし関わっていて……エディンバラに来た時はできるだけ寄るようにしているの。ソフィアさん、おねがい」

「イエス マム」

 英語で返事すると、ソフィアさんはリュックから何かを取り出した。

 あ、千羽鶴。

 留美ちゃんが、小さく声をあげる。

 それは、夏休みの前から文芸部で折ってた千羽鶴……このためやったんか。

「ここは、地下五階まであるんだけど、危険なので、ここまでが精いっぱいなの」

 危険と言うのが構造的なものなんか、それとも……なんか、聞くのもはばかられて、ソフィアさんが蝋燭を立てて千羽鶴を飾って、なんかミサの準備のようなことを始めた。

「Our Father, which art in heaven, hallowed be thy name; thy kingdom come; thy will be done, in earth as it is in heaven……」

 頼子さんがきれいな英語でお祈りを始めた。うちらも、それに倣って胸の前で手を組む。

 ワオオーーーーーーーン ワオオーーーーーーーン

 はるかな地下から、風の音か人の声か分からん響きが立ち上って来る。ハリーポッターで悪役の霊が出てくる寸前の感じに似てるかも……。

 立ち上って来る音が、なんや近くなってきたような……。

「キケンデス ニゲテ!」

 ソフィアさんが、頼子さんの前に移り、立ち上って来る者の前に立ちふさがる。手には、ハリポタのんとそっくりな魔法の杖が!

「ソフィア!」

「Run away! dont look back!」

 ソフィアさんが怒鳴る。

「ソフィアに任せて!」

「ソフィア!」

 ジョン・スミスは抱きかかえるようにして頼子さんを階上へ! わたしらもオタオタと付いて逃げる。

 ガチャピーーーーーン!

 地下一階まで上がると、待機してたマスターはドアを閉めてしもた!

「ソフィアがあ!」

「閉めておかないとお祓いができない!」

 ジョン・スミスが目を吊り上げる。

 ドアの向こうでは、風の音やらモノがぶつかる音やらソフィアさんの絶叫やら……ビビりまくりのわたしと留美ちゃんです!

 何分立った頃か、ようやく風の音もモノがぶつかる音もソフィアさんの絶叫やらも収まった。

 ギーーーー

 マスターがドアを開けると、髪を振り乱してボロボロになったソフィアさんが上がってきた。

 ソフィアさんの杖は、半分以下にチビってしもてた……。

 

 

 

 

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・62〔いっちゃんしょうもない〕

2019-08-20 06:44:12 | ノベル2
高安女子高生物語・62
〔いっちゃんしょうもない〕
    


 いっちゃんしょうもない=一番つまらない。

 河内以外の人に分かるように、まず説明しときます。
 一年で、いっちゃんしょうもないんは、この連休明け。これは高校生と違うても分かってもらえると思います。
 で、高校で、いっちゃんしょうもないんは二年生。一年の時の緊張感も夢もない。三年の進路決定が本番近うなってくる緊張感もない。

 去年の今頃て、なにしてたやろ……?

 せや、演劇部入って、本格的な入部が決まって、先輩の鈴木美咲も偉い先輩やと思えた。三年の先輩らは神さま。芝居が上手いということもあるけど、なんや言うことが、いちいちかっこよかった。
「安直に創作劇に走るのは、大阪の高校演劇の、いっちゃん悪いとこや!」
「なんでですか?」
「明日香なあ、戯曲いうたら吹奏楽で言うたら、演奏会でやる曲みたいなもんやで。そんなもん自分らで作るようなとこどこもあらへんわ」
「はあ……」
「なんや、納得のいかん顔してるなあ」
「いえ、そんな……」
 とは言うもんの、ホンマに納得してなかった。中学校の文化祭でも、クラスの出し物の芝居は自分らで書いてた。ほんで、そこそこにおもしろかった。なんで創作があかんのか、うちにはよう分からへんかった。

「ちょっと、付いといで」

 そないいうて、吹奏楽と軽音に連れていかれた。
「オリジナル、そんなん考えられへんわ」
 吹部の部長は、あっさり言うた。ほんで、ちょうどパート練習が終わったとこで、演奏を聞かせてもろた。『海兵隊』と『ボギー大佐』いう、うちでも知ってる曲をやってた。なんでも、吹部ではスタンダードで、一年が入った時は、いつもこれからやるらしい。で、三曲目の曲がダサかった。せやけど、どこかで聞いたことがある。
「今のは校歌や。一応は吹けんとな」

 ちょっと分かった。同じ技量でも、やる曲によって、全然上手さが違うて聞こえる。

 次に軽音。先輩が、ちょっと頼んだら、B'zといきものがかりの曲をやってくれた。めっちゃかっこええ。
 軽音に鞍替えしよかと思たぐらい。
「なんか、オリジナルっぽいのんあったら、聞かせてくれる?」
 先輩が、そない言うと、軽音のメンバーは変な笑い方した。
「ハハ、ほんなら『夢は永遠』いこか」
 え、そんな曲あったかいな?
 それから、やった曲はダサダサやった。正直オチョクっとんのかいう演奏。
「これ、ベースのパッチが作った曲。パッチは将来はシンガーソングライター志望。で、ときどき付き合いでやってるんや」

 うちは分かった。戯曲は吹部でいうたらスコア(総譜)みたいなもん。せやから、どこの馬の骨か分からんような人がつくった校歌はおもしろない。軽音のパッチさんが書いた曲はガタガタ。
「な、せやから、戯曲は既成脚本の百本も読んで、やっと本を見る目ができる」
 うちは、その三年生の言葉を信じた。

 ほんで、コンクールでは『その火を飛び越えて』いう既成の本を演った。
 結果は、まえも言うたけど、予選で二等賞。自分で言うのもなんやけど、実質はうちの学校が一番やった。うちが演劇部辞めたんは美咲先輩のこともあるけど、大阪の高校演劇の八方ふさがりなとこ。
 一昨年、鶴上高校が『ブロック、ユー!』いう芝居で全国大会で優勝してテレビのBSでもやってたし、毎朝新聞の文化欄でも取り上げられ平野アゲザいう偉い劇作家も激賞してたけど、去年、この作品を、よその学校が演ったいう話はついに聞いたことがない。今年の春の芸文祭で鶴上高校とはいっしょやったけど、キャパ400の観客席は、やっと150人。

 ああ、演劇部のグチはやんぺ。

 週があけたら中間テストが射程距離に入ってくる。うちは英数が欠点のまんま。夏の追認考査では、絶対とりかえしとかならあかん。

 これでカレでもおったら……美保先輩とは、どこかで勝負や。いっそ、こないだ美枝と行ったラブホにでも関根先輩引っ張り込んで……あかんあかん、飛躍のしすぎ。
 せやけど、あのとき美枝が言うた話……アドバイスのしようもあらへん。それに、美保も、うちに負けんくらいしょうもない顔してる。ひょっとしたら、かつがれたか……?
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高校ライトノベル・里奈の物語・61『トーストを焼きすぎてしまった』

2019-08-20 06:35:36 | 小説5
里奈の物語・61
『トーストを焼きすぎてしまった』 


 トーストを焼きすぎてしまった。

 食欲が無くて、朝ごはんの食パンをお昼に焼いた。
 トースターの扉を開けると、濛々と煙が立ち上る。
「ウップ、ゴホンゴホンゴホン……」
 慌てて換気扇、振り返ると、トースターの中に黒く焼け縮んだトースト。

 お父さんも、いま焼かれているんだ……グロテスクなことを連想する。

 腹違いの弟が、あの女(ひと)の胸に抱かれていた。

 黒い喪服たちの中で、白いおくるみで抱かれている赤ん坊は目立つ。だれが見ても……見なくても目立つ。お焼香台の横にいるんだもん。
 お焼香をし、合掌して、横たわったお父さんに頭を下げる。視界に、あの女が入るので、なんだか、あの女に頭を下げているみたいに感じる。
――なにも、お通夜に赤ん坊を抱いてこなくても――
 無神経なのか、見せつけているのか、どちらにしてもそぐわなくて悲しい。
「どうぞ、見て上げてください」
 その女は赤ん坊を抱いたまま、お父さんの顔を覆っていた白布を取る。
 死者であるお父さんと、はち切れんばかりの生気の満ちた赤ん坊が至近距離に並ぶ。
「打ち所がよかったんで、ほとんど綺麗なままなんですよ」
 熱いものがこみ上げてきて、思わず手を口元に持っていく。
「里奈ちゃんにとっても、お父さんなんですもんね」
 その女は、勝利したように微笑んだ。
――なに誤解してんだ、口を押えなきゃ毒が出てきそうだからよ「お前もいっしょに死ね!」――

 ウギャー!

 突然、赤ん坊が泣きだした。その女は狼狽えて赤ん坊をあやすが、いっこうに泣き止まない。
「わたしが預かりましょうか?」
 見かねたお母さんが名乗り出る。その女は怯えたように赤ん坊を引き付ける。
 あろうことか、その女は、お父さんの布団に引っかかって仰向けに倒れてしまった。
 グビッっと音がした。
 その女のお尻の下で、お父さんの首は、あらぬ方向にねじ曲がっていた。
「あら、あなた、ごめんなさい」
 その女は、寝相の悪い亭主の姿勢を戻すように、お父さんの首を戻した。
 お母さんは、ごく自然に赤ん坊を抱きかかえていたけど、ごく短い時間で、親類とおぼしき小母さんに渡した。
「わたしどもは、これで失礼します」
 そう言って、お母さんは、あたしを促した。

 最後ぐらい、静かに見送ってやろうと思っていた。

 だけど、もういい。こういう終わり方も、お父さんらしいのかもしれないと思い直した。
 思い直して、気が楽になったはずなんだけど、そうじゃないんだ。

 こんなにトーストを真っ黒にしてしまって。
 
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高校ライトノベル・須之内写真館・34『成人式の写真・3』

2019-08-20 06:29:16 | 小説4
須之内写真館・34
『成人式の写真・3』         


 
 成人の日の最後の客は歳の離れた親子連れだった。

 五十代後半の母親と新成人の娘だ。
「お客さんが最後です。しっかり撮らせていただきます」
 父の玄一は、ニッコリと微笑んで、スタジオの指定のポジションに案内した。
「修正は、いっさい無しで宜しいんですね?」
 直美が確認し。娘が頷くと、直美は玄蔵ジイチャンと二人で照明の調整をした。
 今年は、コンピューターの修正やら、痛衣装処理が評判でだいぶ稼いだ。だが、やっぱり写真の本道は、ありのままの姿を照明や撮影技術で撮るものであると考える須之内写真館の親子三代は、ホッとする思いだった。

 ファインダーを覗く玄蔵ジイチャンは、一瞬目眩を感じた。

「大丈夫かい、父さん?」
 レフ板を調整していた玄一が寄った。
「ああ、大丈夫だ。娘さんがあまりに美しいんで、年甲斐もなくクラっときた」
「ホホホ、どうしましょう」
 母親が、その場を取り繕うように笑った。

 玄蔵ジイチャンは目眩の間に、なにか会話をしたような気になっていたが、瞬間で忘れた。

 ただ、この娘は昔見たような気がしていた。
――母親の成人の時か……いや、もっと昔。四十年はたつ――
 そんな思いだったが、忘れてしまい、シャッターを切った。

 レジで勘定をを済ませると、母娘は礼を言い店を出ようとした。
 そこに、一組前の父子が入ってきた。

「よかった、まだおいでになった!」
 父が額の汗を拭った。
「私どもになにか?」
 母親がいぶかった。
「これと意見が一致しまして。こいつの友だちにはなって頂けませんでしょうか」
「ぜひ、お願いします。貴女を観て、その……運命を感じてしまったんです」
 息子は、新成人に似合わず、しっかりした口ぶりで言った。「運命」という言葉に母娘は狼狽を隠せなかった。

「運命という言葉を使われた以上、お答えしなければなりません……お母さん」
 そう言って母親が娘に向きあった。直美は聞き違いかと思った。母親が娘に「お母さん」と呼んだのだ。
「実は、わたしが祖母で、この一見母親に見えるのが娘です。わたしは、あることで神の罰を受けています。わたしの実年齢は八十歳です。今から六十年前に、この須之内写真館で成人の記念写真を撮りました……」

――ああ、親父の見本帳の中にあった写真の娘さんだ――

 玄蔵は思い出したが、体が金縛りに遭ったように動かない。玄一と直美も同じようで、目玉だけが動いていた。

「六十歳で神さまのバチにあたり、それ以来、わたしは一年に三歳ずつ若返って、今日とうとう二十歳に戻ってしまいました。あと六年あまりで、わたしは消滅します。神さまはお命じになりました。二十歳になったら、この須之内写真館で記念写真を撮れと。そして『運命』という言葉で近づいて来た人には、その場で真実を語らなければならないと……」

 八十歳の新成人は、目を潤ませて、苦しげに、信じられない事実を語った。

「……良かった。わたしも同じ罰を受けているんです。僕も六十から若返り、この歳になってしまいました。僕は美濃部写真館で撮ったんですが、廃業されて、もうありません。そこで息子と相談して、ここに来たんです。神さまは言われました、写真館で運命を感じた女性に声を掛けよと……それが、貴女です」

 須之内写真館の者たちの記憶は、そこで途切れている。二人が出来上がった写真を取りに来ることはなかった。

 直美は思った。あの二人は日本のある時代の罪を負わされ、それがようやく許されたのではないかと。どんな罪か……。

 ネットで検索すると、二人の同名の著名人が二十年前に、忽然と世間から姿を消したことに気づいた。

 二人の写真はサンプル写真として、ショーウィンドウに飾られた。
  二人が、これで罪を許され、また順調に歳を重ねていったかどうかは不明である……。
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高校ライトノベル・小悪魔マユの魔法日記・8『ダークサイドストーリー・4』

2019-08-20 06:21:54 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・8
『ダークサイドストーリー・4』         


 雅部利恵(がぶりえ)はヤキモキしていた。

 利恵は、片岡先生がメリッサ先生と出会うのを心待ちにしていたのだ。
 小悪魔マユといっしょに時間を止めたときに、利恵は確信した。片岡先生はアメリカ留学中にメリッサ先生のことを、好きになったのだと。
 片岡先生が、その女性を好きだという気持ち、それを押し殺していること。そして、片岡先生の心に浮かんだブルネットの女の人のDNAを読み取り、天国のスパコン・パラダイスで検索して、シアトルにいるメリッサを見つけた。そして、前任のスミス先生に宝くじが当たるように大仕掛けをして、英会話の先生の席を空席にした。
 で、ネットで英会話の英語講師の募集が、メリッサの目に止まるようにして、たった一週間でメリッサを学校の英会話の先生にしてしまったのである。

 こんな離れ業ができるのは、利恵が、大天使ガブリエルの姪であるからである。ガブリエルは自分自身、一度天界を追放されたことがあり、姪の落第天使の利恵には目をかけていた。
 シアトルマリナーズの『踊るグランド・キーパー』というダンスガールをやっていたメリッサが契約切れになったことは偶然であるが、彼女がイチローの大ファンで、彼女の気持ちを日本に傾斜させることは簡単だった。
 そして、契約切れになった日に、ネットで、日本の学校が英会話の講師を探していることに気づかせるのは、もっと簡単であった。伯母のガブリエルは通信を司る大天使である。

 しかし、メリッサ先生が、片岡先生に出会うのは一週間もかかってしまった。メリッサ先生の勤務日が、週に三日しかないことや、いっしょになった日も、なにかと二人はすれ違い、会うことができなかった。

「マユ、あなた、わたしの邪魔しないでくれる!」

 二度目にすれ違いで終わってしまったとき、利恵は、落第小悪魔のマユのせいだと思った。
「わたし、知らないわよ」
 マユはむくれて答えた。ルリ子が、沙耶の宿題のノートをこっそり写しているところを邪魔していたところであった。
「そうだ、ポキポキ折れるシャーペンで写さなくても、携帯で写して、あとで書けばいいんだ!」
 マユが、シャ-ペンの芯折りの魔法がお留守になった瞬間に、小悪魔顔負けの悪知恵をはたらかせた。
「だって、こんなに二人の出会いが遅れるのは、悪魔の仕業としか思えないじゃないよ!」
「ああ、これって、やっぱし落第天使の仕業だったのね!?」
「声が大きい、マグル(人間)に聞こえちゃうじゃないよ」
「利恵の方でしょ、人間の声で話しかけてくるんだもん。それにマグルって言い方は、軽すぎ。ハリーポッターの言い方じゃないのよさ」
「とにかく、邪魔はしないで。わたしの単位がかかってるんだから」
「邪魔なんてしてないわよ。人には、持って生まれた運命があるのよ。下手にイジルとかえって、混乱やら不幸を招くわよ」
「なによ、悪魔のクセして、混乱やら不幸は、そちらの専門でしょうが」
「それって天使の偏見。悪魔ってのはね……!」

 その時、始業の鐘が鳴り、英会話講師のメリッサ先生がやってきた。

「ハロー、エブリワン。スタンダップ」
 みんなが行儀よく起立した。マユは、この学校の生徒の上っ面の行儀良さは気に入らない。
「え、この時間って、片岡先生じゃなかったっけ」
「朝、時間割変更があるって、副担のトンボコオロギが言ってたじゃないよ」
「あ、そうだっけ」
「だから落第すんのよ、あんたは」
「落第小悪魔に言われたかないわね」
 起立してからの会話は、心で行われたもので、人間たちには聞こえない。

「シットダウン、プリーズ」

 メリッサ先生が、皆のお行儀のいい挨拶をうけて、着席をうながしたとき、それは起こった。
 コロリと、力無くドアを開けて入ってきたのは片岡先生だった。
「失礼、教室を間違え……」
 片岡の間の抜けた慌てようにみんなが笑った。
 
 ガラ!
 
 いったん教室を出て、片岡先生は、人が変わったような乱暴さでドアを開け、ドアのところでフリーズしてしまった。
 片岡は、怒ったような顔をして口を開いていた。初めて見る、片岡のそんな表情にみんなは驚いた。
 二人を除いて……。

 人間というのは、非常な驚きに出会うと怒ったような顔になる。たとえ小は付いても、落第の冠が付いても、天使と悪魔には、それがよく分かった。

――やったー!!!!

 利恵は、単純に喜んだ。この一つの善行で、落第はチャラになったと感じた。
――ちょっと変だ……。
 マユは、違和感を感じた。

 そして、その違和感は、片岡の次の言葉で確定的になった。
「シンディー……どうして!?」

 片岡の心には混乱しかなかった。
 そして、混乱した心からはドクドクと目に見えない血が流れ出していた……。

 
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高校ライトノベル・連載戯曲『たぬきつね物語・9』

2019-08-20 06:03:11 | 戯曲
連載戯曲 たぬきつね物語・9
 大橋むつお
 
 
 
時   ある日ある時
所   動物の国の森のなか
人物
  たぬき  外見は十六才くらいの少年  
  きつね  外見は十六才くらいの少女 
  ライオン 中年の高校の先生
 
 
 
ねこまた: ライオン丸くん……
ライオン: ねこまた女史……
ねこまた: にくい男よね(ライオンと同時)
ライオン: にくい女だぜ(ねこまたと同時)
 
いつしか寄りそい、見つめあう二人。トレンディードラマの最終回のような曲がたかまる(にくい男と女の歌とダンスになってもいい)
 
二人: なーんてね。
 
明転のまま、ライオンは去り、ねこまたはセンターに。コンパクトで化粧をととのえながら、ライオンがあらわれる。
 
ライオン: この森を出たことが、あの子たちにはプラスになったようです。人間も動物も、甘えを捨てて、一人で生きてみることが大切なようです。これも、わたしの医者としての判断が正しかったと……
ねこまた: ちょっと……
ライオン: 今日は、ひさかたぶりに医師会に……そいで慣れない化粧が……のらないわね……
ねこまた: あんた、今ライオン丸なのよ、ちょっと!
ライオン: え……!?
ねこまた: コンパクト見てて、わからないの!
ライオン: やだ、ほんと!? て、ことは、あんたライオン丸?
ねこまた: わたしは、わたしよ、ねこまたの……
ライオン: ねこまたは、あたし……
ねこまた: じゃ、わたし、おれ、ライオン?
ライオン: ……おれ、あたしたち……やばい?
ねこまた: 互いの立場が、ちょっぴりうらやましく……
ライオン: あの子たちの残していった化け葉っぱで、ほんのできごころで化けてみたんです。
ねこまた: 化けてみると、そっちもなかなか大変で……
ライオン: こっちもなかなか大変で、化け直して、化け直して、何度も化け直しているうちに……おれ、いえ、あたし、いえ……
ねこまた: あたし、いえ、おれ……
二人: わからなくなってしまった!
ねこまた: かくなるうえは、ライオン丸を刺して、けだものに(ナイフを出す)
ライオン: ちょっと待った。ライオン丸は、あんたかも(ナイフを出す)
ねこまた: じゃ、自分で自分を……
ライオン: それは痛いから、やっぱり……
ねこまた: あんたを……
ライオン: いや、あんたを……
二人: いくぞ! 待てエ!
ライオン: 待てエ、ねこまたの、ライオン丸のねこまたの……
ねこまた: ライオン丸のねこまたのライオン丸の……
舞台上、二人追っかけあい。たぬきときつねが現れ、四人で歌とダンスになる。
 
全員: たぬき、きつね、ねこまた、ライオン。たぬき、きつね、ねこまた、ライオン。
どっちがどっちか分からない。分かっているのか、いないのか。分からない、分からない。分からない。
たぬき、きつね、ねこまた、ライオン。たぬき、きつね、ねこまた、ライオン。どうして、なぜだか分からない。
だれのせいなのか、そうじゃないか。分からない、分からない、分からない。
 
 
 
 
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