大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・058『ヤマセンブルグ・4』

2019-08-30 13:30:33 | ノベル
せやさかい・058
『ヤマセンブルグ・4』 

 

 

 な、なにこれ!?

 

 国立墓地を出た途端にびっくりした!

 国立墓地は周囲を感じのいい林が取り巻いてる。出入り口までは林の中を「の」の字に墓参道が巻いているので、外の様子は分からへん。

 これは、お墓に眠る人たちにとっても墓参する者にとっても静謐な環境を保つため……というのはソフィアさんの説明。まだまだ翻訳機を使っての説明やけど、すごく気持ちは通じるようになった。今の説明も、最初の3/1ぐらいのところで中身が分かる。

 で、なににビックリしたかと言うと、行きしなには見かけへんかった国民の人たちが沿道に溢れて、日ヤマ両国の国旗を熱烈に振ってる。

「これもドッキリ!?」

 留美ちゃん、これはドッキリやない。なにかの都合で規制されてたんやと思う。

「墓参りに行く人は静かに送らなければならないって伝統があるの。その反動もあって、帰り道は、ね……」

 説明しながらも、頼子さんはニコヤカに沿道の人らに手を振ってる。感化されやすいわたしはハタハタと両手をパーにして振った。

「プリンセスより目立ってはいけません」

 ソフィアさんに言われて「ごめんなさい」

「え、プリンセス?」

 留美ちゃんが頭から声を出す。

「正式に認め……わけじゃないんだけどね」

 トンネルに差し掛かったとこで、頼子さんは小さく言った。

 

 宮殿に戻ると、ランチを食べながら説明してくれた。ちなみに、ランチはディナーよりも何倍も美味しい!

 

「夕べのディナーはね、ヤマセンブルグの郷土料理。先祖の苦労を知るために、節目の時には食べる慣わしなの」

「それで、プリンセスというのは!?」

 留美ちゃんが身を乗り出す。

「お父さんが皇太子だったの……二年前に亡くなって、それで、わたしが皇位継承者にね……でも、まだ未成年だから、ずっと保留にしてきて、国籍だって……」

「ああ、日本とヤマセンブルグと!」

「イギリスの国籍もね、昔はイギリスの辺境伯も兼ねていたから……うちって、とてもややこしい事情がね……ほんとは千羽鶴だけをジョン・スミスに預けようと思ったんだけど、なんだか無責任な気がして……あなたたちに付いて来てもらったのも、一人じゃ、とても身動きとれなくって。それでも、ミリタリータトゥーの晩までは揺れてて……ヤマセンブルグに立ち寄る決心したのは、前の晩。だから、国民の人たちには連絡が遅れて、空港以外の出迎えの人たちが少なかったの」

 留美ちゃんは目をまん丸にして黙ってしもた。メッチャ感激すると、留美ちゃんは、こうなるらしい。わたしも、言葉が出てこーへんから似たり寄ったり。

「もう、日本には帰らへんのですか?」

「もう、文芸部はおしまいなんですか……?」

「そんなわけないでしょ! 成人するまでは保留ってことで、お婆ちゃんとは話がついた! わたしは、まだまだ安泰中学の三年生で、文芸部の部長なの!」

 偉い剣幕でまくしたてる頼子さん。声をあげなら、折れてしまいそうやいうのが、よう分かる。まだ五カ月ほどやけど、こういう頼子さんの気性はよう分かるようになってきた。

 

「明日は、女王陛下と王室行事に参加していただきます」

 

 三人で友情を誓い合ったところでソフィアさんが用件を伝えに来た。翻訳機も使わんと、きちんと日本語で。

 王室行事という響きに、あたしも留美ちゃんも胸を躍らせる!

 このひと夏の合宿で、新しいことには物怖じよりも期待を持つようになった。ヘヘ、だいぶ進歩したよ。

 

 で、王室行事はジャージに手ぬぐいを首に巻いて行った。

 

 なんと、王室の御用畑でジャガイモの収穫作業!

「天皇陛下だって田植えとか稲刈りとかされるでしょ」

 頼子さんは達観してるけど、あたしらは……イモ! やけど、中腰の芋ほりはきっつい! 夢壊れるう!

「飢饉の年にね、国王もいっしょにイモを育ててしのいだことが伝統になってるの、ほら、もっと腰をいれないと!」

 女王陛下の手が荒れてたのも、このせいか……あたしらの夏季合宿は五キロずつのジャガイモをお土産にして終わりを告げたのであった。

 

追記:ジャガイモは、そのままでは日本に持ち込めないので、イギリス王立試験場の検査を受けて、九月中頃には日本に送られてくるそうです。

 

 

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高校ライトノベル・かぐや姫物語・1・Преступление и наказание」

2019-08-30 08:22:26 | ライトノベルベスト
かぐや姫物語・1
Преступление и наказание 


「いってきま~ふ……!」

 姫子はトーストをくわえたまま家を飛び出した。こんなことは初めてだ。
「しかたのない子ね」
 年老いた母は姫子の気持ちを気づかないまま、苦笑いして姫子の後ろ姿を見送った。
「見てやるんじゃねえ、おめえが見ていたんじゃ、涙も拭けねえや……」
「え……」

 開店準備をしていた父の方が、姫子の気持ちをよく分かっていた。

 姫子は、夕べ、自分が実の子ではないことを、じかに両親から聞かされた。
 姫子は、ほとんどそのことを知っていた。なんと言っても親との年の差が五十三もあるんだから……。

 今から十七年前、泣き声に気づいて、立川亮介は店の戸をパジャマ姿のまま開けた。
 そこには、竹の子の香りが残る段ボール箱に、オクルミにくるまれた赤ん坊が入っていた。
「お、おい、恭子!」
「なんですよ、また捨て犬ですか……?」

 それが始まりだった。

 赤ん坊は大きな声で泣いていたが、筋向かいの豆腐屋のオヤジも隣の喫茶ムーンライトのママも気づかなかった。その赤ん坊の泣き声は、立川家具店の初老の夫婦にしか聞こえなかった。
 夫婦には子どもが無かったが、育てるのには歳をとりすぎていた。
「この子が二十歳になったら、七十三だぞ、二人とも」
 亮介の言葉で恭子も決心し、赤ん坊を児童相談所に預けた。警察も乗りだし『要保護者遺棄』の疑いで捜査した。
「なに、すぐに分かりますよ」
 所轄地域課の秋元巡査部長はタカをくくった。段ボール箱には竹の子の香り、多摩市の農協のロゴもついている。オクルミやベビー服も新品のようで、有名そうなメーカーのロゴが入っていた。その線から当たれば、三日もあれば解決すると思っていた。

 ところが、農協もベビー服のロゴも実在のものではなかった。

 目撃者もおらず、法定期日も過ぎたので赤ちゃんは、児童福祉施設に送られることになった。
「うちの子にします!」
 秋元巡査部長から、そう聞かされたとき、恭子は決然として言った。夫の亮介はたまげた。

 そして、赤ん坊は立川夫婦に引き取られ、恭子の反対にもかかわらず「姫子」と名付けられた。
 家具屋の姫子で、商店街のご近所さんやお客さんたちから、案の定『かぐや姫』と呼ばれるようになった。名前も立川姫子なので、有名ラノベのキャラと一字違い。中学の部活は、ラノベのキャラと同じソフトボール部だった。

 夕べ、修学旅行用の書類を準備するときに、いずれ分かることだからと、父から養女であること伝えられた。
「やっぱし……いいよ、分かっていたから」
 その場は、そう言ったが、やはり直接言われるのは応えた。平気そうにしていたが、寝床に入ると涙が止めどなく流れるのに閉口した。
 姫子は、いつも通りに起きて食卓に着くときには、いつもの顔に戻っていた。

 でも、だめだった。親子三人、あまりにも普通すぎた。
 姫子はたまらなくなり、トーストをくわえたまま家を飛び出すことになったのである。

 そして、姫子本人も両親も気づいていなかった。
 姫子が本物のかぐや姫であることを……。


  つづく………☆
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高校ライトノベル・高安女子高生物語・72『夏も近づく百十一夜・2』

2019-08-30 06:56:44 | ノベル2

高安女子高生物語・72
『夏も近づく百十一夜・2』



 えらいこっちゃ、ブログが炎上してしもた!

 南風先生のプロットをクソミソに言うてしもたうちは、凹みながら家に帰った。

 帰り道は美枝とゆかりといっしょ。

「どないしたん、なんか食べたいもん食べ損のうたん?」
「ひょっとして、南風先生となんかあったん?……さっき職員室行ったら、先生怖い顔してパソコン叩いてた。前の校長のパワハラのときは敵愾心満々の怖さやったけど、今日の怖さは、なにか人に凹まされたときの顔や。あの先生が凹む言うたら、クラブのことぐらい。で、クラブのことで、凹ませられるのは佐藤明日香ぐらいのもんやからな」

 最初の牧歌的な推論は、ゆかり。あとの鋭いのんが美枝。自分のことは見えへんのに、人の観察は鋭い。ああ、シャクに障る!

 で、うちに帰っても、自己嫌悪と美枝へのいらつきはおさまらへん。馬場さんに描いてもろたうちの肖像画も、なんやうちを非難がましく見てる双子の片割れみたい。いらんこと言い正成のオッサンも、こんなときはうちの中で寝てけつかる!
 そやけど、こんなときでも食欲が落ちひん。晩ご飯はしっかり食べた。そやけど、なに食べたかは五分後には忘れてた。て、ボケてるわけやない。それだけ苛ついてるいうこと。

 うちのお風呂の順番は、お母さん→うち→お父さんの順番(オヤジが最後いうのは、よそもやろなあ)で、お母さんは台所の後始末してから入る。その間、うちは洗濯物入れるのが仕事やけど、昼間はピーカンやった天気が、夕方にはぐずつきだした(うちの気分といっしょ)そんでお母さんが早々と取り込んだんで、することがない。自然にパソコンのウェブを開く。
 O高校のブログが目に止まる。O高校は最近更新が頻繁……やと思たら毎日更新してる。

 エライと思た。毎日コツコツいうのは、人間一番でけへんこっちゃ。そない思うと読み込んでしまう。で、感動は、そこまでで、南風先生と同じようにひっかかってしまう。

「知っていたら、情報があったら観に行ったのに」と思う公演もたくさんあるのです。これって本当にもったいないことだと思いませんか? やはりどれだけ観劇が好きな人でも、情報なしに公演を観に行くことは出来ません。

 一見正論風に見える三行が、まるで南風先生の言葉みたいで、ひっかかった。

 情報は、その気になって探したら、ネットではわりに分かる。要は、その気になって探してる人が少ないいうこと。で、たまさか観たひとは、おもんないんでリピーターにはなれへんいう、ごく当たり前の視点が抜けてる。
 高校演劇は面白いものです。だから情報さえあればみんな観にくる。なんちゅう南風先生式楽観主義! 大阪の高校演劇の観客が少ないのは「おもんないから」いう認識がない。
 情報があったらうまいこといくんやったら、こんなにゲーム業界が不振なわけがない。国会中継はもっと視聴率がとれるはずや。

「大阪の高校演劇に集客力がないのはヘタクソなこと。まともな審査をせんこと」

 簡潔明瞭なコメントを書いた。で、先を読む「稽古やってます」「楽しかったです」「頑張ります」を簡単な描写と写真でつないで埋めただけ。ほんで、この写真があかん。
 役というのは表現するんと違う。受け止めること=リアクションや。それが結果として表現になる。それが、役者がバラバラに表現してるのが写真だけでも分かる。中にはボサーっと立ってるだけで、稽古空間に目的を持って存在してない……これも筆ならぬキーの勢いで書いてしもた。

 で、その明くる日のうちの「無精ブログ(その名の通りめったに更新せえへん)」は炎上した。

――アホ。どれだけ自分が偉いと思てんねん!――
――かれらの前向きな取り組みを、どうして評価しないんですか!――
――去年コンクールで落ちたこと、いつまでネチコイねん!――
――サイトの良い雰囲気が台無し。反省しろ!――
――あなたのは、無用なあおり、誹謗です。ネットリテラシーをまもりましょう――
――サルにルールは通用せえへん!――
――アホ、サルに失礼じゃ!――
――一度精神鑑定うけろ――
――おまえこそ、大阪高校演劇の恥じゃ!――
――PRの大切さを理解していない(広告代理店勤務)――
――あなた一人のことでOGH高校は、また評判を落としますね、それ分かってる?――

 キリないんでこれくらいにしときます。コメントは全部匿名。中には「あなたの心の良心」いうのもあって、うちの中の正成のオッサンが大笑い。

「明日香の心の中には、わいしかおらんのにな。わいやったら明日香のケツのホクロの場所まで知ってるぞ」
「うるさい、オッサン!」
「まあ、聞けや。反応があるいうのは、明日香が働きかけてるからや。それに明日香はえらい」
「なんで?」
「明日香は、ちゃんと名乗ってコメント書いてる。言うてることも正論や」
「それて……」
「分かってるみたいやな。明日香に芝居の未練がなかったら、南風のネエチャンに、あそこまでは言わへんし、この高校のブログにコメント書いたりせえへんかったやろ」
「それは……」

 気ぃついたら、うちはお風呂で体洗うてた。くそ正成!

「おお、発見。明日香怒ると、ケツのほくろがピクンとしよる!」

 うちは、急いで、心のシャッターを閉めた……。
  

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高校ライトノベル・須之内写真館・44『冷やし中華の会・2』

2019-08-30 06:47:37 | 小説・2

須之内写真館・44
『冷やし中華の会・2』
          
 
 

 冷やし中華を食べ終わって気づいた。

「あ……あの人形替わってません……数も違う?」


 店に入った時、店の奥に五十センチほどの中国美人の人形を中心に、十体あまりのかわいい中国の子どもの人形が並んでいた。
 それが、いま気づくと、人の背丈ほどの武将の人形になっていて、子どもの人形は二体に減っていた。
「ああ、あれ、からくり人形だよ」
「見ていてごらん」
 松岡が言って、鈴木が後を続けた。美麗は、あいかわらずニコニコしている。

 人形は、若々しいイケメンの武将だった。見ていると、子どもの人形が近づき、武将の人形に取り込まれたかと思うと、武将は一回り大きくなって、鍾馗さんのようなイカツイ武将に変わった。
「どういうからくりかは分からないんだけど、あんな風に変化するんだ」
「この店の名物」

 すると、厨房から、店の主人が出てきた。

「さすがに冷やし中華の人たちですね。気が付かないで帰ってしまうお客さんも多いんですよ」
「あ、ここの亭主の陳健太。もち、会員ね」
 親子ほど歳の違う亭主をオトモダチのように、美麗が紹介した。
「陳さん、今日は人形の変化早くないかい?」
「ハハ、ばれたか。気づいて欲しいから、少し早くしたんだ。いいかい見てて……」

 陳さんは、中国の気功師のように体を動かし、気を溜めた。

「アイヤー、ハイッ!」

 陳さんが、かけ声をかけると、人形は数秒で、五体ほどの少年と少女の人形に変わった。武装している者もいれば商人風の者、京劇のヒロインのような美少女もいた。

「すごい、どういう仕掛けなんですか!?」

「仕掛けは分からない。先祖伝来のからくり人形だからね」
 大まじめの陳さんの脇で、三人の先輩会員がニヤニヤしている。
「こんな顔して、中華料理屋の亭主に収まってるけど。T大の工学部の出身。食えないオヤジだよ」
「食うのは料理だよ。わたし食べられたら、料理作れないからね」
 マジな顔で言うので、みんな爆笑した。その間に人形は三体の美人に変わっていた。
「この三美人が一番」
 陳さんが手を叩くと、三体のコスがAKBのように変わった。
「おお、新しいバージョンになった!」
 オッサン二人が喜び、美麗は人形のケースの側まで行って、屈んでスカートの中を覗いた。
「ちゃんと、へっちゃらパンツ穿いてる! これ脱いだらどうなってるの?」
 見かけに似合わず、変なことを聞く。
「それは、中国の国家機密」

 すると、三体の人形はAKBの曲で踊り出した。

「すごい、ここまでできるんだ!」
 オッサン二人の感嘆の声。直美は、ただただ驚くばかりだった。
「東大阪の友達が、手伝ってくれたんだ。最新のハイテク」
「すごいんだ!」
 直美は、ただただ感心。
「この人形には意味があるんだ」
 松岡が、真面目な顔で言った。
「これ、中国って国の象徴だね」
 鈴木が後を続けた。

 AKBの曲が終わって、陳さんが、のんびりと言った。

「中国は、この人形みたいに、大きくなったり小さくなったり、まとまったり、バラバラになったり。これがナショナルポリティーなんだな」
 直美は、始めて気づいた。堯舜(ぎょうしゅん)や春秋の昔から、中国は、分裂と統合をくり返してきた。この人形は、それを暗示しているのだ。

「ハハ、直美さん。マジにとられちゃ困るなあ、ただのオッサンのスケベエ根性ですよ。わたしは、このAKBの三体が一番のお気に入り」
「陳さんも、いよいよオタクかな?」
 美麗が冷やかす。
「失礼な。とっくの昔からオタクだよ!」

 一同が、いっせいに笑った……。
 

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小悪魔マユの魔法日記・18『知井子の悩み8』

2019-08-30 06:41:16 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・18
『知井子の悩み8』


 
 浅野さんはうつむいてしまったが、マユはたたみかけるように続けた。

「あなたは、多分一次選考のあとで死んだの。あなたに自覚はないから、原因は分からない。でも、あなたのオーラは生きてる人間のそれじゃない。他の人には見えないけど、受験者が一人多いのに、さっき気づいたわ」
「……それは、他のだれかが間違えているのよ。いや、スタッフかも知れない。わたし、こうやってちゃんと、二次合格の書類だって持っているもの」
 浅野さんが手にした書類は、ただのA4の白紙のコピー用紙だ。

 エアコンの静かな音だけが際だつ間があいた。

「……これは、ただの白紙の紙よ。浅野さんには、これが本当の合格通知に見えるんだ」
「だって、こんなに、はっきりと『二時選抜合格、浅野拓美様』って書いてあるじゃない」
「あなたは、死んだ自覚がないから、それに合わせた都合のいいものしか見えないのよ。無いものだってあるように見えているだけ……」
 
 浅野さんの目が怒りに燃えてきた。マユに本当のことを言われ、当惑が怒りに変わってきた。部屋の中に風がおこり、机や椅子が動き出し、部屋の中はグチャグチャになった。

「あらあら、部屋がこんなになっちゃった」
「……わたしじゃないわ。わたしには、こんな力はないわよ」
「かなり重症ね。とりあえず片づけましょう」
 マユが、指を動かすと、部屋は、あっと言う間に元の姿に戻った。
「あ、あなたって……」
「だから、悪魔。おちこぼれだけどね。はい、もう一度、落ち着いて書類を見て」
「……は、白紙! あ、あなた、わたしの合格通知をどこへやったの、どうしたの!?」
「何もしないわ、浅野さんにも、本当のことが見えてきたのよ」
 再び、部屋のあらゆるものが揺るぎだし、有機ELの照明がパチンと音を立てて割れた。マユは、照明が落ちた時点で浅野さんの霊力を封じた。
「あなたに自覚はないけど、そうやって、二次選考では、何人もの子たちに怪我をさせたのよ。だから、最初にスッタッフのおじさんが注意していたでしょう」
「わ、わたしは……」
「そう、そんなつもりも、自覚もない。人の演技を見て、スゴイと思ったら、無意識のうちに脚をからませたり、転ばせたり……」
 それでも浅野さんは、飲み込むことができず、頭を抱えている。
「仕方ないわね……」
 マユは、部屋の窓を景気よく開けると、浅野さんにオイデオイデをした。
「外になにかあるの……?」
 窓ぎわに来た、マユは浅野さんの脚を、ヒョイとひっかけ、背中を押した。
「キャー!」
 悲鳴を残して、浅野さんは、はるか眼下のコンクリートの歩道に落ちていった。

「……わたし、いったい?」

 歩道で、怪我一つしないで佇んでいる自分に驚いた。
「行くわよ!」
 はるか上の窓から、口も動かしていないのに、マユの言葉が振ってきた。そして、その直後、マユが頭を下にして、真っ逆さまに落ちてきた。で、地面につく直前に一回転して、体操の選手のような決めポーズで着地した。
「す、すごい……」
「足から落ちてもよかったんだけど、それだとおパンツ丸見えでしょう。だからね」
「すごい、超能力!」
「あなただって、今やったとこじゃないの。わたしは悪魔だから、あなたは幽霊だから、怪我一つしないのよ。それに、周りの人を見てごらんなさいよ。だれも、わたし達に無関心でしょ。女の子が二人立て続けに、あんな高いところから、落ちてきたのに」
「どうして……」
「ほら、今、男の人があなたの体をすり抜けていく……」
 浅野さんは、「あ」と声を上げたが、かわす間もなく、男の人は彼女の体をすり抜けていった。
「あ、あの人って、幽霊?」
「幽霊は、浅野さん、あなた」
「で、でも……」
「まだ、分からない? じゃ、もっかい、あの部屋に戻ろう……入り口からじゃないの。戻ると思えば、それでいいの」

「わたし、やっぱり……」
「うん、死んでるのよ」

 もとの部屋に一瞬で戻って、浅野さんはションボリしてしまった。
「……一次選考のあと、交通事故があった。わたしはすんでのところで……」
「そう、多分そこで死んだのよ。可愛そうだけど、それが真実」
「……でも、わたし、このオーディションには受かりたい」
「そうやって、浅野さんが居れば、あなたは無意識のうちに、人に怪我を……いいえ、今日は人を殺してしまうかもしれない。それだけ、あなたは危険な存在なの」
「……じゃ、どうすれば」
「もう、あっちの世界に行きなさい」
「あっちって……?」
「死者の世界……分かった?」

 浅野さんは、しばらく目に大粒の涙を浮かべ、ようやく……コックリした。

「わたしが、送ってあげるわ」
「うん。仕方……ないのよね」
「じゃ、いくわよ。目を閉じて」
「うん……」
「エロイムエッサイム……エロイムエッサイム……」

 全てを観念した浅野さん。その姿は、ハンパな小悪魔には、あまりにも心の痛む姿だった……。
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