銀河太平記・006
あれはなんだ?
こういうことには疎いヒコが一番に見つけた。
「え……なに?」
初音ミクに見惚れているテルは反応が遅れる。
アキバ駅の向こう、ラジオ会館の次に重文指定を受けた秋葉原UDXの屋上にバックサスを受けたように巨大な人影が現れた。
特徴的なシルエットで、アキバの歴史に詳しいテルなら一発で分かっただろう。
「あのヘッドフォン……」
テルの次にアキバに詳しい未来が思い出しかけるが固有名詞が出てこない。
「あ、すーぱーそに子ではにゃいか!」
テルが気づいたのは、初音ミクが歌いながらラジオ会館の屋上からジャンプしたのを目で追ったからだ。
すーぱーそに子もUDXの屋上からジャンプして駅前広場の上空で、並び立った。
初音ミクは『ミックミックにしてやんよ!』を熱唱中だが、合間を縫って別の曲が割り込む。そに子が歌っているのだ。
最初は譲り合ったり、互いの曲に合わせたりしているのだが、次第にエキサイトしてきてお互いの曲を押しのけるように歌声を大きくする。
「邪魔しないでよ、アキバのヒロインはそに子なんだからね!」
「なによ、オッパイお化け!」
「オッパイお化けゆーーな!」
「アキバのヒロインは初音ミク、日本のジョーシキ!」
「わたしは世界の常識!」
「太陽系のジョーシキ!」
「なによ、じゃあ、アキバに来てるみんなに聞いてみるぞ! そに子だと思うひとおおお!」
アキバのあちこちから『ウオーー!!』と歓声が上がる。
「じゃ、初音ミクだと思う人っ!」
そに子と同じくらい『ウオーー!!』の歓声が上がる。
「ほら、そに子の方が多いじゃん!」
「なに、ゆってるの、ミクに決まってゆのよさ!」
そに子とミクが言うたびにアキバのあちこちから声援が上がる。
「ほら、そに子!」
ウオーー!!
「ミクだ!」
ウオーー!!
「そに子!」
ウオーー!!
「ミク!」
ウオーー!!
「あ、もお! そんな地べたから叫んだって分かんないわよ!」
「そーだ、みんなにも、ここまで昇って来てもらおう!」
「あ、それアイデア!」
二人の意見が合うと、なんということ、アキバの地上にいるみんなの体がフワフワと上昇し、ミクとそに子を取り巻くように浮遊したではないか!
「ただ昇ってきただけじゃ分かんないよ」
「じゃ、こうしよう!」
ミクがジャンプしながらスピン。ツインテールが、それにつれてクルクル回ると、周囲の人やロボットが二つのグループに分かれる。
「こえって、グラビティ―コントロール……?」
「すごい……」
そに子の方に流されながらダッシュと彦が呟く。ダッシュはそに子を応援していたようだ。
テルと未来はミクの応援なので、より初音ミクの方に寄っていく。
地上からも新たに、どちらかの応援にまわった者たちが空中に昇ってきて、どちらかのアキバヒロインの方に寄っていく。
「グ、グラビティ―コントロールと情報管理を組み合わせてるんだ」
技術関係にはそれほど関心のない未来の声も上ずっている。
「しゅごい、地球のぎじゅちゅは火星の一歩しゃきを行ってゆのよさ!」
そう、今上陛下御即位二十五周年にあやかったアキバフェスに、地球でも最新技術のGC:グラビティーコントロール(重力操作)とIT:インフォメーションテクノロジーを組み合わせ、初音ミクとすーぱーそに子の対決にアキバに居合わせた者を立体的に巻き込んだイベントにしたのだ。
念のためにハンベ(腕時計型端末)を見ると『離脱するときはパージと言ってください』と出ている。
ミクとそに子の対決パフォーマンスは、最新テクノロジーの演出と相まって、アキバ広場の上空を興奮のるつぼに変えた。
パフォーマンスが終わるたびに応援を鞍替えした者、新規に地上から参加するもの、僅かだが用事かトイレのためにパージする者たちが交錯して、いやがうえにも盛り上がっていく。
「あ、ダッシュ、そに子だったんじゃないの?」
「ああ、でも、こっちも面白そーだし」
「じゃ、あたしはそに子に行ってみよっかなあ♫」
ドン
「あ、ごめんなさい」
移動し始めた未来が、流れてきた女の子にぶつかった。
「いまの、わざとじゃねえか」
「え?」
グラビティーコントロールはCPがコントロールしているはずだから、人数が飽和していない限りぶつかることはあり得ない。
「あ、パスポート!?」
「やっぱりな! パージ!」
離脱のキーワードを叫んでダッシュは地上に急降下した!