銀河太平記・009
こんなことも分からないのかという鼻息でテルが怒る。
見かけ七歳、実年齢十歳、実学年は飛び級の高校二年というテルが腰に手を当てふんぞり返って息巻くというのは、なんとも可愛らしいのだが、頭の良さと根性の座り方はグループ一番、いや、扶桑第三高校一番の頭脳に、俺たちは言葉が無い。
「扶桑は二十三世紀の現代においても、チョーアナログなパスポートを使っていりゅけど、じちゅは、銀河一の心映えがありゅのよさ! 地球や他の火星政府みたく生体パスにしにゃいのは、扶桑国人として自覚と誇りをもたせゆためだけじょ、じちゅは、しゅごい偽造防止がされているにょよさ!」
「あ!?」
テルの次に頭のいいヒコが声をあげる。
「パスポートの台紙が偽物!?」
「しょうよ、ベースの紙しょのものが認証登録しゃえてゆ。だかや、額面やチップ情報をコピーしても、台紙の組成が一致しにゃければ偽ものよさ! 敵は、あやかじめ用意のフェイクベースに額面とチップ情報をコピーして、コピーした方をダッシュに返したのよしゃ」
「テル、台紙の組成まで分かるのか?」
「分かゆよ、伊達に飛び級してにゃいのよさ<(`^´)>」
「じゃ、すぐに警察に届けなきゃ!」
「そうだ、大使館にも!」
「待ってくれ」
「なんだ、ヒコ?」
未来と二人腰を浮かせたまま固まった。
「あ……いや」
「こんどのグループ行動は、ヒコがじゅいぶん骨を折ってくれたのよしゃ」
「あ……すまん、こんな不祥事、ヒコの立場ねえよな」
「あ、いや、やっぱり届けよう。パスポートを盗もうってやつらだ、どんな悪いことに使われるか分かったものじゃないからな」
「ごめん、ヒコ、あたしがボンヤリしていたばっかりに……」
「気にするな、たまたま狙われたにすぎないんだ。さ、それより、直ぐに連絡しよう」
「うん、当事者だから、あたしが……」
ハンベを緊急通信にする未来、その手をテルの小さな手が遮る。
「あくまで紛失にゃ、アキバのイベントの最中に無くにゃった。グラビティーコントロールにゃんて、まだまだ危にゃい技術にゃんだかや」
「う、うん、分かった」
緊張した手で未来がハンベにタッチすると、すぐに在日扶桑大使館のバーチャルオペレーターの上半身がハンベの上に現れた。
『扶桑第三高校の緒方未来さんとグループの人たちですね』
「は、はい」
オペレーターは直ぐに未来と俺たちを認識した。未来のIDが表示されているんだろうけど、早い、さすがは大使館。
「ご用件はパスポートのことですね」
「あ、は、はい」
すげえ、用件を言う前に分かって……え、なんで?
『たった今、アキバで緒方未来さんのパスポートを拾った届け出がされました』
え、どういうことだ?
『一応大使館でチェックしますので、恐れ入りますが、大使館までお越しください』
「は、はい、大使館へは……三十分で着きます、ありがとうございました!」
『あせって、事故おこされませんように、お気を付けください。では、インフォメーションの桔梗がお相手いたしました、では、お待ち申し上げています』
ハンベでは人かロボットかは分からなかったが、凛とした笑顔が頼もしかった。
俺たちは、九段の大使館を目指した。いろいろ刺激的な修学旅行初日ではある。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる