銀河太平記・007
降下しながらUDXの壁を蹴る!
追跡まで五秒ほど遅れてしまったが未来(みく)のパスポートを盗んだ犯人を見逃すことは無かった。
犯人は二百年前のアキバ系オタクファッション。
目深にキャップ、チェックのガラシャツの裾をきっちりジーンズの中に入れ、背中のリュックをブンブン揺らせながら中央通に向かって逃げていく後姿を目に焼き付けた。
UDXの壁を蹴った分着地した時には、その差十メートルあまりに近づいている。
敵はビルの角を曲がって中央通を北に向かった。
二呼吸遅れて角を曲がる。
ボフ!
腹に衝撃がきた。
敵は角に隠れて、ダッシュが飛び出してきたところをリュックをぶん回してきたのだ。
とっさに受け止めて衝撃をやわらげられたのは、子どものころから扶桑第一の悪ガキと言われたダッシュがだからだろう。
同時に悪ガキの勘が働いて、リュックを放り上げる。
ビシ!
リュックは空中で閃光を放って落ちていく。信号弾か何かを仕込んでいたんだ、殺傷能力はないが、あんなものが目の前で光ったらホワイトアウトしてしまって追跡どころではなくなっただろう。
腹にぶちかまされた瞬間に敵の顔を見た。
キャップの為に上半分は隠れていたが、形のいい鼻と口元。整いすぎているのは義体か? ロボットならとっくに逃げおおせておるだろう。
史跡AKBシアターまで追いかけると、敵は中央通を渡って蔵前橋通りの方へ逃げていく。
「逃がすか!」
角を曲がったので一瞬姿を見失ったのは、ほんの三秒ほどだった。
え!?
さっきの事を警戒して少し大周りに角を曲がると敵の姿は三人になっていた。その三人がそれぞれ別方向に逃げていく。
勘が働く。
三人とも違和感がある。扶桑の城下町で悪戯して走り回っていたガキ大将の勘だ。
南に逃げた奴を追う……ふりをして、蔵前通の一つ裏の通りに入り、ビルの非常階段を登って屋上に向かう。
ちょうど見失ったビルの背中合わせのビルだ。
給水塔の陰から窺うと、ビルの屋上から下を覗いている敵の姿が見えた。
すぐに飛び移って捕まえようと思ったが、息をのんで立ち止まった。
なんと、敵は階段室の横で服を脱ぎ始めたのだ。
ガラシャツを脱ぐと白いワンピを頭から被り、ワンピが肩の下に下りる前にジーパンを脱ぎだした。
一瞬肩から下が下着姿になった敵にドキッとしたが、赤いカーディガンを羽織ったときにはフエンスを飛び越えて、敵の前に着地した。
敵は僅かに驚いたが、振り返った顔は人を喰った笑顔だ。
「いけない人、覗いてたんだ」
「パスポート返せ」
「火星人の割にはすばしっこいし頭も働くのね」
「警察呼ぶぞ」
「こんなことで警察呼んだら、お巡りさん可哀そうよ。御即位二十五周年の警備で忙しいのに」
「だったら、返せ」
「しょーがないわね……」
敵は着たばかりのワンピの裾を持ち上げると、景気よくまくり上げた。
さっき一瞬しか見えなかった下着姿が盛大に現れる。
「な、なにしてんだ(;'∀')!?」
「こうやんないと出てこない」
お猪口になった傘のようになって敵はジャンプする。体の部分がプルンプルンと揺れて、見かけより純情なダッシュは真っ赤になったが視線は外さなかった。逃げられたり細工されたりしないためだ。
パサリ
パスポートが落ちてきた。ワンピの裏側に特殊なポケットがあって隠していたようだ。
「エッチ、ずっと見てたでしょ」
「取り返すまでは安心できないからな」
「はい、返すから。緒方未来さんに『気を付けろ』って言っといて」
受け取ったパスポートは仄かに湿って暖かく、ダッシュは、この追跡劇の中で一番動揺した。
「アハハ、好きよ、そういう純情さ。気に入ったから自己紹介しとくわ。わたし、加藤恵っていうの」
「加藤恵……」
「君の名前は……こんど会った時に教えて、じゃね」
敵は、ごく普通に階段室から下りて行った。
してやられた気分になって、フェンスから見下ろすと、古典ラノベのヒロインのように後ろ手組んで見上げていた。
「嬉しい、やっぱ、振り返ってくれたんだ(◍>◡<◍)」
敵は、ソヨソヨと蔵前通を西に消えて行った。