銀河太平記・029
トモヅルというのは戦後作られた汎用駆潜艇だ。
いわゆる条約型だ。
あの戦争が終わってから、世界中の国が集まってウラヤス軍縮会議が開かれた。
日・米・英・独・仏・伊・露・満・中(新制中国で、三か国に分かれていたが、軍縮会議ではまとまっていた)の九か国。火星の植民地国家を入れていないのでナンセンスという評論家もいるが、宇宙軍を含む総括的な軍縮が出来たので画期的な軍縮であったと評価する政治家も多い。
このウラヤス軍縮で、主力艦の保有トン数に制限が加えられた。主力艦の保有トン数に力点を置いた日本政府は、補助艦艇で妥協した。
その妥協の産物の一つがトモヅルだ。
700トンという総重量の中に、1500トン駆逐艦並みの装備を載せて、建造当初からトップヘビーの危険を指摘されていた。
トップヘビーとは、まだ船が海の上でしか走れなかったころの用語だ。
喫水線上に過剰な装備を積載して、船の重心が上がり過ぎ、ひどいものになると、わずか30度の傾斜で転覆した。
宇宙船だから転覆はあり得ないのだが、最大戦速を出すと船がコントロールを失い不規則なスピンを繰り返して操船不能に陥ることを指して転覆と呼んでいるのだ。
トモヅルは、太陽風警報が発令されている中、最大戦速で艦隊運動の訓練中に転覆を起こした。
スピンは見る間に13回転/毎秒に達し、乗員は操艦どころか、自分たちの姿勢保持もできなくなって、洗濯機の脱水層に入れられたフィギュアのように攪拌され、生存者はわずか10名という、日本宇宙軍創設以来の大事故になった。
トモヅルは三百年前の帝国海軍時代の水雷艇友鶴でも転覆事故を起こしており、縁起が悪いというので解体処分になったはずだ。
それが目の前にアンカーを下ろして舫っている。
幽霊……か。
慄いていると、トモヅルから牽引ビームが出され、あっという間に係船竿(けいせんこう)に繋がれてしまった。
「宇宙一のガラクタ船『ファルコンZ』にようこそ、森ノ宮親王殿下、児玉元帥、扶桑第三高校の諸君。わたしが船長のマークです。こちらが航海長のバルス」
「バルスであります」
「こっちが女房役で船務長のコスモス」
「コスモスです、よくおいで下さいました」
扶桑組がそろってため息をつく。コスモスさんは『掃き溜めに鶴』を地でいったような美人だ。
「女房役って……」
ダッシュが良からぬ呟きをするので、ミクとテルの両方から睨まれる。浅はかなやつだ。
「すみません、遅れま……」
遅れて来た女の子が犬を抱いて現れ……ビックリした。
「「「え?」」」
ユニホームを着てはいるが、ミクにソックリな姿かたちなのだ。
「こら、ニュートラルにせんか」
船長がたしなめると、瞬間で、女の子は可愛いという属性のまま別の少女に変わった。
「船務員のミナホです。ベースがAct Mine(アクトマイン)なもので油断すると、すぐに変身してしまいます」
「ミナホです、ご乗船光栄であります」
ビシッと敬礼を決めると、優秀な女性クルーそのものだ。
「きたねえ船だが、クルーは、まあまあだ、気楽にやって……モゴモゴ」
急に喋り出した犬の口をミナホが塞いだ。とりあえず、ミナホと犬はロボットか。
「失礼しました。こいつは、アナライザーのポチです。以上の乗員で火星までお供いたします」
「よろしく頼む。のちほど話をしたいが、とりあえずキャビンに案内してくれないか、ずっと雑役艇だったもんでな」
「よろしくお願いします」
元帥が直截に言って、殿下が柔らかく締めくくって、僕たちは狭い船内を案内された。
火星までの帰還の旅が始まった。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 児玉元帥
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる