やくもあやかし物語・63
お風呂上りは油断してしまう。
三寒四温の今日この頃。
今日は、その四温の日で、お風呂にゆっくり浸かって上がると、昨日までの三寒よりもホコホコしている。
我が家は部屋が十個以上もあるので三寒の日は寒々しさひとしおなんだけど、ちょっと油断してしまうくらいに暖かい。
スリッパを履かずに裸足で部屋まで戻る。
昨日まで冷たいと感じていた廊下がヒンヤリと足の裏に心地いい。
広い家の、どこかとどこかが開いていて、微かに空気が流れている。閉め切っておくと、空気が淀んで陰気だし、冬場でもカビが生えたりするそうなので、そういう造りになっているのよとお婆ちゃんが説明してくれたけど、まだ確認したことはない。
三寒の昨日までなら、そういう開いているところから魔物とかが入って来るんじゃないかと心配になったけど、四温の湯上りは、春の兆しを伝える妖精さんとかが入って来るんじゃないかとウキウキするから面白い。
部屋に戻って、頭のタオルを外して、本格的にゴシゴシ拭く。
ホワワワ~
蒸された頭からシャンプーの香りが部屋いっぱいに広がる。
我ながらいい香り。
つい、鼻をクンクンしてしまう。
俺妹のフィギュアたちがニコニコして、アノマロカリスの縫いぐるみは「変なやつ」と言っているような気がする。
プルルル プルルル
机の上の黒電話が鳴って、フィギュアたちが注目して、アノマロカリスが触覚使って受話器を耳元に寄こす。
『お地蔵さんからお電話がかかっています』
受話器の向こうで交換手さんが伝えてくれる。
「お地蔵さん?」
『はい、メイドお化けに追いかけられた時庇ってくださった、ほら、お守り石借りてるでしょ?』
あ、ちかごろ挨拶にも行っていない、お守り石も借りっぱなしだし、マズかったかな(^_^;)?
『繋ぎますね』
「は、はい……もしもし、やくもです(^_^;)」
『ごめんなさいね、お風呂上りにくつろいでいるところ』
「あ、いえいえ、こちらこそ、お守り石とか借りっぱなしで……」
『いいのいいの、今日はね、ちょっとお願いがあって電話させてもらったの』
「お願いですか?」
ちょっと身構える。
「なんでしょ?」
『やくも、啓蟄って知ってる?』
ちょっと戸惑ったけど思い出した。ラノベに出てきた言葉だ『春めいてきて、虫たちも穴から出てくる』とかいう意味だ。
『そう、その啓蟄。でも、出てくるのは虫たちだけじゃなくてね、あやかしとかもチラホラとね』
「あ、あやかし(;^_^?」
『悪い奴ばかりじゃないんだけど、中にはね……』
「は、はあ……」
『だいじょうぶ、やくもならやっつけられるから!』
「え、やっつけるって……」
『悪い虫は、早めに退治しないと、梅雨とか夏になったら大変だから』
「でも、退治なんて、わたし」
『だいじょうぶ、とっておきのお守り石、明日には届くからそれ使ってやっつけられる。明日あたり宅配便で届くから。じゃ、お願いね(^▽^)/』
「あ、おじぞうさま……」
プツ…………切れてしまった。
あくる日、ほんとうに黒猫の宅配便が持ってきた。
ほんとうにっていうのは、宅配さんそのものが黒猫さんだという意味もある。
そのお守り石は、由緒有り気な勾玉の形をしていたよ。
おじぞうさま、本気なんだ……。
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石