大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

鳴かぬなら 信長転生記 72『宿営』

2022-05-08 13:30:08 | ノベル2

ら 信長転生記

72『宿営』市   

 

 

 卯盃(ぼうはい)での宿舎は、主に大商人の邸宅が使われた。

 いずれも兎角事業に参画していて、これからの事業で結構な儲けが見込まれる者たちだ。むろん一個師団規模の宿営全てを一軒の屋敷で賄われるはずも無く、いくつかの屋敷の他に寺院や道館、それでも収まらない兵たちは、広場や城壁の脇に幔幕を巡らせてキャンプしている。他に宿館が無いわけでもなく、並み以上の民家からは「茶姫さまの軍勢にお泊りいただきたい」という申し出もあったが「馬の世話もあるし、一般住民に迷惑を掛けたくない」ということで断っている。

 その謙虚な姿勢に――さすがは茶姫さま!――の声が上がって、茶姫の評判は上がるばかりだ。

「せめて、差し入れをさせてください」

 街の者たちは、あまりの謙虚さに酒や食べ物を、進んで献上してくれる。

「いやあ、わたしは、こんなに大食いではないぞぉ(^_^;)」

 献上品を前に、茶姫は頭を掻いてみせる。

―― か、可愛い! ――

 そう思ったのは、わたし(市)ばかりではない。献上品が積まれた庭先は近衛の兵たちも、馬や武具の手入れに屯している。

 昼間、凛とした勇姿で入場した女将軍が、少女のように含羞と当惑に頬を染める姿は、ほとんど反則!

 美少女という属性では、兄の信長も、むろん、この市も負けてはいないけどね、茶姫のギャップ萌えはスゴイよ!

「検品長! 備忘録!」

「はい、検品長、これに!」

「備忘録、これに!」

「献上の者たちの記録をとってくれ、そうだ、一人一人名を聞くから、書き留めてくれ。書き留めながら、駐留部隊への割り振りも考えてくれ」

「「承知しました」」

「卯盃の好意は無駄にはしない! 一人一人に礼を言って、その上で城内各所に宿営している兵たちに配ってやりたいと思う。献上の品には、輜重の者たちに名札を貼ってもらって、皆の好意が伝わるようにしよう。中には足の早い食材もあるようだ。明日には出立する我らだ、無駄にせぬように今夜と明日の朝までには腹に収めておけ。まあ、そういうことで、この曹茶姫も頂戴する。卯盃のみんな、ほんとうにありがとう!」

 そう言うと――みなも喜べ――という風に両手を広げ、近衛のみんなにも倣わせて頭を下げる。

 ウオー! 茶姫さまあ!!

 期せずして、広い庭に集まった卯盃の者たちの歓声があがる。

 三十分ほどかけて、全ての献上者と言葉を交わして礼を述べる。その間に検品長ら輜重の者たちが段取りを建てて、城内各所に屯する兵たちに配っていく。

 検品長は、ただ段取りをつけるだけでなく、それぞれの品から僅かの物を取っては、別のザルに移していく。

 ザルには『茶姫用』と紙が貼ってある。たとえ僅かでも、茶姫自身が食べるという標だ。

「品長、なかなかやるわね」

 そう囁いてやると、叩き上げの准士官は恥ずかしそうに手を振る。

「いえ、備忘録のアイデアですよ。さあ、これから調理です。今度は烹炊が大忙しです」

 

「丹衣、市衣、当番を代わるぞ」

 交代の近衛が来たので、丹衣ちゃん(信長)といっしょに城壁に登ってみる。

 

「茶姫は、ほんとうにすごいね」

「そうだな」

「……ひとことあり気ね」

「茶姫のあれは、生得のものだろう」

「そうよね、性格いいのよ茶姫は」

「半分は計算している」

「そうかな、献上品を前にした茶姫の可愛さは本物だったよ。計算した可愛さは、市にも分かる」

「そう、自然に出てくる。サルに似ている」

「サル言うな!」

「入城してから、曹操・曹素のことを言わん」

「え? いいじゃん。ぜんぶ、茶姫自身が考えてやったことだもん」

「サルなら言う『秀吉が、こうやっておられるのも信長様のお蔭じゃ』とな。茶姫は魏王の妹で魏王ではない」

「考えすぎ! サルこそ計算づくで兄ちゃんの名前出してたんだし」

「だが、それが俺の役に立っていた。それに、越前金ケ崎での殿(しんがり)、サルは本当に命をかけておった、だから、あの家康でさえサルに頭を下げて、与力の兵を置いて行った」

「今は、茶姫の話!」

「だな……見てみろ、あちこちから烹炊の煙があがっている」

「献上の差し入れが行き渡ったんだ、検品長も備忘録も、よくやってるよ」

「部下どもは、ちゃんと茶姫の本陣を囲むように宿営している。これを自然にやらせるんだ、それが茶姫の強みだ」

「そうだね」

「ここに、曹素を連れてきていたらぶち壊しだっただろう」

「だね……あいつ、女漁りとか乱暴しか能のないやつだから」

「でも、使い道はある。やつは、いま、魏の洛陽に向かってる」

「邪魔だから帰したんでしょ、あいつ連れてたら、一応輜重だから、侵略軍と思われるって……」

「このあと、茶姫は洛陽に戻るだろ」

「そりゃ、騎兵は補給がなければ戦力にならない。転生の南端を横断したのも、騎兵の勢いを見せつけるだけだって言ってたじゃない」

「だからだ、輜重と騎兵が一緒になれば、その瞬間に戦が始められる。まして、茶姫の軍は騎兵で、その装備を鉄砲に換えたところだ、緒戦の打撃力はすごいぞ。それに、南には三国志最大の魏と、その並びに前後して蜀と呉がある。曹素と一緒になりさえすれば、どこだって攻められる」

「でもでも、輜重は速度が遅い。その輜重の速度に合わせていたら、あちこちで変な休憩を取らなくちゃならなくなって、みんなに警戒される。騎兵の打撃力はすごいけど、準備して待ち構えられたら脆いでしょ」

「警戒されればな……」

「お兄ちゃん、ちょっと根性歪んでなくない?」

「検品長や備忘録は献上品の仕分けのためだけにいるんじゃないぞ」

「そんな……」

「この二日、茶姫の軍は卯盃を動かん」

「え、茶姫は明日には立つって……」

「いや、動かん」

 

 兄きの言う通り、茶姫の軍は動かなかった。

 理由は、卯盃の民が放さなかったからだ。卯盃だけではない、近隣の町や村からも、噂を聞いた者たちが押しかけ、三日連続の宴会になってしまった。

 この目出度い噂は、すぐに人の口と足によって三国志中に伝わるだろう。

 茶姫は、備忘録に出発の遅れを詫びる手紙を書かせ、兄の曹操の元に馬を走らせ、四日目には、卯盃の民を振り切るようにして出立。

 次の村に達した時には、曹素の輜重部隊が洛陽に到達するとの情報を得た。

 悔しいけど、兄きの予想が外れることは無かった。

 でも、転生への報告には『三国志に侵攻の様子は無い』と書かせて揺るがない兄きでもあった。

 

☆ 主な登場人物

 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
 織田 市        信長の妹
 平手 美姫       信長のクラス担任
 武田 信玄       同級生
 上杉 謙信       同級生
 古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
 宮本 武蔵       孤高の剣聖
 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
 今川 義元       学院生徒会長 
 坂本 乙女       学園生徒会長 
 曹茶姫         魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長)弟(曹素)

 

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乙女先生とゆかいな人たち女神たち・41『田中教頭の娘』

2022-05-08 06:25:38 | 青春高校

乙女先生とたち女神たち

41『田中教頭の娘』  

       

 


 田中教頭は、イタズラを見つかった小学生のようにうろたえた。

「アッチャー!」

 乙女先生は、教頭のあわてぶりを、親しみをこめた感嘆詞で現した。

「あ、スーツが!」

 美玲は、ポケットからティッシュを取り出すと、取り落としたアイスで汚れた教頭のズボンを拭き始めた。

「いや、いいよいいよ。クリーニングに出すから」
「せやけど、直ぐに、ちょっとだけ拭いとくだけで、ちゃいますよ」

 美玲は傍らの水道でハンカチを濡らし、固く絞ると、もっとも被害の大きかった右の膝を丹念に、ポンポンと叩きだした。

「ミレちゃん、なかなかのダンドリの良さやな」
「はい、母に……あの、習ってましたから」
「せっかくやから、教頭先生、三人でアイス食べなおしましょ」

 乙女先生も、これまた見事な早業で、地面に落ちたコーンとアイスをティッシュで拾い上げると、ついでのように傍らのゴミ箱にシュート。そのストライクを見届けもせず、バイトのニイチャンにアイス三つをオーダー。

「ミレちゃん、一人で持てへんさかい、てっとうて」
「はい」

 まだ二日目の親子とは思えない連携と仲の良さで、アイスを三つ手に持った。

「教頭先生、こっちの方が景色よろしいよ」

 そう言って、教頭を西の丸庭園が望める石垣の上に誘った。

 ここなら、教頭の涙を人に見られることはない……。

「あ、目にゴミが……」

 実に分かり易いゴマカシ方で、教頭は涙を拭いた。

「出張のお帰りですか?」 
「はあ、昼食を兼ねまして……いや、食欲がなくて、こんなもので……いや、どうも、ごちそうさまです」
「アハハ、急に声かけてしまいましたよってに」

 最初の一口で、豪快にアイスを吸引した。

「佐藤先生のお嬢さんですか?」
「はい、成り立てですけども。美玲といいます。今度、森ノ宮女学院に転入させよと思いまして」
「この時期に?」
「アハ、いずれ分かるこっちゃから言うときます。この子は、うちの亭主の子ですけど、わたしの血は入ってません。そやけど水は血より濃いと言いますよって。もう三日も、うちの水飲んでるから、うちの娘です」

 ぽっと上気した美玲の顔を横目で確認し、教頭の涙の核心をついた。

「教頭先生にも、お嬢さんがいてはったんですよね……」
「……美玲ちゃんと、同じ年頃でした」

 乙女先生は、着任式での教頭の、あまりの暗さにピンと来るものがあって、十数年前の事件を思い出し、仕事仲間のネットワークで調べておいた。最初は、相手の弱みを掴んでおくつもりだったが、調べて同情した。教頭が校長になれない最大の原因は酒癖の悪さだった。ただ、それには背景があった。

 思た通りや……。

 乙女先生はため息をついた。

 教頭先生の奥さんとお嬢さんは十数年前の交通事故で亡くなっていた。ちょうど三学期の終わりごろで、まだ平の教師で、新一年の学年主任に決まっていた田中教頭は、宿泊学習の準備と入学式の国旗掲揚でこじれていた職員間の人間関係の調整やら、遅れ気味の仕事の準備に忙殺されていた。

 そこで休日、田中の妻は娘を車に乗せてドライブに出て事故を起こし、親子揃って帰らぬ人になった。

「親父とお袋に、新しい中学の制服姿を見せにいくんだって、そりゃあ、嬉しそうでした。事故を起こしたときは、まだ入学前の制服を着ていたんで、その中学の先生方も病院に来られましてね……入学前に制服なんで、わたしはお詫びしましたが、『いや、こんなにうちの学校を愛して頂いて、嬉しく、そして残念でなりません』そうおっしゃってくださいました。だから、今でも、こんなつまらないものを持ち歩いてます」

 教頭は、定期入れの中から四つ折りにしたそれを出した。

『合格通知書 田中留美 森ノ宮女学院中等部』……とあった。

「入学式じゃ、ちゃんと『田中留美』って呼んでくださいましてね……佐藤先生、美玲ちゃんの制服姿の写真ができたら、一枚いただけませんか。親バカと思われるでしょうが、なんとなくの佇まいが、留美と似ているんですよ」
「はい、必ず」

 正直、その仕事ぶりからバカにしていた教頭だったが、見なおす思いがした。

「じゃ、そろそろ学校に戻ります。どうぞ、良い連休を」

 淡いつつじの香りの中、教頭は片手をあげて、学校に戻っていった……。

 

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