鳴かぬなら 信長転生記
牧に続く道には数多の蹄に混じって轍の跡が残っている。
輜重隊のそれほどには深くも無く、車幅も車輪の幅も狭いので、貴人の乗る車のように思われた。
「孫の旗が立ってる!」
牧の旗を見つけて市が指差す。
俺はとっくに気づいていたが、指摘すると無意味に突っかかって来そうなので「ほう」とだけ言っておく。
「ちょっと、興味薄くなくない? 車の向こうには呉の騎馬隊も屯ったりしてるんですけど!」
「尖がるな、騎馬隊はうちも同じだ。うちも呉も騎馬の数は多いが気はたっていない。それよりも馬車だ」
「馬の飾りも立派だし、王族?」
「で、あろうな。護衛の兵は並の軍服だが、目つき体つきは近衛の精鋭だ」
ひょっとしたら、呉王自身がやってきたのかもしれない。
探っているのは相手も同様で、遠慮気味にではあるが、視線が飛んでくる。
蜀の司馬(牧の管理官)の指示で、馬を休める場所が指示され、同時に呉の兵士たちとの会話は遠慮するように言われる。
まあ、しかし、広いとはいえ互いの姿が視認できる距離だ。将校や古参の下士官なら、黙っていても相手の任務や状況は察してしまうだろう。
もっとも俺と市は、これから茶姫に付き添って城中に入るのだろうから大方分かってしまうがな。
予想通り、茶姫は朝見の間に同行させる士官二十名のうちに俺と市を加えてくれた。他には検品長と備忘録も同行させているが、それ以外の人選には脈絡が無い。
「今少し、ここでお待ちください。主と呉の使者との話が少し伸びている様子なので」
「いや、事前に使いも出さずに訪れたのです。お会い頂けるだけでも幸甚です」
茶姫も上品な笑みをたたえて如才がない。
我々に断りを入れると、孔明は、例の団扇をソヨソヨ揺らせながら奥に引っ込んだ。
すると、まるで孔明が引っ込むのを待っていたように、関羽と張飛が足を轟かせて入ってきた。
ドスドスドス!
「なんだ、孔明は客人を待たせおって!」
「兄者、ここはひとつ、我ら義兄弟でおもてなしせずばなるまい」
「いかにもいかにも」
「おい、大膳大夫、酒を甕ごと持ってこい」
「しかし、張飛将軍、まだ丞相様が」
「やかましい! 国王の義兄弟、関羽と張飛が客人をもてなそうというんだ、つべこべ言わずに持ってこい!」
「持ってまいれ!」
「は、はい(;'∀')」
主も来ないうちからの酒盛りとは、無礼を通り越して恐れ入ってしまうのだが、この手の豪傑は理屈が通らないだろう。
「少佐、どうやら、地獄の酒盛りになりそうだ。シイ少尉とおまえは、酒盛りになったら、まずこれを飲んでおけ」
茶姫が俺と市とに一粒ずつ薬をくれる。
「なんの薬だ?」
「同行させた士官の共通点は分かっているか?」
「検品長と備忘録は、この行軍の柱だろうが……あとは分からん」
「全員、わたしの部隊きっての大酒のみだ」
「……なるほど」
「わたしも一升五合までは素面でいられるが、それを超えると自信がない。その時は頼むぞ。これを酒といっしょに飲めば一時間は目覚めない。少佐、君ならわたしの意図はわかっているだろうから」
「いいのか、新参者だぞ」
「なら、これを付けて置け」
「参謀飾章!?」
「参謀長だ、蜀に居る間だけだがな」
「普段はどうしている?」
「フフ、わたしは参謀など置いたことはない。参謀など置けば、たちまち兄たちに懐柔されるか殺されるかだ」
「参謀が? それとも茶姫がか?」
「両方だ」
ジャジャ~~~~ン!
銅鑼が鳴ったかと思うと、関羽・張飛の二将軍は一升の酒を数秒で飲み干し、戦鼓と銅鑼の演奏だけで猛獣が猛り狂うような剣舞を始めた。
主な登場人物
織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
織田 市 信長の妹
平手 美姫 信長のクラス担任
武田 信玄 同級生
上杉 謙信 同級生
古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
宮本 武蔵 孤高の剣聖
二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
今川 義元 学院生徒会長
坂本 乙女 学園生徒会長
曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長)弟(曹素)