大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ピボット高校アーカイ部・5『ゲートの向こうへ』

2022-05-04 10:57:22 | 小説6

高校部     

5『ゲートの向こうへ』

 

 

 

「じゃ、始めるぞ」

「はい」

 

 前回と同じように魔法陣の椅子に向かい合って座る。

 グィーーーン

 遊園地のコーヒーカップが回るのに似ているけど、そこまでは激しくない。

 ガクン

 ワッ!

 前回と違って、なにか引っかかったような衝撃があった。

 ムニュ

 一瞬遅れて胸に柔らかい衝撃。

「すまん」

「いえ(#^△^#)」

 衝撃で先輩が覆いかぶさってきている。「すまん」という割には平然としているようなんだけど、単なるドジなのかもしれない。

 胸は接触しているんだけど、腰から下は接触しないように全身を突っ張らかせている。

「魔法陣そのものもメンテナンスが必要なのかもな……よっこいしょういち」

「え?」

「気にするな、つい古い掛け声が出ただけだ」

 前回とは逆向きで停まってしまったので、発見するのは僕の方が早かった。

「あ、ゲートが」

「え? ああ……」

 倒れてはいなかったけど、ゲートは、元の三角形に戻ってしまっていた。

「しばらく放置していたから、折り癖がついてしまったんだな……」

「あのう……」

「なんだ?」

「あのままでも通れないことは無いと思うんですが」

 じつは、前回、四角形に戻すときは、けっこう力が要った。

 三角が開いた時、先輩は後ろに倒れてしまって……見えてしまった(^_^;)。何度も、そういうことが続いたので、僕は気が付かないふりをしたんだ。

「じゃ、いちど試してみろ」

「はい」

 少し身をかがめると、三角は公園の遊具よりも口が広いので、通れる気がした。

 ……通れた。

 潜った先は、やはりオフホワイトの空間だけど、誰も居ないから、通れたと思った。

「これを見て見ろ」

「え?」

 視野の外から声がして、首を巡らせると先輩がスマホを構えて立っている。

「いまの鋲の姿だ」

「あ……」

 僕が潜るのを斜め後ろから撮っているんだけど、三角の向こうに僕の姿は現れない。

 三秒ほどすると、僕は、入ったところから、そのまま出てきた。

「な、さよなら三角だから、入っても出てきてしまうんだ。さ、四角に戻すぞ」

「はい」

「イチ、ニイ、サン!」

 ギイイ…………ポン!

 

 ゲートを潜ると、どこかの田舎道、田んぼの中をあぜ道に毛が生えた程度の地道が集落に続いている。幾本かの轍が穿たれているから軽自動車ぐらいは通るのかもしれない。

「自動車じゃない、自転車……せいぜいリヤカー程度のものだ」

「どこの田舎なんですか?」

「要の街だ、ただし、明治の終り、日露戦争の頃だ」

 カエルが鳴いて、路肩の下は農業用水が流れて、そこはかとなく土と堆肥のニオイがする。

 先輩に付いて歩き出すと、一足ごとに土の感触。

 ジャリ? ミシ?

 どう表現したらいいんだろ、土の上を歩く表現が思い浮かばない。

「ホタホタ……」

「え?」

「土の道を歩く感触だ」

「あ、それいいですね!」

「そろそろだ、脇によるぞ」

「はい」

 先輩と二人、一瞬だけ手を合わせて、お地蔵さんの後ろに回る。

 羽虫みたいなのが飛んでいてかなわないんだけど、先輩は横顔で――がまんしろ――と言っている。

 ホタホタホタ

 先輩が考案したのと同じ足音をさせて少年が歩いてくる。

 膝小僧までの着物に草履履き、頭は三分刈りくらいの坊主頭で、肩からズックのカバンを掛けていなければ、そのまま江戸時代でも通用しそうなナリだ。

 ちょっと速足、家の手伝いとかで登校するのが遅れてしまった小学四年生といったところ。

「尋常小学校の六年生だ」

「昔の子は幼く見えるんですね」

「顔をよく見てやれ」

「あ……」

 驚いた、遠目には幼そうに見えるけど、間近に迫った坊主頭はの面構えは、微妙に大人びている。

 頬っぺたは、令和の子どもよりも赤々としているんだけど、一重の目に光がある。

「来年には街に出て丁稚奉公することが決まっている。いまの高校生よりもよっぽど大人だ」

 坊主頭は、お地蔵の前まで来ると立ち止まってお辞儀をして手を合わせる。

「わ」

「慌てるな、お辞儀は地蔵にしているのだ。わたしたちのことは見えていない」

 三秒ほど手を合わせると、クルっと踵を返して歩き出す。

「「あ!?」」

 路傍の石に躓いたのだろうか、坊主頭はタタラを踏んで躓いてしまった。

 ウウ……

 小さく唸ったかと思うと、伏せた頭の下から血が滲みだした。

 なんか、あっけなさ過ぎる。

「おい、きみ!」

 思わず駆け出して、坊主頭を抱き起そうとしたけど手がすり抜けてしまう。

「手遅れだ」

「そんな……」

「ページを戻すぞ」

「え?」

 先輩は、足もとの空間を摘まむような仕草をすると、右肩の上の方にめくるような仕草をした。

 パラリ

 ページが繰られるような音がして、目の前の瀕死の坊主頭は消えてしまった。

「それだ、そこの石をどけるぞ」

「え、どれですか」

「そこの三つだ」

 先輩が指差すと、ゲームの中のキーアイテムのように光り出した。

「これですね!」

 たいそうな力がいるかと思ったけど、普通に石は手に取ることができる。

 石を取り除いて、再びお地蔵さんの後ろにまわる。

 一分もしないうちに坊主頭がやってきて、さっきと同様に立ち止まって手を合わせると、今度は何事も無かったように背中を向けて行ってしまった。

 

「あの坊主頭はなんなんですか?」

 部室に戻ると、だいいちに、それを聞いた。

「あいつは、35年後、戦後初の要市の市長になるんだ。彼の市政のお蔭で街の復興はよそよりも早く、うまくいく」

「そうなんですか……」

「図書館の本と違って、このアーカイブにあるものは、きちんとメンテナンスしてやらないといけないんだ。それが、このアーカイ部の活動だ」

「なるほど……」

 とても不思議で信じがたい話なんだけど、なんだか、お祖父ちゃんのトリミングの仕事に似ていて、さほどに不思議には思わない。この旧校舎の部室や螺子(らこ)先輩の雰囲気にあてられたのかもしれない。

「今日のは、まあチュートリアルみたいなもんだ。これから先は……まあ、そうそう石が光って教えてくれるなんてことはない。が、そのぶん面白味も出てくる」

「そうなんですか(^_^;)」

「ま、ひと働きはした。お茶にするぞ。そのヤカンで湯を沸かしてくれ」

「あ、はい……えと、ガスコンロは?」

「その書架の横にあるだろう」

「え……?」

 よく見ると華奢な五徳(ヤカンを載せる鉄の台)はあるんだけど、五徳の中にあるのは、なんというか……オヘソだった。

 質問すると、なにが飛び出してくるか分からないので、大人しくお湯を沸かしてお茶にした。

 

 部活が終わって校門を出たところで、提出する書類があることを思い出し、職員室。

「よし、きちんと戻って提出するのは褒めてやるが、忘れないようにするのが大事だぞ」

 褒められたのか叱られたのか分からない言葉を担任から頂戴して、再び昇降口に向かうと、校門へ向かう螺子先輩の姿が見えた。

 部活中とは違って、普通の制服を着ている。

 背格好も、姿形も螺子先輩なんだけど、まとっている雰囲気がまるで違う。

「……………」

 声を掛ければ届く距離だったけど、ついタイミングを失ってしまった。

 家に帰ってお祖父ちゃんに話すと、お祖父ちゃんはお茶を飲みながら「ホホホ……」と口をすぼめて笑うばかりだった。

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなかびょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなからこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
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乙女先生とゆかいな人たち女神たち・37『ナイアガラの滝』

2022-05-04 06:11:30 | 青春高校

乙女先生とたち女神たち

37『ナイアガラの滝』 

       


 人が固まるというのを初めて見た。

 家の玄関を開けて、美玲を招じ入れたとき、亭主の正一は呼吸するのも忘れたかのように固まってしまった。

「勝手なことをして、もうしわけありませんでした。そやけど、これが一番ええ思てやりました!」

 乙女先生は、余計な気持ちが表れないように、大きな声で一気に詫びた。

「な、なんで……」
「美玲ちゃん。靴脱いで、スリッパ履いてついといで。正一さん、あんたもな」

 有無を言わせなかった、これからが二番目の勝負である。濁った言葉や、後腐れのある言葉は言ってもいけなかったし、言わせてもいけない。

 リビングのソファーに座らせると、乙女先生はペットボトルのお茶を三本置いて、直ぐに話に入った。

「この十五日に美子さんが亡くなりました。その手紙が四日前いつもの封筒で……これです」

 封筒の表の、美玲の字を見ただけで正一には分かったようだ。

「すみません、勝手に手紙なんか……」

 美玲が言いかけた。

「悪いけど、美玲ちゃんは、話だけ聞いてて」

 グビグビグビグビ……ゴックン

 乙女さんは、ペットボトルのお茶を一気飲みした。

「美玲ちゃんのことは生まれた時から知ってました。毎月くる『美玲の会』の封筒のことも。ウチは一生知らんふりしよと心に決めてました。そやけど美子さんが亡くなった今、第一に考えならあかんのは美玲ちゃんのことです。実の母が亡くなったら、実の父が面倒みるのが当たり前。そんで、ウチが美子さんには及ばへんけど、美玲ちゃんのお母さんになります!」
「すまん乙女」 
「謝らんでよろし! 大事なことは美玲ちゃんのこと。そんだけ。ここまでよろしいな」
「う、うん」
「あんたは、毎月美玲ちゃんの養育費として十万円を払ろてきた。ほんで、あんたは実の父親や。とくに問題はあれへん。若干法的な手続きはあるけどな。それは全部ウチに任せて。ここまでよろしおまんな」
「う、うん……」
「よっしゃ、これで決まりや。美玲ちゃん、お父さんの側いき。もう、もう遠慮することはあれへんねんさかいな」
「……はい」
「なにをグズグズ、チャッチャとしなさい!」
「美玲……!」
「お父さん……お父さん!」

 美玲は、向かいのソファーに行くと、しがみつき、長い時間泣き続けた……。

 乙女先生は二階にいくと、もう一本ペットボトルのお茶を一気飲みして栞の父親に電話をした。

 電話が終わると、トイレに駆け込んで一気に用を足した。

 新婚旅行で訪れたナイアガラの滝を思い出して、ひとり個室で笑ってしまう乙女先生だった。
 

「伯父夫婦が、親権について言い出す前に、こちらから動きましょう。とりあえず養育費の支払いを証明する、通帳かなにか……」
「はい、これが亭主の通帳。十五年分です。それから、これが美子さんの受け取りのコピーです」
「ほー、準備万端だ。では明日……は休み。あさって関係の役所を回ります。場合によっては向こうの家にも伺います。スム-ズに行けば連休明けには、親権の確認、戸籍の処理、住民票、修学手続き全部できるでしょう」
「よろしくお願いします。正直割り切れない気持ちもあるんです。せやけど諦めてた子供が授かった思うて、頑張りますわ」
「ハハ、乙女先生らしい。じゃ、こちらもビジネスライクにやらせてもらいます」
「おー怖い。ところで栞ちゃんは?」
「はあ、昨日MNBの事務所から電話がありまして、今日からレッスンですわ」

 そのとき、玄関のドアが開き、ボロ雑巾のようになった栞が戻ってきた。

「ああ、もう死ぬう……」
「そういう目に遭うてみたかったんやろ?」
「え、あ、先生。どうして家に……わたし、またなんかやりました!?」
「さあ、どないやろ。ほなお父さん、くれぐれもよろしく」
「はい、いつも娘が、すみません」

 深々と頭を下げる両名。その間で不安顔で、恩師と父親の顔を見比べる栞であった……。

 

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