銀河太平記・107
桜色のパンツスーツがとてもお似合いだ。
心子内親王殿下のファッションは季節の先取りとファッション誌などで書かれるが、わたしは保護色なのだと拝察している。
お若いに似ず、殿下の感覚には老獪と言っていいくらいの深さと穏やかさがある。
春は桜か萌黄色、夏は柑橘系の黄色からオレンジ系、時に大海原のような青と白。秋はオリーブグリーンやライトブラウン、冬はアクセントに赤を配したホワイト。それを暦の移ろいに合わせてお召し替えになっておられる。それも、なるべく原色は避けて、ライトとかオフを冠する穏やかな色調にまとめておいでだ。
季節の先取りと言われるのは、旧暦の季節に合わせておられると思うのは、ファッション小物を本業とする越萌姉妹社のCEOの感覚とも、保護色のスペシャリストである軍人の感覚とも言える。
幾十年、幾百年の後に、人々が殿下の記録に接した時に受け止められる印象を無意識であろうが大事にされている。
この春には連続の飛び級を果たされて、十七歳のお誕生日を前に学習院をご卒業になった。
及川市長に軽く礼をされると、殿下は、零れるような笑顔で狐と狸のところに駆けてこられる。陸軍からの出向と思われる女性警護官が速足で追って来る。
トレンチの手前にくると、いったん立ち止まって、迂回する前に会釈をされる。
我々への礼ではあるのだが、警護官が追いつく時間を作っておられるのだ。
思わず駆け出してしまったのに気付かれてのとっさのご判断。若さと皇族としての自覚が程よく同居していて、こちらも、思わず職業的なそれではなくて微笑んでしまう。
「孫大人、越萌マイさん、お初にお目にかかります。須磨宮心子(すまのみやこころこ)です、西之島新規開発が行われるというので、東京から飛んで参りました。いや、到着早々にお目にかかれるなんて、胸がドキドキします。どうぞ、よろしくお願いいたします!」
「こ、こちらこそ! いや、事前に承っておりませんでしたので、お迎えにも伺えず、孫悟兵、一世一代の失態であります!」
「いえいえ(^_^;)!」
まるで高校生のように両手を振って恐縮される。孫大人も、いままで見たことも無いくらいあがって、これも見ものではある。
「わたくしこそ、みなさんにご無理を言って、陛下へのご挨拶も遅れたんですが、でもでも、ぜったい見たくってやってきてしまいました。なるべく大人しくして見学させていただきます!」
「こちらこそ光栄です。少しでも殿下のお勉強になれるようこころがけます。ご質問などございましたら、遠慮なくお申し付けくださいませ」
「はい! あ、こちらお目付の橘さんです。近衛から出向いて心子の世話をしてくださっています。世間知らずの心子ですので、橘さんが直接関わってくれることも多いと思います。よろしくお願いいたします」
「橘です、よろしくお願いいたします」
「「こちらこそ」」
「殿下、みなさん、車を降りたところでお待ちです。あちらにお戻りください」
「え、あ、そうね。では、また後程。ごきげんよう」
きちんと一礼すると、小走りで戻られ、視察の流れにのられる。
「畏れながら、愛すべきオチャッピーであられる」
「ある意味、陛下以上の苦労をしょい込んでおられる。母君が御薨去されて、全てをしょい込まれたのが十四の御歳だ。それから三年連続の飛び級で高校を卒業されて……わけも無く焦っておられるのかもしれない」
「将来、ご自分が即位すれば、日本の女系天皇は確定してしまうものなあ……元帥、そろそろ、どの線でお支えするか決めなくてはならんぞ」
「他人事のように言うな」
「アイヤー他人事アルよ、孫悟兵は名前の通り中国の一兵卒アルよ」
「都合のいいこと言うな、貴様はとっくに当事者だろうが」
「アハハ、また、元帥言葉になってるアルよ」
「くそ……さ、俺たち……わたしたちも行くわよ!」
ピョン
「あ、だから言ったろ、儂の義体はトレンチを超えられんと!」
大きな腹を揺さぶりながら迂回する孫大人を置いて、視察の列に戻ると完全に越萌マイに戻る俺……いや、わたしであった。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 須磨宮心子内親王 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地