銀河太平記・108
2DKに住むようになるとは思わなかった。
自分の家はおろか、自分専用の住居スペースというのが初めてだった。
もの心ついたころには施設で集団生活。「まだ二年居られるのよ」という施設長の言葉を振り切って16歳から外で働いて、初めての二人部屋でも広かった。施設に居る時は6人部屋だったしね。
紆余曲折あって天狗党に入ると、ずっと移動ばかりで、車やシップ、あるいは潜入先のあちこち雑多な場所を仮寝の宿にしていた。西之島のカンパニーに来てからはラボの仮眠室、倉庫の隅、ハナちゃんたちと名ばかりの女子寮の三人部屋……ここが一番長かったし楽しかった。
西之島に市政がしかれて、人口が増えてくると、いつまでも秘密基地みたいなわけにもいかなくなって、ナバホ村にもフートンにも移住者が住み始める。それにつれて、普通の街のようになってきて、一部の古参以外は普通の所に住むようになった。
わたしも、居住五年目、ラボ主任研究員とかになってしまって女子寮というわけにもいかなくなった。
で、西之島市営住宅にお住まいなわけ。
落ち着かない2DKにもようやく慣れてきたころ、出張で出かけた市役所で呼び止められた。
「待ってました、加藤さん」
通り過ぎたばかりの守衛室から出てきたのは及川市長、その人だ。
「え、市長直々に?」
「御用は、開発室でしょ?」
「ええ、開発案のすり合わせ……」
「開発室に話は通してあります。このまま、ご同行願います」
「え?」
「さ、こちらへ」
「あ、ちょ……」
有無を言わさず連れていかれたのは三階の空きになっている議員控室だ。
「お連れしました」
市長に続いて、奥の議員室に入って驚いた。
「御足労おかけします」
ソファーから立ち上がった、その人は、二日前に島にやってきた心子内親王殿下だ!?
「どうぞ、お掛けになってください」
殿下のオーラで気づくのにコンマ五秒遅れたが、部屋の隅で佇立しているのは、気配から云って第一級の警護官だ。
「こちら、警護官の橘さんです」
「役目柄、同席させていただきます」
「はあ、どうも……あ、ヒムロカンパニーの加藤です。あ、ラボの主任をしています」
「あ、まあ、その紹介も、座ってからにしましょう」
「「あ、はい!」」
アハハ
殿下と返事が被ってしまい、思わず、揃って笑ってしまう。
作り笑いや演技の笑いなら天狗党……いや、施設に居たころからの習い性だが、自然に出てしまうのは、焼きが回ったか、殿下の雰囲気なのか。
「実は、心子内親王殿下は、しばらく西之島市の嘱託職員としてお勤めになられます」
「そうなんですか」
皇族の方が働かれるのは、さほど不思議なことではない。ただ、前話も無く、いきなりということに少し面食らう。
所属も市の嘱託ということである、カンパニーのわたしがどうこうという話ではないはずだ。
「ついては、当分の間、島にお住まいになるのですが、その御住まいが、加藤さんの隣の部屋なのです」
「え、ええ!?」
「正確には、間の部屋には警護の橘さんに入って頂き、同じフロアは全て空き部屋になります」
「でも、角部屋には人が……」
「今日転居なさいます」
殿下が申し訳なさそうに目を伏せられる。
「いえ、これは、たまたまの偶然ですから」
確かに、島では人口増加を見込んで官民ともども居住施設の増築増設を急いでいるが、さすがに偶然はあり得ないだろう。
「ああ、そう言えば、角部屋さんエレベーターで一緒になったとき不動産のチラシとか見てましたね(^0^)」
わたしも、かなり調子がいい(^_^;)
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 須磨宮心子内親王 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地