銀河太平記・131
地球で戦争が起こると、火星人は身も世も無くオロオロしてしまう。
火星で最大の戦争であったマース戦争の最中でも、満州戦争が起こると、ほとんど休戦状態になって、最前線では敵味方双方が、自分の戦争を放り出して、地球の戦争について情報交換をしたほどだった。
戦争経験者には悪いんだけど、外で姉弟げんかをしていたら「おまえんちの父ちゃん母ちゃんが大喧嘩してるぞ!」と教えられ、心配になって自分たちの喧嘩どころではなくなるのと同じだ。
これは、つまり、火星が真の意味で独立できていないことの現れだ。
二十幾つの独立国になって、国家としては地球の国家と変わりがない。頭の中では分かっていても、開拓時代を入れても二百年の火星の国家群は心の底では自信が無い。
我が扶桑は、建国以来幕府の体制をとっていて、他国よりは求心力が強い。
それは、日本史における三つの幕府の体制が上手く機能したからだ。
鎌倉幕府は、世界で唯一モンゴルの侵略を跳ね除けた。室町幕府は勘合貿易で貿易立国の萌芽を示し、江戸幕府は地球史でも稀な非武装平和国家をニ百六十年の長きにわたって実現した。
その国号と在り様を内外に示している扶桑だけれども、今般の西之島紛争が本格的な日漢戦争になりはしないかと、この三日余り、大人は仕事が手に付かず、学生も勉強どころではない。
集めた限りの情報では、西之島は南方の海上と島内で武力衝突が起こっている。
西之島は日本領ではあるけれど、パルス鉱採掘の特区に指定され、かなりの自治権が認められ、小規模ながら海賊防衛のために戦闘部隊も保持している。
現在は、国際社会の注目もあって、漢明国も艦隊の保全と島内の同国人保護以上の動きは控えている。
日本政府は、以上の状況から、監視も含めて軍の派遣を見送っている。
一方、満州、南西諸島方面では漢明軍の終結も確認されており、大局的なは一触即発の状態と言えるだろう。
「ちょっと、なんなのよ、この生ぬるくて掴まえどころがなくて、まとまりのない記事は!?」
扶桑通信のゲラを握って、ミクが小姓宿舎に飛び込んできた。
他の寄宿生も、ミク程の馬力ではなくとも、似たような非難の目で戻って来るだろう。
まずは、仲間から叱られるところから、この事変への、大げさに言えば、僕たち寄宿生の対応……いや、まだ現実世界に踏み出すのには数か月ある僕たちの身の置き方を決めてみようと思う火曜日の午後だった。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)