RE.乃木坂学院高校演劇部物語
教頭からの指示ということで学校を出た。
ニンマリするわけにもいかず、致し方なしという顔でいたが、踏みしめるプラタナスの枯れ葉が陽気な音をたててしまうのは気のせいではないだろう。
潤香は、集中治療室から、一般の個室に移されていた。
付き添いのお姉さんから、大人びたねぎらいの言葉をかけられ、いささか戸惑った。
しかし、潤香の意識が回復するのも近いと聞かされホッとした。
まどかたち三人はショックなようで、夏鈴が泣き出し里沙とまどかの目も潤んでいた。
わたしは二度目だけど……やはりベッドの上の潤香の姿は痛ましい。
そっと窓に目をやると、スカイツリーが見える。
孤独に一人屹立した人格を感じさせるのは、抜きんでた六百三十四メートルという高さだけではないような気がした。
放課後、部室と倉庫の整理をやった。
部室はクラブハウスの一角なので、規模も小さく作業もしれたものだけど、倉庫が大変だった。夕べひととおりやってはいたんだけど、予選で落ちたショックが大きかったのだろう。あらためて見ると乱雑なものだ。
あらゆるものが、ただ所定の場所に置いてあるだけ。道具や衣装の箱の中は、地震のあとの小間物屋のような状態。
この有り様を予想したわけでは無いだろうけど四人がクラブを休んでいた。
衣装係のイトちゃんがぼやいていたが、みんな黙々と、それぞれの仕事をこなした。
そして。
それは、部長の峰岸クンたちと「新しい倉庫が欲しい」と冗談めかしく話しているときに起こった。
「火事だあ!」
誰かが叫んだ。
驚いて振り返ると、倉庫の軒端から白い煙が吹き出している。
「だれか火災報知器を鳴らして! 消火器を集めて!」
白い煙は、わたしの叫び声をあざ笑うかのように、あっという間に炎に変わった。
そして、信じられないことが起こった! まどかが、燃え始めた倉庫の中に飛び込んだのだ!
まどかーーーーーーーーっ!!
みんなが口々に叫んだ!
炎は、もう倉庫の屋根全体に広がりかけている。みんな、まどかの名前を叫ぶだけで助けにに行こうとはしない。いや、できないのだ。勢いを増した炎に臆して足が出ない。輻射熱が倉庫を遠巻きにしたわたしたちのところまで伝わってくる……。
ドボンという音がした。わたしの中で何かが落ちるような音が。
潤香に続いて、まどかまで……グっと苦い思いがせき上げてきた。
させるかあ!!
次の瞬間、わたしは倉庫に向かって走り出した。
「マリ先生!」
峰岸クンが、わたしを引き留める。
「放して!」
「先生は、先生の身は、先生だけのものじゃないんですよ! 先生は……」
峰岸クンは、ほとんどわたしの秘密を喋りかけていた。誰にも知られてはいけない秘密を……。
「わたしの生徒が! いやだ! 放せ! 放して!!」
わたしは渾身の力で抗った。
バリっと、チュニックが裂ける音がして、わたしは峰岸クンの羽交い締めから抜け出した。
ザザザ!
その刹那、黒い影が追い越して、炎が吹きだしはじめた倉庫に飛び込んでいった……。
この一週間で、病院に来るのは四度目だ。
まどかは、すんでのところで助けられた。あのとき倉庫に飛び込んだ黒い影に。
燃えさかる倉庫から、その影はまどかを抱いて現れた。直後、倉庫の屋根が焼け落ちた……。
黒い影は用意された担架にまどかを横たえ、わたしは、すぐに、まどかの呼吸と鼓動を確かめた。
異常はない。
そして、目視で、やけどをしていないか確認した。
「大丈夫ですか……?」
黒い影が口をきいた。
「大丈夫、気を失っているだけ」
「よかった……」
初めて黒い影の姿を見た……全身から湯気をたて、煤けた姿は、近所の青山にある修学院高校の制服を着ていた。
☆ 主な登場人物
- 仲 まどか 乃木坂学院高校一年生 演劇部
- 芹沢 潤香 乃木坂学院高校三年生 演劇部
- 貴崎 マリ 乃木坂学院高校 演劇部顧問
- 大久保忠知 青山学園一年生 まどかの男友達
- 武藤 里沙 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 夏鈴 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 山崎先輩 乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
- 峰岸先輩 乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
- 高橋 誠司 城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
- 柚木先生 乃木坂学院高校 演劇部副顧問