くノ一その一今のうち
―― いま下りたソノッチは金持ちだ ――
ヘリコプターのドアを閉めながら、もう一人のわたしが口の形で言う。
―― なんで化けてるんですか? で、あなたは? ――
言いながら指さすと、そいつはニヤリと笑って『わたしだよ』と忍び語りで応える。
おかしい、この騒音の中だ、いくら忍び語りでも聞こえるわけがない。
『一種の骨伝導さ』
見ると、そいつは、わたしが座っているシートのアングルを掴んでいる。離すと、とたんに口パクになる。
『百地流忍法、骨語り』
―― 百地流……え!? ――
見破ったわけじゃない、そいつの顔が、一瞬で百地社長になったんだ!
『いやあ、歳だな、化けているのは三時間が限度だ』
―― 術を解くなら、全部解いてください! 首だけ社長というのは気持ち悪いです! ――
『解いてもいいが、この服を着たままだと悲惨なことになる』
―― う…… ――
たしかに、わたしに化けているからリコリコの衣装のままだとパッツンパッツン……術を解いたら……想像もしたくない(^_^;)。
―― でも、なんで? ハローウィンはとっくに終わってるでしょ ――
『大きな仕事でな、わしも出ざるをえなかった』
―― わたしに化けるのが大きな仕事なんですか? ――
『さっきまで、金持ちと二人、湘南であばれていたところだ。金持ちは経理の仕事が残ってるんで、いったん戻ってきたところだ』
―― で、今度は、どこへ? ――
『詳しくは言えんが、外国だ』
―― 外国……このヘリコプターで? ――
乗り物には詳しくないけど、ヘリコプターでは無理だろ、オスプレイでも無理だと思う……どこかで乗り換えなきゃ。
『そう、乗り換える……ほら、見えてきた』
―― え、もう? ――
社長が指差したキャノピーの斜め下には都内で唯一……だと思うんだけど、米軍基地の滑走路が見えてきている。
『あそこで乗り換えて、某国に飛び立つ。心配するな、月曜の朝には帰って来られる』
―― 某国って……外国でしょ? 学校に行く用意しかしてないし、制服のままだし ――
『用意ならできている、ほら……』
―― え……!?……いつの間に!? ――
気が付くと、社長と同じリコリコの制服を着ている! カバンも変わってるし!
『身に着けていたものは、こっちのカートの中だ』
―― 着替えた憶え無いんですけど! ――
『百地流忍法闇着替……ニンニン』
―― (#꒪ȏ꒪#) ――
意識を肌感覚にすると、ほんとうに身に着けていたもの全てが変わっているではないか……恐るべし百地流忍法!
『まあ、僕も付いていくから(^_^;)』
別の声がしたかと思うと、背中を向けていたパイロットが振り返る。
パイロットは、わたしに化けた嫁持ちさんだった……。
☆彡 主な登場人物
- 風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
- 風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
- 百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
- 鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
- 忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
- 徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
- 服部課長代理 服部半三(中忍)
- 十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者