くノ一その一今のうち
「行ってきまーす」「行ってらっしゃい」
お祖母ちゃんと言葉を交わして玄関を出る。
三歩で通りに出て左に曲がる。
お線香の匂いがして、つい「お早うございます」を言いかける。
筋向いのお爺ちゃんは、仏壇にお線香をたて、リンを鳴らして、ナマンダブを三回唱えるのが朝のルーチン。
そのあと、郵便受けに新聞を取りに出て、玄関を出たばかりのわたしに「お早う」を言ったり「お早うございます」をこっちから投げかけたり。
でも、先月、お爺ちゃんは亡くなったので「お早うございます」は言わない。
それが、つい口をついて出てしまったのは、お線香の匂いがしたからだ。
「お早う、そのちゃん」
お爺ちゃんの声。
思わず振り返ると、郵便受けから新聞を取り出しながらお爺ちゃん。
「お早うございます」
してやられたと思いながらも挨拶が口を突いて出る。
忍者が変異に出会った時の対応は二つだ。
さっさと逃げるか調子を合わせるか。
変異の正体や出方が分からない時は、とりあえず調子を合わせる。
そして、相手の意図や力を推し量れたところで、次の行動に出る。
さあ、なにが起こるんだぁ?
お爺ちゃんは、笑顔一つ残して家の中に入って行った……生きていたときのまんま。
ハッ
小さく息を吐いて角を曲がる。
―― このまま事務所に行け ――
不覚、ブロック塀の上の猫が語りかけてくる。
『なんでですか?』
猫は課長代理に違いなく、こないだからしてやられっぱなしなので、少しムキになる。
―― その車に乗れ ――
キーー
聞く間も無く、スライドドアを開けながらミニバンが横付け。
「全部読まれてるね」
ハンドル操作をしながら力持ちさん。
「力持ちさんも?」
「ああ、テレビ局に行こうとしたら電話がかかってきた。ソノッチを送り届けたらまあやを迎えに行く。今週のまあや番はわたしがやることになった」
「任務ですか?」
「うん、ソノッチもな、おそらく、事務所全体で対応している。ムカつくくらい機先を制されているからな。わたしらに考える隙を与えない。ソノッチも考えないほうがいい」
「はい」
それからは沈黙になり、五分余りで丸の内の会社に着いた。
「お早うでござる、そのさん。このまま屋上に参られよ」
二課のドアを開けると、案内ロボットが真ん前で待っていて、胸のディスプレーに屋上へのルートを表示してくれている。
「了解」
屋上へは、八階までエレベーターで、そこからは階段だ……で、エレベーターの前で気が付いた「って、ここは八階じゃん」。完全に指示で動くようにならされてしまった。
走って階段を上がり、屋上に出る。
バーーン
せめての腹いせに、元気よくドアを開ける。
ウワ
騒音と激しい風が同時にやってきた。
バラバラバラバラバラバラバラ!
目の前にヘリコプター!?
ガラ
胴体のドアが開いたかと思うと……わたしが出てきた!
出てきたわたしは、評判のアクションアニメ『リコリ〇リコイ〇』の制服を着ている。
「お早う、次は、あんたの番ね。頑張って!」
軽く肩を叩くと、背中のカバンを肩掛けにして階段室に入って行った。
「早く乗って!」
「はい……!?」
振り返ったヘリコプターの中からは、もう一人のわたしがオイデオイデして急き立てているし……。
☆彡 主な登場人物
- 風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
- 風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
- 百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
- 鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
- 忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
- 徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
- 服部課長代理 服部半三(中忍)
- 十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者